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インタビュー

社会を変えるリーダー

ビビッドガーデン 代表取締役社長 秋元里奈氏

  • 公開日:2024/08/19
  • 更新日:2024/08/19
ビビッドガーデン 代表取締役社長 秋元里奈氏

農業や漁業といった第一次産業就業者の数は年々減り続け、現在は就業者全体の約5%を占めるにすぎない。その背景にあるのが、就業者の高齢化と後継者不足だ。食糧安保という見地からも、われわれが生きていくのに不可欠な食べ物を作る人が減少しているのは由々しき事態といえる。その危機的状況にある第一次産業を救うべく立ち上がった1人の起業家のストーリーを紹介したい。

「農家は儲からないから継ぐな」
荒れ果てた畑を見てやりたいことに気づく
コロナ禍が事業拡大の追い風に

「農家は儲からないから継ぐな」

ビビッドガーデン社長の秋元里奈氏は、同社の主力事業である「食べチョク」のロゴがプリントされた紺色のTシャツをいつも着ている。

仕事中はもちろん、休日平日関係なく、冠婚葬祭以外のプライベートでも着用し、夜は寝間着代わりだ。本人が話す。「着続けて7年になります。最初は1週間限定のつもりでした。あるベンチャー企業の社長が同じようにTシャツを着ており、知人から『ああいうのいいじゃない』と勧められてその気になり、イベント用に30枚発注したら、当時は社員が私1人だったので、20枚ほど余ってしまったんです。もったいないと思い、広告用に自分で着ることにしました」

その姿で電車に乗ると見知らぬ人から話しかけられたり、訪れた店のシェフに「何か食のサービスをやっているのですか」と聞かれ、お客様になっていただいたりと、予想外の効果が得られた。

「これは着続けようと。創業初期に複数の投資家から4000万円の資金を集めたのですが、出資の理由は私がTシャツを毎日着続けているからだというのです。この人は何事にも挫けず、やりきる人だと見てくれたのでしょう」

食べチョクは、一次産品の生産者と消費者を直接つなげるオンライン直売所だ。全国各地で、こだわりの野菜や果物、肉、魚などを生産する人たちが9500軒、その買い手となる100万人の消費者が、それぞれ登録している。国内の産直通販サイトのなかでは日本一の規模を誇る。サービスのスタートは2017年8月だ。秋元氏自身のことも含め、現在に至る経緯を振り返ってみよう。

神奈川県相模原市にある農家の長女。祖父母が四代目にあたるが、父母は継がず、2人とも金融機関に勤めていた。農地は祖母と親戚の人に委ねられ、多品種の野菜が作られていた。母は秋元氏に「儲からないから継ぐな」と言い続けた。秋元氏も両親と同じく金融の道を志し、慶應義塾大学理工学部へ進学。金融工学の研究室への入室を希望し勉学に励む一方、学園祭の実行委員会のメンバーとしても活動する。

ここで、ミスコンを企画するチームのリーダーに抜擢され、自ら企画を立て実現していく面白さに目覚め、就活時は金融以外も受けることにした。結局、選んだのはITベンチャーのDeNAで、2013年に入社する。

旧態依然とした業界にITを導入し変革を進める事業など、同社では4つの事業を経験する。どの仕事も面白く、夢中で働いたものの、心の片隅に、「私が本当にやりたいことはこれじゃない」という気持ちが渦巻いていた。

荒れ果てた畑を見てやりたいことに気づく

異業種交流会に出かけるようになり、出会った人に農家出身であることを話すと、農地を生かしてお祭りをする企画で盛り上がる。秋元氏は久しぶりに実家の農地を訪れた。「そこにあったのは荒れ果てた畑でした。親戚の人も亡くなり、実家は完全に農業をやめていたのです。それを見て疑問も湧きました。どうしてやめてしまったんだろう。農業が儲からないというのは本当だろうか」

気持ちは固まった。農業に貢献しよう。自分が本当にやりたいのはこれなのだと。選択肢としては、DeNAの新規事業として取り組む、農業に関わる企業に転職する、週末起業で取り組む、という3つがあったがどれも却下し、起業の道を選んだ。2016年9月にDeNAを辞め、同年11月にビビッドガーデンを立ち上げる。社名には色鮮やかな農地を取り戻したいという思いが込められていた。

秋元氏は全国の農家を訪ね歩き、話を聞いた。儲かっている農家もあれば、儲かっていない農家もあった。後者の場合、生産者の農業への思いが強いため、農地の規模が小さく、少量生産にとどまっているケースが多かった。「規模が小さいから、こだわりの農業ができるんですが、そのこだわりが価格に反映されないので、利益が薄くなってしまう。逆に大規模農家は省力化が進み、生産効率が高いので、利益が厚くなることが分かりました。規模は小さいけれど、そのこだわりが評価され、作物が高値で取引されることで、農家経営の持続可能性を高め、娘や息子に継がせることができる状態にする。それが食べチョクの構想につながりました」

食べチョクに参加する生産者は商品の価格を自分で決めることができる。既存の流通における生産者の粗利率が約20%に対し、食べチョクは消費者へのダイレクト販売だから約80%が生産者の粗利になる。「その2点で生産者の利益が高くなるわけですが、より重要なのは前者。つまり、自分で値付けができることです。野菜でも果物でも、一般的な市場流通では、その形状と量で値段が決まり、味は考慮されません。おいしい作物を作っても、売値に反映されないんです。その点、食べチョクでは、こんなにこだわって作ったからおいしいとお客様に直接アピールできます」

生産者にはお客様の生の声が届くようになっており、それを商品開発に生かすこともできる。例えば、蜂蜜を売る農家があり、おまけで送っていた蜂蜜キャンディが「おいしい」と評判になった。その農家はそれを商品化し、好評を得ているという。

生産者が登録するには審査がある。衛生管理に問題がないこと、農薬や化学肥料の使用は一定以下であること、プロとして営利目的で生産に従事していることなどだ。「食べチョクはあくまで高付加価値型農業をやっている人と、そういう作物を食べたい消費者をマッチングする場にしたい。趣味でやっている人が家庭菜園レベルの作物を出してしまうと、全体の価格が下がり、他の農家が困ってしまうんです」

「サイトを規模の経済が働かない構造とし、売上ランキングは作っていません。ただ、毎年、食べチョクアワードという人気ランキングを発表しています。去年1位になった農家はホウレンソウだけを20年ほど作っており、規模は小さいもののびっくりするほどおいしい。食べチョクをそういう人たちが輝ける場にしたいんです」

コロナ禍が事業拡大の追い風に

登録農家は100軒くらいまでは直接、営業活動を行って集め、以後はクチコミで増えていった。

追い風となったのが、2020年から始まったコロナ禍だった。まずはネット通販の利用が増えた。外食に行けないので、家でおいしいものを食べようという需要が生まれた。「決定的だったのは、生産者を応援する動きが出てきたこと。それまで飲食店に卸していた生産者の売上がゼロになってしまったのです。飲食店への公的補償はありましたが、生産者にはありません。そこで、余った生産物を買い取り、応援しようというキャンペーンを食べチョクで展開したところ、サイトに登録する生産者、消費者の数が爆増しました」

同社の社員は「生産者のこだわりが正当に評価される世界へ」というビジョンに共感した社会貢献欲の高い人が多い。「一方で、その多くが“優しい”人でもあるんです。普通は3カ月かかる業務でも何とかして1カ月で仕上げなければいけない場合がある。スタートアップでは当たり前のことですが、そのことがよく認識されていない雰囲気がありました」

そこで4つの行動指針を社員にもヒアリングして作った。2023年1月のことである。4つとは「全員が船を漕ぐ」「ハイスタンダード」「10倍の収穫」「夢中を吹き込む」。

秋元氏が解説する。「『全員が船を漕ぐ』とは縦割りになりがちで、そこからこぼれる仕事が出てしまうことを戒めたもの。お互いがプロとして、コミュニケーションやフィードバックを通じ、高め合っていくことを示したのが『ハイスタンダード』、大きな理想を大切にし、どうやったら成果を最大化できるかを考えて仕事に取り組むというのが『10倍の収穫』です。最後の『夢中を吹き込む』ですが、私の好きな言葉『努力する人は夢中な人に勝てない』から来ています」

今後は法人向けのビジネス展開を重視している。これまでも、アサヒグループジャパンやニップンといった食品メーカーと組み、先方のサンプル商品を食べチョクのお客様に送ったり、コンビニジム「choco ZAP(チョコザップ)」に協力し、選定店舗で週1回以上の来館者先着100名を対象に、食べチョク提供の新鮮野菜を箱に詰め放題で持ち帰ることができるキャンペーンを実施したりと、認知拡大やブランディングに貢献している。「健康経営の施策の一環で社員に定期的に食材を贈る企業があり、その食材をうちで提供しています。企業研修の分野にも着手し、例えば、食べチョクに登録している農家でチームビルディングの研修を行っています」

秋元氏愛用の食べチョクTシャツの背中には「農家・漁師とつながれば料理はもっと、美味しくなる」とある。これは最新版で、以前は「漁師」という言葉は入っていなかった。食べチョクの事業が変化し、広がっていくと共に、このコピーも変わっていくかもしれない。

【text:荻野 進介 photo:山崎 祥和】

※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.74 連載「Message from TOP 社会を変えるリーダー」より転載・一部修正したものである。
RMS Messageのバックナンバーはこちら

※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。

PROFILE
秋元 里奈(あきもと りな)氏
株式会社ビビッドガーデン

神奈川県相模原市の農家に生まれる。慶應義塾大学卒業後、DeNAを経て2016年株式会社ビビッドガーデン創業。翌年産直ECサイト「食べチョク」をリリース。TBSの報道番組「Nスタ」水曜レギュラーコメンテーター、日本テレビ系列「ウェークアップ」パートナーとして出演中。

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