コラムCOLUMN
公開日:2024/01/05
更新日:2024/01/05

THEME 組織開発 人事制度

インタビュー早稲田大学 清水洋氏

流動性を高めるなら社会がリスキリングの機会を用意すべきだ

流動性を高めるなら社会がリスキリングの機会を用意すべきだ

組織の流動性とイノベーションの関係はどのようになっているのか。日本企業がイノベーションを増やしたいと思ったとき、何をどのように変えたらよいのか。イノベーション研究の世界的リーダーの1人で、2021年にシュンペーター賞を獲得した早稲田大学 商学学術院 教授 清水洋氏に伺った。

 

イノベーションには正負両面がある



イノベーションは、私たちの生活を便利で豊かなものに変えてきました。例えば、もしクーラーのイノベーションが起きていなかったら、私たちはこの日本の暑い夏をクーラーなしで乗りきらなくてはなりません。それは今やほとんど不可能なことでしょう。私たちの生活や社会には、イノベーションが必要なのです。

ただ一方で、イノベーションには「破壊する」という側面もあります。産業革命のときに蒸気機関が広まって大量の馬が失業したように、イノベーションには多くの人の職を奪うリスクが常にあります。実際、数多くの人がイノベーションによって職を失ってきました。組織の流動化とイノベーションの関係を考えるときには、この破壊的な側面を考慮する必要があります。

整理解雇しやすくなればイノベーションが増える



組織の流動性が高まると、イノベーションの代替指標「全要素生産性(TFP)」が確実に高まります。つまり、アメリカなど流動性の高い社会ではイノベーションが起きやすいのです。

なぜアメリカ企業のTFPが高いかというと、アメリカでは「整理解雇がしやすい」からです。企業は整理解雇しやすい環境では、新規性の高い事業に積極投資する傾向があります。新規性の高い事業は失敗する可能性が高いわけですが、仮に失敗したとしても、整理解雇が可能なら、すぐに不採算事業から撤退できるからです。

逆に、日本のように整理解雇しにくく、組織の流動性が低い国では、新規性の高い事業への投資が進みません。失敗したときに、整理解雇して不採算事業から撤退するのが簡単ではないからです。そのため、日本企業はリスクの高いイノベーティブな投資に気軽に踏み込めないのです。

2023年、日本政府は、企業に博士人材の積極活用を促す税優遇策を始めました。日本企業が博士人材をなかなか雇用したがらないからです。これも理由は同じで、専門性の高い博士人材は、その専門性が役に立たなくなるリスクを常に抱えています。仮に10年後、博士人材の専門性が無意味になったら、整理解雇できない日本企業はそれ以降、高い給与を無駄に払い続けなくてはならなくなります。そのリスクが怖いから、博士人材の採用に及び腰なのです。しかし、画期的なイノベーションを起こすには、優秀な博士人材の力が欠かせません。多くの日本企業がイノベーションを起こせない原因はこんなところにもあるのです。

以上を踏まえると、日本も整理解雇しやすい社会に変われば、新規性の高い事業への投資が増え、イノベーションが起こりやすくなるでしょう。

「累積的なイノベーション」は日本がむしろ得意としてきた



日本ではイノベーションが起きにくいと話してきましたが、それは「ラディカルなイノベーション」、つまり革新的なものをオリジナルに創出するイノベーションに限った話です。「累積的なイノベーション」、つまり製品サービスの改良や改善は、むしろ日本が得意としてきました。この点については、詳しい説明は必要ないでしょう。

実は、現代のイノベーション研究では、ラディカルなイノベーションが累積的なイノベーションよりも重要だ、とは考えられていません。ラディカルなイノベーションは大事だが、一方で経済的成果を上げるためには、累積的なイノベーションが重要だといわれているのです。

一般的に、流動性が低い組織は累積的なイノベーションが得意で、流動性が高い組織はラディカルなイノベーションを生み出すのが得意です。日本が累積的なイノベーションを強みとしてきたのは、組織の流動性が低いからです。

このことは、チーム単位で考えると理解しやすくなります。例えば、医療機関で手術を行うチームに求められるのは、正確さ・スピード・効率・失敗の少なさです。ミスを減らして、正確かつ迅速に手術するためには、できるだけ同じメンバーで改善を積み重ねて、チームワークをより良くすることが大切です。こうした種類のチームは、流動性を低くして、メンバーをあまり入れ替えない方がよいのです。

反対に、新規事業開発チームなどは、流動性が高い方がイノベーティブな成果を生み出しやすくなります。その際にポイントとなるのは、リーダーの「コンフリクト・マネジメント」です。チームに新メンバーが入ると、何かしら衝突が起きます。例えば、新メンバーが「もっと良いやり方があるのでは?」などとチームに問うわけです。その際、リーダーが妥協せずにコンフリクトを活用し、新しいやり方・考え方を積極的に取り入れるようなマネジメントをすると、ラディカルなイノベーションがより起きやすくなるのです。

流動性の高い社会ではエース人材の流出を恐れるな



今後、日本企業がラディカルなイノベーションの創出を目指すのなら、いくつか変わらなくてはならないことがあります。

第一に、「スピンアウト」や「カーブアウト」を積極的に推し進めることです。イノベーション研究では、企業がスピンアウトを奨励すると、「サブマーケット」の開拓が進むことが分かっています。スピンアウトした人たちは、親会社の技術を応用して、親会社のメインターゲット市場とは別の小規模市場の開拓を始めるのです。このサブマーケットの開拓が、画期的イノベーションにつながることがよくあります。

その際、親会社との資本関係はない方が好ましいです。資本関係があると、親会社にとって破壊的なイノベーションが起きにくくなるからです。親会社との資本関係が継続するスピンオフよりも、完全に独立させるスピンアウトがよいのです。

第二に、「エース人材の流出」を恐れてはなりません。流動性の低い日本企業は、エース人材の流出を極端に恐れる傾向があります。そのため、スピンアウトやカーブアウトにも消極的になりがちです。しかし、個人の側から考えれば、多様な場で多様な経験を積む方がイノベーションを起こす可能性が高まります。また企業にとっても、エース人材を何人も社外に送り出して「人材輩出企業」になることができれば、優秀人材を採用しやすくなるメリットがあります。

何よりも、流動性の高い社会では、かつての退職者が回りまわって出戻ってきたり、自社の外部協力者になったりする可能性が十分にあります。ですから今後の日本企業は、退職者たちと良い補完関係を築いていくことが肝要です。

ポイントは「破壊される側」の希望をなくさないこと



仮に、日本が今後、アメリカのように流動性の高い社会、整理解雇できる社会になるとしたら、一方で国や社会の側が「リスキリング機会」を豊富に用意することが欠かせません。

なぜなら、まさにアメリカがそうですが、流動性の高い社会では、イノベーションによって職を失うコストを個人が100%負担することになるからです。現在の日本は流動性が低いため、企業は社内失業者を社内に抱え込む傾向がありますが、流動性の高い社会では、企業がそうした面倒を見なくなります。個人が新たなイノベーションによって職を失ったら、自らの責任でリスキリングし、新たな職を探さなくてはならないのです。

最近、アメリカでは「絶望死」が話題になっています。高卒の中年白人男性の自殺・薬物依存症・アルコール依存症が急速に増えているのです。イノベーションや工場閉鎖などによって解雇され、モチベーションと希望を失った結果です。解雇は流動性の高いアメリカ人にとっても大きなストレスで、健康を害する可能性が高いといわれています。流動性の高い社会では経済格差が拡大し、このように希望を失って健康を害する人が増える傾向があるのです。いくらイノベーションが多くても、絶望死が多い社会が良いとは思えません。

絶望死が広まらないようにするためには、イノベーションによって「破壊される側」の希望をなくさないことが大切です。その有力な方法の1つは、国や社会がリスキリング機会を安価に提供することです。例えば、ヨーロッパには大学教育を無償で受けられる国が多く、フィンランドに至っては大学院まで学費が無料です。またドイツでは、政府が中小企業などのリスキリング支援に力を入れています。流動性を高める際には、このように誰でも高い専門性を再学習できる機会を用意する必要があります。そうしなければ、意欲と希望を失う人が続出してしまう可能性があります。

ただ、50代以降になると、リスキリングに対する意欲はどうしても下がります。ですから、国はリスキリング機会に加え、中高年への所得再分配についても熟慮した方がよいでしょう。

幸いなことに、日本は少子高齢化が進んでいますから、多くの人材が余るようなことにはならないはずです。少子高齢化をむしろチャンスと捉え、組織流動性を高めてラディカルなイノベーションを増やすと同時に、誰もが幸せに生きていける日本社会を作っていきましょう。



【text:米川 青馬 photo:平山 諭】

 

※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.72 特集1「組織の流動性とマネジメント」より抜粋・一部修正したものです。
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※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。


PROFILE
清水 洋(しみず ひろし)氏
早稲田大学 商学学術院 教授

一橋大学大学院商学研究科修了。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスでPh.D.(経済史)取得。一橋大学大学院経営管理研究科・イノベーション研究センター教授などを経て、2019年より現職。『野生化するイノベーション』(新潮選書)など著書・共著書多数。

流動性を高めるなら社会がリスキリングの機会を用意すべきだ
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