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インタビュー

労働政策研究・研修機構(JILPT) 堀有喜衣氏

就活ルールが新卒採用の価値を高めている

  • 公開日:2024/12/23
  • 更新日:2024/12/23
就活ルールが新卒採用の価値を高めている

日本では長らく「新卒一括採用」が行われてきたが、この仕組みは何が優れていて、どこに問題があるのか。現在の「就活ルール」には強制力や罰則がないが、そのままでよいのか。「インターンシップ」はこれからどのように実施されるのがよいのか。若者の教育から職業への移行を長く研究してきた堀有喜衣氏に伺った。

新卒一括採用は日本の若年失業率を大きく下げている
新卒一括採用の課題は若者の試行錯誤が難しいこと
インターンシップは各企業の動向を注視する必要がある
大学の学びが仕事に役立つ可能性を学生に伝えてほしい

新卒一括採用は日本の若年失業率を大きく下げている

私は今、オーストラリアに滞在し、日本人留学生やワーキングホリデーなどの研究をしています。留学、ワーキングホリデー、そして新卒採用は、「若者たちがこれまでとは異なる居場所に移動する」点で共通しています。新卒採用では、若者たちが教育の世界から労働の世界へと居場所を変えます。まったく違う論理で動いている2つの世界を移行するわけです。私はそうした異なる2つの世界のギャップを埋め、若者たちがよりスムーズに移行できるようにするために何ができるのかについて研究しています。

日本の新卒一括採用は、職業経験のない若者が円滑に仕事に就ける素晴らしい仕組みです。企業側も学生側もいつ何をすれば採用・就職できるかが明確で、両者共に行動を起こしやすく、結果的に多くの若者がスムーズに就職できるようになっています。しかも最近は、売り手市場という学生目線で考えれば良い時期が続いています。

この仕組みは日本独特のものです。新卒一括採用の始まりは戦前でした。当時は一部の大学生だけが利用できる仕組みでしたが、戦後の高度成長期、多くの企業が大量の若い人材を求めるようになって一挙に広まり、新卒人材市場ができ上がって、現在の形がおおよそ整ったのです。

私が滞在するオーストラリアにも、新卒採用のような仕組みはあります。しかし、大半の学生が新卒一括採用で就職する日本とは違い、オーストラリアでは新卒採用のような仕組みで就職できるのはごく一部です。多くの若者はどこにどのように就職するかを自ら考え、行動しなくてはなりません。新卒就職に大変な労力がかかるのです。結果的に、若年失業率が高止まりしています。

オーストラリアだけでなく、デュアルシステムという移行の仕組みをもつドイツ以外の欧米のほとんどの国が同じように若年失業率の高さに悩んでいます。そのなかで日本は圧倒的に低いのです。明らかに新卒一括採用の効果です。新卒一括採用は、日本の若年失業率を大きく下げているのです。

新卒一括採用の課題は若者の試行錯誤が難しいこと

とはいえ、新卒一括採用も完璧ではなく、いくつかの課題があります。最も気になる課題は「若いうちの試行錯誤が難しい」ことです。

本来、若者は自ら試行錯誤しながら、自分に適した仕事を見つけ出していくものです。ところが、日本は新卒一括採用でスムーズに就職できるため、自ら苦労しながら試行錯誤して、適職を見つける過程を踏めない傾向があります。

日本企業は、この課題を「ジョブローテーション」で解決してきました。若者たちに社内異動でいくつかの部署を回ってもらい、さまざまな仕事を試すなかから適職を発見してもらいつつ、職業能力を形成する仕組みを築いてきたのです。ジョブローテーションは日本の優れた雇用慣行の1つです。

ジョブローテーションは今も有効ですが、現代の若者にはフィットしない可能性があります。彼ら彼女らが納得のいかない配属や異動、特に地域移動に不安や抵抗感をもっているからです。今後は、地域限定・期間限定などの工夫が必要かもしれません。例えば、「2年間だけ地元を離れるジョブローテーション」のような制度を作るのです。

一方で、若者たちは、この課題を「転職」で自ら解決する傾向が強まっています。最近は以前と比べて、転職のイメージが驚くほど良くなりました。私は2001年から5年ごとに「若者のワークスタイル調査」を行っていますが、2016年から、正社員定着者よりも転職者の方が職場への満足度が高く、仕事にやりがいを感じる傾向が出始めました。2021年にはその傾向が顕著になっています。つまり若者たちは、一社に定着するよりも転職しながら適職を探す方が、自分のキャリアや職場に納得できる時代になったのです。

雇用環境が悪化すると転職が難しくなるので状況は変化しますが、元のようには戻らないのではないでしょうか。

インターンシップは各企業の動向を注視する必要がある

新卒一括採用の就活ルールは、以前は経団連などの経済団体主導でしたが、2018年以降は政府が主導しています。現在の就活ルールには、強制力も罰則もありませんので、就活ルールから外れて、早期採用を行う企業が当たり前に存在します。

新卒採用が多様化し、早期採用が増えること自体は歴史を振り返ると、これまでも繰り返されてきたことですので大きな問題ではありません。しかし、だからといって就活ルールを撤廃すべきではない、というのが私の考えです。

なぜなら、就活ルールは「標準型」として必要だからです。冒頭で触れたとおり、新卒一括採用は企業も学生もいつ頃に何をすればよいかが明確だから機能しているのです。その機能を支えているのは、就活ルールです。就活ルールが新卒一括採用の価値を高めているのです。撤廃すれば、そのメリットが失われ、若年失業率が高まってしまうでしょう。私はそのことを危惧しています。

実際は、就職人気企業の多くが就活ルールを意識しています。そうした企業に就職を希望する学生もたくさんいます。一方で、早期採用をしている企業も就活ルールを完全に無視しているわけではありません。標準型をある程度意識した上で、異なる選択肢をとっているのです。就活ルールは、強制力がなくても十分に機能しているわけです。政府が就活ルールを定めること自体には大きな意味があります。

ただし、インターンシップについては、もしかしたら現状の就活ルール以上に今後は明確なルールが必要かもしれません。なぜなら、インターンシップが明らかに学業の妨げになったり、時給のないアルバイトのように使われたりする危険性があるからです。この危険性については、これから各企業の動向を注視する必要があります。

大学の学びが仕事に役立つ可能性を学生に伝えてほしい

最後に、企業の皆さんにこれから解決してもらえると嬉しいこと、私が企業の皆さんに期待したいことをいくつか提案いたします。

1つ目に、「大学の学びが仕事に役立つ可能性」を分かりやすく学生に伝えてほしい、と期待しています。特に文系の学びの多くは仕事に直結しません。大学で経理を学んだから経理部で活躍できる仕組みにはなっていないわけです。しかし、学生たちは大学で、講義を文章にまとめたり、情報を収集したり、論理的に考えたり、仲間と議論したり、さまざまな人とコミュニケーションをしたりする訓練を積んでいます。そうした経験は、社会人になってから確実に役立っているはずなのです。人事や上司の皆さんにはそのことをぜひ言語化し、学生に伝えてほしいのです。特に若手が実体験を通じて語ると、学生に伝わりやすいのではないかと思います。

2つ目に、「企業内キャリア形成の可能性」を若手社員にもっと伝えてほしい、と思います。例えば、現在の30代社員のキャリアパスの具体例をいくつも提示すると、若手社員たちは、自分がこれから社内でどのようなキャリアを歩める可能性があるのかを把握できるはずです。特に、女性は出産・育児という大きなライフイベントがあります。先輩女性社員たちが出産・育児を経験しながら、どのようにキャリアを積んできたのかを知ることは、大きな励みになるはずです。

3つ目は、「新卒一括採用の仕組みに乗れなかった/乗らなかった人々」への配慮です。就職氷河期の人々が顕著ですが、新卒一括採用からいったん零れ落ちてしまうと、リカバリーが利きにくく、いつまでもフリーターや非正規社員にとどまってしまいがちです。これは新卒一括採用が抱える負の側面です。現在は売り手市場ですから就職希望者は就職できる可能性が高いのですが、それでも「仕組みに乗れない人」は一定数存在します。彼ら彼女らのサポートは今後の重要課題の1つです。

【text:米川 青馬 photo:平山 諭】

※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.76 特集「『選び・選ばれる』時代の新卒採用」より抜粋・一部修正したものです。
RMS Messageのバックナンバーはこちら

※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。

PROFILE
堀 有喜衣(ほり ゆきえ)氏
独立行政法人 労働政策研究・研修機構(JILPT) 人材開発部門 統括研究員

2002年お茶の水女子大学大学院単位取得退学。同年より日本労働研究機構(現:労働政策研究・研修機構)研究員。2015年お茶の水女子大学より博士(社会科学)取得。『高校就職指導の社会学』『フリーターに滞留する若者たち』(共に単著・勁草書房)など著書・共著書・報告書多数。

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