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インタビュー

近畿大学 山縣正幸氏

社員の遊びや逸脱が回りまわって「生産性」を高める

  • 公開日:2024/03/25
  • 更新日:2024/05/16
社員の遊びや逸脱が回りまわって「生産性」を高める

近畿大学 経営学部 教授の山縣正幸氏は、中小規模の“おもしろい”企業と一緒に「価値創造デザインプロジェクト」を推進し、サービスデザインやデザイン経営の研究や実践に取り組んでいる。山縣氏は、職場における遊びや余白が、回りまわって「生産性」を高めるのだと語る。どういう意味だろうか。

サービス利用者の視点からより良い価値循環を追求する
組織づくりは「庭造り」に似ていて完全にはコントロールできない
良かれと思い作った人事制度が社員に不評なのはなぜか
優れた制度・標準・ルールが社員の遊びや挑戦を増やす

サービス利用者の視点からより良い価値循環を追求する

私はもともと文学の研究をしたかったのですが、運命のいたずらで経営学研究者となりました。現在は「価値循環」をキーワードに、サービスデザインやデザイン経営、アントレプレナーシップにおける感性や審美性などについての研究や、企業との協同的実践に取り組んでいます。

「価値循環」とは、経営学者ニックリッシュが本格的に用い始めた概念で、分かりやすくいえば、誰かが商品やサービスなどを受け取り使用して満足し、その満足が何かの生産や価値につながっていく一連の流れを指します。この概念で重要なのは、受け手側の視点に立っていることです。

私が専門とする「サービスデザイン」は、受け手側の視点から経営現象を組み立て直す研究であり、まさに価値循環がポイントとなります。このサービスとは、商品などの働きのことです。例えば万年筆には字を書く働きがあり、その働きを果たすためにはインクや紙も必要です。ですから、万年筆というサービスをデザインするときには、万年筆メーカーだけでなく、インクメーカーや製紙会社や文具店などのステークホルダーも絡んできます。こうした経営のエコシステムをサービス利用者の視点で捉え、より良い価値循環を追求するのがサービスデザイン研究です。

このような考え方を重視し、いち早く実践していた経営者の1人が、阪急電鉄創業者の小林一三です。小林は沿線の都市開発に取り組み、阪急百貨店や宝塚歌劇団や東宝などの事業を手がけました。鉄道利用者の視点に立って沿線に百貨店や劇場や映画館を作り、利用者を増やそうとしたわけです。彼は受け手側の視点を強く意識していたからこそ、独自の私鉄経営モデルを創出できたのです。

組織づくりは「庭造り」に似ていて完全にはコントロールできない

最近、サービスデザイン研究では「組織文化」に関する議論が盛んに行われています。職場内の人の働きが周囲にどのような影響を与えるのか、経営や組織の流れをどう整えればより良い価値循環につながるのかを考えているのです。

その際、私や何人かの研究者は、組織づくりを「庭造り」にたとえています。庭造りには終わりがなく、継続的な手入れが欠かせません。庭を手入れせずに放っておくと、雑草が生えてきて景観が悪くなるからです。ただ、雑草が常に悪者かといえば、必ずしもそうではありません。そもそも、庭は人が完全にコントロールできるものではなく、ある程度は自然に任せる必要があります。自然の力を借りて、より良い庭を目指すことが大切です。

組織も同じではないでしょうか。組織づくりには終わりがなく、継続的な手入れが欠かせません。ある程度のコントロールをしないと、組織は荒れてしまいます。しかし、経営や人事が組織を完全にコントロールできるかといえば、そうではありません。より良い組織づくりには、社員の自主性や自律性にある程度任せることが肝要です。

良かれと思い作った人事制度が社員に不評なのはなぜか

私はサービスデザインを考えるときに、文学の「受容理論」を持ち出すことがあります。受容理論とは、文学作品の受け手である読者の役割を積極的に評価する理論で、受け手の視点に立つ点でサービスデザインと共通しています。

受容理論では、文学作品は作者がどれだけ細かく描写しても規定しきれない部分があり、それを読者が想像力で補完しながら読んでいると考えます。例えば、和歌や詩などは特に規定されていない部分が大きく、それゆえに読者の受け取り方や解釈は各々異なります。受容理論はこうした読者の受容の仕方について研究しました。

受容理論は、サービスデザインにヒントを与えてくれます。なぜなら、商品やサービスを作り手の論理だけで作ると、受け手に支持されないことがよくあるからです。商品やサービスにも受け手が解釈できる部分があり、作り手と受け手の間には何らかのズレが生まれるものなのです。

人事の皆さんは、人事制度を例に考えると分かりやすいはずです。人事制度には人事が良かれと思って作ったのに、その意図がまっすぐに伝わらず、社員には不評でネガティブな制度だと受け取られるケースが多くあります。皆さんの会社にもそうした制度があるのではないでしょうか。

人事制度は組織をコントロールするためのツールです。しかし先ほど言ったとおり、組織づくりは庭造りに似てコントロールしきれないのです。受容理論をふまえると、そのことがよく分かります。制度設計の際には、人事と社員の間に考え方のズレが生まれることを想定する必要があります。

優れた制度・標準・ルールが社員の遊びや挑戦を増やす

以上をふまえると、職場における遊びや余白の大切さが見えてきます。遊びの本質は「逸脱による創出」です。子どもたちは、面白い遊びを追求して既存のルールからはみ出していくうちに、新しい遊び方を生み出すことがあります。同様に企業でも、社員たちが制度や標準や枠組みから逸脱して自由に試しているうちに、画期的なイノベーションを生み出すことが多いのです。

そのとき、ある程度の縛りは必要です。私は能が好きなのですが、能には動きの「型」があります。能は、型のなかで演者が個性を表現する芸術です。実は私たちは、型があるからこそ、型から逸脱して遊べるのです。制度などでコントロールしようとしすぎるのは良くありませんが、一方で逸脱するための制度やルールは必要です。社員の自主性や自律性をうまく引き出すような優れた人事制度・標準・ルールなどを用意できたとき、職場内の遊びや挑戦が増え、結果的にイノベーションがいくつも生まれてくるのです。

ドイツ語の「生産性(Ergiebigkeit)」は、もともと農業由来の「実り豊かさ」という意味です。実り豊かにするためには、土壌の豊かさが欠かせません。生産性を高めるには、組織文化を豊かにする必要があります。職場に遊びや余白が多いことは、まさに組織文化が豊かな証拠でしょう。社員の遊びや逸脱は、回りまわって生産性を高めるのです。経営がうまくいっていると「組織スラック(余剰の人員・資金・在庫など)」が生まれやすいといいますが、遊びや余白の多さも組織スラックの一種と考えてよいのではないでしょうか。

最後に、「価値創造デザインプロジェクト」の仲間である木村石鹸工業の事例を紹介します。

木村石鹸では、「自己申告型給与制度」を導入しています。従業員一人ひとりが、「次の半期、私はこのような挑戦をするので、このくらいの給与が欲しい」と提案し、会社と話し合った上で給与を決める制度です。この場合、給与は一種の投資であり、従業員に対する期待の表れです。

その際、従業員に課されるのは「自分が提案した挑戦をやりきる責任」です。やりきりさえすれば、挑戦に失敗しても怒られることはありません。木村祥一郎社長は、失敗の責任は社長がとればよいと考えており、お金などの数値の動きを敏感にチェックしながらリスクをとっています。

この制度に変えてから、社員からの新しい提案がどんどん出てくるようになったそうです。新製品開発などのプロジェクトが社長の知らない間に動いていて、ほぼ完成した時点で初めて社長に伝わるケースも珍しくないといいます。

例えば、このような制度が職場内に遊びや余白を生み出し、組織文化を豊かにして、本来の「生産性」を高めるのではないでしょうか。

【text:米川 青馬 photo:角田 貴美】

※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.73 特集1「仕事における余白と遊び」より抜粋・一部修正したものです。
本特集の関連記事や、RMS Messageのバックナンバーはこちら

※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。

PROFILE
山縣 正幸(やまがた まさゆき)氏
近畿大学 経営学部 教授

2004年関西学院大学大学院商学研究科満期退学。博士(商学)。2017年より現職。専門は経営学史、サービスデザイン、デザイン経営。『企業発展の経営学』(単著・千倉書房)、『DX時代のサービスデザイン』(共著・丸善出版)など、著書・共著書多数。

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