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インタビュー

鎌倉投信株式会社 鎌田 恭幸氏

人的資本開示についての投資家の視点 情報開示で大切なのは数字の背後にある開示目的と結果

  • 公開日:2024/02/05
  • 更新日:2024/05/16
人的資本開示についての投資家の視点情報開示で大切なのは数字の背後にある開示目的と結果

法改正により、日本でも人的資本に関する情報開示が義務化されることになり、各社が改めてその問題に取り組み始めている。投資家はこの動きをどう見ているのか。「いい会社」に投資することを心がけているユニークな投信委託会社、鎌倉投信のトップに聞いた。

「いい会社」への投信で重視する人の側面
人的資本の情報開示は社外より社内であるべき

「いい会社」への投信で重視する人の側面

私たちは、「結い2101(ゆいにいいちぜろいち)」という直販の投資信託を2010年3月から運用しています。規模は約500億円、お客様は個人を中心に約2万2000人います。投資対象となるのは、事業性と社会性を兼ね備えた「いい会社」です。

いい会社を定義するには大きな視点が2つあります。1つはこれからの日本に本当に必要とされる会社であるかどうか。現在の日本は多くの社会課題を抱えています。よって、モノやサービスを増やすよりも、それらを提供することで、どんな社会課題を解決し、社会の質を変えようとしているのかを、重視しています。もう1つは社員はもちろん、その家族、取引先、地域、株主、それに自然環境など、すべてのステークホルダーに配慮し、その幸せに貢献しようと努力しているか、ということです。

その上で、会社独自の個性を非常に重視しています。それを測る尺度が、「人・共生・匠」という3つのテーマで、それぞれ3つ、計9つの評価視点をもっています。

人にポイントを絞りますと、「社員個人の尊重」「企業文化」「経営姿勢」というのが評価視点です。評価の仕方は、何かの資料を参考に、形式的に、できている、できていないとか、スコアをつけるといったやり方ではなく、私たちが必ず現場に行って実際の取り組み状況を拝見しながら判断します。社長はもちろん、社員や取引先にもお話を伺い、社内や工場なども見せてもらって、会社が大切にしているものは何かを自分たちで感じ取りながら、投資対象とするかどうかの可能性を探ります。

会社にはその会社なりの雰囲気があります。働いている職場からは企業文化がにじみ出てくるもの。工場見学を社長にお願いすると、社員と社長の距離もよく分かります。社長に社員が挨拶はするものの、距離が遠く感じたりする会社もあれば、1000名規模の会社で、「○○君、子どもさん、元気か」と社長が親しげに話しかけたりする会社もあります。社長室をなくした会社があれば、その理由を聞きますし、社内の壁にクラブ活動やイベントの紙が張ってあるような会社からは活気が感じられます。漏れ聞こえてくる社内での会話も大切です。正社員は名前で呼ぶのに、非正規社員はパートさんと呼んでいる会社もあり、従業員をどう位置付けているかがすぐに分かります。

この結い2101がスタートして、13年半が経過しました。投資先企業のその間の業績の伸び率(株式価値=純資産と配当金を合計したものの増加率を累積した値)を平均してグラフ化すると、右肩上がり一直線なのです。特にここ5年間は、新型コロナウイルス感染症の蔓延やロシアによるウクライナ侵攻がありました。物価も金利も上がり、急激な円安が進行しました。それでも増加率が伸びているということは変化に対する耐久力と対応力を各社がもち合わせていたからだと思うのです。その原点はやはり人でしょう。

人的資本の情報開示は社外より社内であるべき

今年度から大手企業を対象に、有価証券報告書における人的資本の開示が義務化されるようになりました。人財投資の費用、女性管理職比率、男性の育児休業取得率、男女間賃金格差などで、他にも多くの開示指標を政府が提案しています。株主は、これらをきちんと見るのかどうか。

個人株主はそこまで見ないと思いますが、機関投資家は一定のチェック項目として見るでしょう。問題はその値を表面的に見て終わりとするのか、そこに会社がどういうメッセージを込めようとしているかまで深く見るかどうか、です。

私たちの場合は後者です。会社のあり方としてどうあってほしいから各指標を設定し、現状がどうであるのか。そのつながりを気にします。

これは障害者の法定雇用率の問題に似ています。その数字をクリアしていればOKというわけではなく、障害者の人たちがやりがいをもって働けていないと、いくら数字を達成していても意味がありません。

現在は、法律で決められたから仕方なくやり始めているという会社が多いと思いますが、そのうち真剣に取り組む会社が出てくると思います。社員の成長や社内の活性化、社会とのつながり強化を考えるなかで、どんな指標を設定し、人的資本を積み上げていくのか、前向きに捉える経営者が増えてくることを期待しています。

注意しなければいけないのは、人的資本は横並びでは比較できないということ。各指標は絶対評価であるべきです。100社あれば100通りで、自分たちは何を大切にするのかを明確にし、それに合った自分たちなりの指標を考え出すべきでしょう。

一方で、人的資本の開示に力を入れていなくても、社員を大切にし、その充実に力を入れている会社があることを見落としてはいけません。

と、ここまでお話ししてきましたが、私は本来ならばそういう指標は株主に対してではなく、むしろ社内に向けて開示するべきだと思います。わが社は、こういうことを大切にして経営していきたいので、それをこんな指標で測っていく。そういうコミュニケーションが社内でなされるべきだと。

株主は知っていても知らなくてもいい、とは言いすぎかもしれませんが、開示された指標は表面的に見るだけでは何も分からないのは事実です。その点、私たちはあえて実際に現場に足を運んでいるので、社員を大切にしているのか、人に対し投資をしているのかがよく分かっています。指標にしてしまうと、その数字が独り歩きし、数字を出すことだけが目的化してしまう危険性がある。大切なのは、数字の向こうにある目的と結果です。例えば、ダイバーシティに関する指標を設け、さまざまな国籍の人たちを受け入れることで人的投資を進めている会社があったとしたら、その結果が売上や利益にどう影響しているのかまで見られれば理想的です。

これだけ人的資本に対する関心が高まってくると、「何から手をつけたらいいか分からない」と戸惑ってしまう経営者も多いようです。なぜ戸惑うのか。それは人的資本の大切さに経営者自身が気づいていなかったからです。私だったらこう言います。「あなた自身が社員を大事にしようと真剣に思うところから始めたらどうでしょうか」と。

【text:荻野 進介 photo:伊藤 誠】

※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.72 特集2「自社らしさを生かした人的資本経営を再考する」より抜粋・一部修正したものです。
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※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。

PROFILE
鎌田 恭幸(かまた やすゆき)氏
鎌倉投信株式会社 代表取締役社長

1965年生まれ。1988年東京都立大学法学部卒業後、日系・外資系信託銀行を通じて20年以上にわたり資産運用業務に携わり、外資系信託銀行の副社長まで務める。2008年11月に鎌倉投信を創業し、以来現職。著書『日本でいちばん投資したい会社』(アチーブメント出版)。

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