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インタビュー

同志社大学 藤本昌代氏

日本に適した人材流動性の高め方を追求してもよいのでは

  • 公開日:2023/12/25
  • 更新日:2024/05/16
日本に適した人材流動性の高め方を追求してもよいのでは

同志社大学 社会学部社会学科 教授の藤本昌代氏は「仕事の社会学」の研究者で、社会の流動性と人々の就業観、転職行動の関係に詳しい。日本・アメリカ・ヨーロッパの就業観や転職行動はどう違うのか。日本企業はどのように変わっていけばよいのか。詳しく伺った。

日本・アメリカ・フランスの就業観や転職行動はどう違うか
アメリカの真似をすればうまくいくと考えるのは危険
大事なのは組織への愛着や忠誠心を高めることでは

日本・アメリカ・フランスの就業観や転職行動はどう違うか

「専門職が転職しないなんて、信じられない。数値が間違っている」「大学を卒業したのに専業主婦になるなんて、意味が分からない」。以前私が国際学会で、日本の転職行動や就業観について発表すると、海外の研究者からよくこのような反応がありました。日本の常識は、世界の常識ではないと知り、しっかりと伝えていく必要性を感じました。

そこで私は、日本と欧米の転職行動・就職観の比較研究を始めました。2007年に1年間、スタンフォード大学の客員研究員となり、約5年間、シリコンバレーの就業制度や高学歴者の転職行動を調査・分析しました。日本では、メーカーの研究所や公的研究機関などの高度専門職を中心に、さまざまな組織の就業観や転職行動を見てきました。そうした研究から見えたことをお話しします。

アメリカ・シリコンバレーの場合、「どんな仕事をしてきたか」を極めて重視します。私のインタビューでは、同じ職種に長く従事していることが高く評価されていました。アンケートを実施した際のデータ分析でも、転職者の7割以上が同業種・同職種で転職していました。反対に、日本企業1社でいくつもの職種をジョブローテーションした日本人求職者は「専門性が低い」とみなされ、転職時に不利でした。

一方フランスでは、専門職に就くには職業に関する「国家資格」が必要です。当然ながら、同じ職業を続けることが前提となっています。ただし、国は生涯学習も支援しており、国家資格さえとれば、別の職業に就くことも可能です。

つまり、アメリカとフランスはどちらも職業の継続を比較的重視しています。対して、日本では戦前から企業が教育した従業員を逃さないよう長期勤続する者にメリットがある制度を作り、大企業に成長してきた経緯があります。その結果、従業員は組織に長く帰属することを重視するようになり、社内での職種転換には抵抗が少ない社会になりました。職業の継続にそれほど重きを置いてこなかったわけです。

私はメーカーの研究所や公的研究機関などの高度専門職を中心に調査してきましたが、日本の大企業では専門職や管理職は事務職や製造職以上に転職しません。中小企業では日本でも何度か転職するのが過去のデータからもよく見られた傾向ですが、それでも全体的には、日本は頻繁な転職をあまり好まない文化です。ある公的研究機関には、組織で生き残るために研究分野を全く異なる分野に方向転換した人もいました。このように日本では専門性を磨くこと以上に、組織に残ることを重視する傾向があります。このような社会を私は「低流動性社会」と呼んでいます。

シリコンバレーは正反対です。高学歴者は転職が当たり前で、転職しない人は能力が低いとみなされます。皆がお互いの仕事ぶりをよく見ていて、優秀な人にはエージェントや以前の同僚などから声がかかります。個人の実力・意欲・姿勢などが現場目線で評価される社会です。声がかかったら、たとえ現職が好きな会社でも、転職することが珍しくありません。典型的な「高流動性社会」です。

日本とシリコンバレーの間には、さまざまな流動性のグラデーションがあります。実は世界の国々ではアメリカとは異なり、1社に勤め続ける人も少なくありません。フランスも大手自動車メーカーには転職未経験者が何人もいます。インド最大の財閥企業であるタタ・グループも、勤続20年以上が珍しくないと聞きました。調べると、転職しない人々は日本だけでなく、世界にも存在するのです。

なお、流動性は職種によっても大きく変わります。IT技術者は万国共通で流動性が高く、日本でも転職が珍しくありません。一方で、科学技術系の研究者には、特殊な研究設備が必須のため、物理的に転職不可能な人たちもいます。アメリカですら、そういう人たちが存在します。

アメリカの真似をすればうまくいくと考えるのは危険

最近は、日本社会も以前よりは人材の流動性が高まりました。アメリカ式のジョブ型雇用を導入する企業も増えています。しかし、アメリカの真似をすればうまくいくと考えるのは危険です。アメリカが一概によいわけではないからです。例えば、アメリカでは経営上合理化が必要となった場合、整理解雇を簡単に行えるため、コロナ禍で失業率が高まりました。反対に日本では、中小企業でさえもコロナ禍に雇用を守った会社が多く、失業率が急速に高まることはありませんでした。どちらがよいでしょうか。

また、アメリカのジョブ型雇用では、工場長は工場のゴミを拾いません。掃除担当者の仕事を奪ってしまうからです。ゴミ拾いは担当者がいるからよいのですが、アメリカでは、多くの「隙間仕事」は誰のジョブでもないから誰もやりません。どうするかというと、マネジャーが隙間仕事を集めて新たなジョブを作り、新たな人員を募集するのです。その人が入るまで、隙間仕事はほったらかしにされます。日本なら、たとえジョブ型になっても誰かが隙間仕事を拾うのかもしれませんが、アメリカと同じようになる可能性もあります。

このように、日本の雇用システムには、欧米にはないメリットも多くあります。ですから、日本型雇用の長所と短所をきちんと整理し、生かすべきは生かすことが、大切だと思います。例えば、現在の日本のメーカーでは、「人材ごとの特許譲渡」があります。この手法だと、研究者自身も現職では不要だと思われた研究ではあるが、移動先では自分の研究を知りたいと考えている人がおり、新たにプロジェクトを推進できるため、移籍への不満が少ないと聞きます。転職があまり好まれない日本社会でも、特許ごとの譲渡なら適材適所を比較的スムーズに実現できるのです。

大事なのは組織への愛着や忠誠心を高めることでは

私が今、気になっているのは、日本企業内の組織への愛着や忠誠心です。最近ヨーロッパを中心に、「職場コミュニティが大事」という研究が多く出ているからです。実際、ヨーロッパでは職場の仲の良さを大切にする企業が増えている印象を受けます。フランスやドイツの研究開発系の大企業ではホワイトカラーでも誕生会、業績表彰会、週末のピザパーティ、近場のピクニックを就業時間中に行って、職場のコミュニケーションを重視している所があります。

また、アメリカの場合でも、転職が多いから会社への愛着や忠誠心が低い、というわけではありません。転職先が良い会社だと感じれば、自分を評価して採用してくれた転職先に、むしろ高い愛着や忠誠心をもつ傾向があるのです。

対して最近の日本企業では、職場のコミュニケーションが難しくなり、社員の愛着や忠誠心を高める仕組みを失っているように見えます。本当にそれでよいのでしょうか。バブル崩壊後の日本では、従業員の愛着や忠誠心が著しく下がり、組織が崩壊した会社がいくつもありました。そうなってはいけないのです。日本で今後人材の流動性が高まったとしても、職場コミュニティはより大事にしていく必要があるでしょう。

ただし、愛着や忠誠心の内容は、この数十年で大きく変わりました。現代は、個人が組織にぶら下がるのではなく、プロフェッショナリティをもって自律すると共に、組織のパーパスに沿って周囲とうまく協働していく社会です。組織のパーパスやあり方が好きだから、組織に愛着や忠誠心をもつ、という時代になったのです。これからの企業には、社員の愛着や忠誠心を高める現代的な仕組みが求められると思います。

【text:米川 青馬 photo:角田 貴美】

※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.72 特集1「組織の流動性とマネジメント」より抜粋・一部修正したものです。
本特集の関連記事や、RMS Messageのバックナンバーはこちら

※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。

PROFILE
藤本 昌代(ふじもと まさよ)氏
同志社大学 社会学部社会学科 教授
同志社大学 働き方と科学技術研究センター 所長

同志社大学大学院文学研究科社会学専攻博士後期課程修了。システム設計に約10年間従事した後、同志社大学社会学部社会学科准教授、スタンフォード大学客員研究員などを経て、2011年より現職。著書に『専門職の転職構造』(文眞堂)などがある。

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