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インタビュー

大学院大学至善館 吉川克彦氏

社内のナレッジ流通を活性化させるための異動もあり得るのでは

  • 公開日:2023/12/18
  • 更新日:2024/05/16
社内のナレッジ流通を活性化させるための異動もあり得るのでは

人材流動性には、「社内の流動性」と「就職・離職」の二側面がある。人材流動性が高まる今、私たちは社内流動や異動をどのように捉えればよいのだろうか。離職率は組織パフォーマンスにどう影響しているのだろうか。大学院大学至善館副学長で教授の吉川克彦氏に幅広く伺った。

人間的なやり取りのなかで社内知識の伝達が行われている
企業間の人の流動性をどう捉えるか
離職率が高まると「つながりの網の目」が傷つく
日本社会の「雇用形態間の人材流動性」も一緒に高めてほしい

人間的なやり取りのなかで社内知識の伝達が行われている

心理学、社会学の非常に基本的な概念として、「報恩性」というものがあります。私たちには、誰かにもらった恩を返したくなる性質があるのです。組織に関する研究でも、上司と部下、同僚同士といったさまざまな関係で、報恩性が働いていることが知られています。

ただ、経営学におけるこの種の研究は従来、「一対一の交換」研究が主流でした。そこで私は、「集団としての交換」の研究を行いました。集団のなかで、誰かから受け取った恩を、別の誰かに渡す、そして、恩の連鎖が巡る、というものです。実際、先輩から受けた恩を、後輩に返そうと思う人はたくさんいます。もっと広く集団を捉え、私は日本社会で生まれ育ち、いろんな人に世話になった。だから日本社会の次の世代のために行動する、という人もいるでしょう。集団としての交換も、組織、また、社会において重要な役割をもっている、と考えたのです。

世の中には、質問すると誰かが答えてくれるオンラインプラットフォーム「ナレッジコミュニティ」がいくつもあります。最近は、社内にナレッジコミュニティを用意する会社も増えています。そして、こうしたコミュニティの参加者間のやり取りは、一対一の交換ではなく、集団としての交換になることが知られています。興味深いことに、コミュニティ上で質問して誰かに答えてもらった人は、その後の何週間か、他の人の質問に答える回数が多くなる傾向があるのです。受け取った恩をその相手に直接返すのではなく、別の誰かに送る。いわゆるPay it forwardですね。

研究からはいくつかのことが分かりました。第一に、報恩性には「個人差」があります。受けた恩は返すものだ、恩はそうやって巡り巡っているものだ、と強く思っている人と、そうでもない人がいるのです。

第二に、社内ナレッジコミュニティでは、質問者と以前同じ職場で働いたことのある人は、回答率が跳ね上がることが明らかになりました。恩を送りやすい傾向がある人は、相手が知り合いの方であればなおさら恩を送るようになるのです。

ここからいえることは、組織のなかに「集団での報恩性」が高い人、すなわち、恩は巡り巡るものだ、と信じている人が多くいると、社内ナレッジコミュニティが盛り上がりやすくなる、ということです。そうした人が積極的に質問に答えることで、それを受け取った人も答える傾向が上がる。場の「温度」を上げてくれる、ということです。逆に質問に答えず、他の人の答えを読むばかりの「テイカー」が多いと、場は盛り上がらなくなってしまうでしょう。

まとめると、デジタル上のコミュニティでさえも、やはり人間的な恩のやり取りがあり、そのなかで社内知識の伝達が行われているのです。相手が理解できるように説明するのは、それなりにコストのかかる行為です。そのコストをかけてでも質問に答えるのは、相手が自分の知識を誰かのために使ってくれるだろうという期待があるからです。知っている相手からの質問を画面上で見ると、相手が思い浮かび、恩のつながりという人間的心理が刺激される。「ソーシャルキャピタル(人材の社内のつながり)」はそうして知識の伝達を促しています。

グローバル企業でも、こうした人のつながりを意図的に活用しているケースがあります。例えば、他国からグローバル本社に一時赴任した人は、帰任後も本社と他国の情報パイプ役として活躍するケースがよくあります。国をまたいだ異動は、国を超えて知識を伝播すると共に、地理的に離れた組織の一体感を醸成するのです。

言い換えれば、部門や拠点を超えた異動は、社員が会社という人間集団に所属しているという認識を生み出す力になるのです。大きく捉えると部門横断プロジェクトや運動会などのイベント、同期のつながりなども同様の効力を発揮します。

異動にはさまざまな意味がありますが、人事の方は、こうした視点ももたれるとよいのではないでしょうか。例えば、社員が社内ネットワークを広げるための異動、社員の組織コミットメントを高めるための異動、社内のナレッジ流通を活性化させるための異動もあり得ると思うのです。このように異動の目的や種類を増やすと、異動がもっと有意義になっていく可能性があります。

企業間の人の流動性をどう捉えるか

最近、日本社会の人材流動性が高まり、日本の大企業でも離職率が高まっているという話をよく耳にします。海外の水準からすれば、多くの日本企業の離職率は決して高くありませんが、日本の大企業では今までほとんど辞めなかったため、少しでも高まると危機感を覚えるのでしょう。

そうした状況のなか、「一定水準の離職はむしろ組織パフォーマンスを高める」とか「適度な人材の出入りはむしろ組織にとって健全で、組織の成長に必要なことだ」という主張も出てきています。では実際には、離職率と組織パフォーマンスの関係はどうなっているのでしょうか。

2013年、パク・テヨンとジェイソン・D・ショーは、離職率と組織パフォーマンスの関係に関する104本の論文を基にしたメタアナリシスの結果を発表しました。メタアナリシスとは、数多ある研究の結果を統計的に統合、再分析して、普遍的・横断的な傾向を導き出す手法です。

その結果、「離職率が高いほど、組織パフォーマンスは下がる傾向がある」ことが分かりました。ただし、離職のうち「自主的離職」と「ダウンサイジングによる解雇」は組織パフォーマンスを下げますが、「組織による解雇」は組織パフォーマンスを高めも低めもしませんでした。つまり、この研究では、「一定水準の離職は組織パフォーマンスを高める」という主張は成り立ちません。適度な離職率などというものはなく、基本的には離職率が高まるほど、組織パフォーマンスは下がる、ということです。

ただし、これは主として日本国外での研究を基にしたメタアナリシスで、そこには、日本企業、特に大企業に見られるような非常に低い離職率のサンプルはあまり含まれていないと思われる点に留意が必要です。実際、日本企業のみをサンプルにした研究では、一定水準までは離職率が高まることで企業パフォーマンスが高まるということを示したものがあります。時間が経てば事業を取り巻く環境は変化します。そして、そうした変化が速いときには、必要なスキルセットが社員の学習スピードより早く変化してしまう。そうした際に、人が全然辞めず、外部から新しいスキルをもつ人材の雇用を積極的に行えなければ、変化に対応しきれずに組織パフォーマンスが下がるかもしれません。

離職率が高まると「つながりの網の目」が傷つく

では、なぜ離職率が高いほど、組織パフォーマンスは下がる傾向があるのでしょうか。

従来の研究では、人材が流出すると、ヒューマンキャピタル(人材がもつスキル・知識・経験)とソーシャルキャピタルが失われるから、組織パフォーマンスが下がるのだといわれています。

ヒューマンキャピタルは当然として、注目すべきはソーシャルキャピタルです。簡単にいえば、社員が1人抜けると、その社員がつながっている社内外の網の目が傷つくわけです。

なぜソーシャルキャピタルがそれほど重要かといえば、序盤で説明したとおり、知識のパイプとして働く、またより広くいえば、協働を下支えしているからです。

日本社会の「雇用形態間の人材流動性」も一緒に高めてほしい

日本社会の人材流動性が高まっていくと離職率がある程度上がることは避けられないでしょう。そうなると、これからの日本企業は、人の出入りを想定しつつ、関わる人たちが「そこに関わる意味」を見いだせるようにすることが重要だと考えています。退職したアルムナイや、社員ではなくても事業に関わっているパートナーも、同じ目的や価値観を共有した仲間である、と捉えるような、組織の壁の外まで広がるつながりを作っていくことが、企業にとって重要です。

最後に、私は「雇用形態間の人材流動性=正社員と非正規社員の流動性」も高めたいと願っています。なぜなら、今の日本社会では、いったん非正規社員になってしまうと、正社員になる道が極めて狭いのが現実だからです。「フルタイムで正社員として働くこともあれば、時間を限定して非正規で働く、そしてまた戻る」といった柔軟なキャリアを描けるようになれば、私たちはもっと希望をもって、自由かつ柔軟に生きていけるでしょう。

【text:米川 青馬 photo:平山 諭】

※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.72 特集1「組織の流動性とマネジメント」より抜粋・一部修正したものです。
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※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。

PROFILE
吉川 克彦(よしかわ かつひこ)氏
大学院大学至善館 副学長 教授

2017年ロンドン・スクールオブエコノミクス経営学博士課程修了。1998年~2013年リクルートグループ(ワークス研究所、リクルートマネジメントソリューションズ等)で組織人事の研究・コンサルティングに従事。上海交通大学助理教授などを経て2023年より現職。

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