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インタビュー

慶應義塾大学 星野 崇宏氏

データも実証研究も人間の行動原理の表れ 幅広い視点で活用せよ

  • 公開日:2023/06/12
  • 更新日:2024/05/16
データも実証研究も人間の行動原理の表れ 幅広い視点で活用せよ

データや実証研究はエビデンスの中核をなすものである。そうした、日本企業のエビデンス活用は進んでいるのか、より良い活用のポイントは何か。日本のデータサイエンスを牽引する第一線の研究者であり、企業との協働実績も豊富な慶應義塾大学 経済学部 教授の星野崇宏氏に伺った。

日本のデータ活用の現在地
日本とアメリカ ビジネススクールの違い
日本人は真面目だから専門家に頼らない?
社会科学の知見を踏まえながらデータ分析ができる人材を

日本のデータ活用の現在地

データの活用という意味では、ここ20年あまりで、企業側の姿勢が大きく変わってきています。私が博士号をとった2000年代前半頃は、データ取得とそのための実験の意義を説いても受け入れられなかったり、関心は示してくれるものの、その結果を論文にして発表するのは控えてほしい、と言われたりする傾向が一般的でした。

この流れが変わってきたのがAmazonをはじめ、多くの米系テック企業のデータ活用の事例が日本でも紹介され、普及していった2010年頃でしょうか。それがここ数年、DXやデジタライゼーションの流れが鮮明になり、潮目が変わりました。日本のテック企業もデータ活用の大切さに目覚めたのです。さらにコロナ禍を経て、非テック企業にもその流れが波及しつつあるというのが今です。

マーケティング実務でよく用いられるのが、AかBかという選択肢を示し、好ましい方を選んでもらう、いわゆる「ABテスト」です。

これは手軽にできるというメリットがある一方、例えば、AとB、どちらのデザインの方が購買率が上がるかといった場合、何をAやBにするかという可能性は無限なので、闇雲に行っても徒労に終わることが多いです。結果が出てもその理由はなぜかが分からないと、横展開できません。

一方、仮説を生み出し、また理由を説明できるのが行動経済学の強みです。例えば、人間は一度、自分の頭のなかに刷り込まれた価格(参照価格)があると、それとの比較をすぐにしてしまうことが分かっています。販売促進のため、一定期間、企業が価格を大きく下げた場合、消費者のなかにはそれが「通常価格」と思ってしまう人が多い。価格を戻した場合、値上げだと感じ、商品が売れなくなってしまうのです。ここからは安易な値下げは良くない、むしろ逆効果だという知見が導き出されます。

日本とアメリカ ビジネススクールの違い

こうした購買意思決定に関する行動経済学の研究は多く、欧米企業は先行研究という「巨人の肩」に乗って効率的な施策を実施していくのですが、日本企業の人たちには、「そんな研究があるんですか」と驚かれることが多い。アカデミックな研究は高尚なもの、企業実務には役に立たないという先入観があるのでしょう。これがアメリカでは違います。

私はノースウェスタン州にあるケロッグ・ビジネススクールに在学経験があり、その後も先方の教授と共同研究を行っています。日本のビジネススクールとの違いは3つあります。まず、優れた経済学者こそ経済学部ではなく給与の高いビジネススクールに在籍します。次に実務に直結する研究が主流です。最後は、卒業生や在校生が起業したり、卒業生が企業内の高い地位に就いたりした場合、自らの指導教官と一緒に、実務直結型の研究を進めるケースが多々あることです。結果として、ますます新たな知見がビジネススクールにたまっていくのです。

日本ではこうしたシステムが成立していません。加えて、安保闘争の温床が文系学部、特に当時マルクス経済学が主流だった経済学部であったことから、国の投資が低かった時期が続いたことも大きいのでしょう、社会科学の研究に対する世間の評価が低い。理系の研究には投資するが、ビジネスサイエンスの研究には投資せず、また実務に使おうとしない結果、ますます海外企業と収益性に差が開いています。

日本人は真面目だから専門家に頼らない?

それこそ行動経済学や心理学、教育学、神経科学、AIといった分野において、研究者が取り組んでいるのは、あるインセンティブに対する人の反応のあり方です。それはマーケティングや人事、教育学、公衆衛生など個別領域の垣根を越えた人間の行動原理という共通原理への問いです。そうやって解明された人間の行動原理の根本が、研究された領域を超えてさまざまな領域で活用されるのです。

例えば、日頃まったく運動していない人に、健康のため、どうしたら運動をしてもらえるか、という公衆衛生分野の研究は、自社の製品を買ってくれていない人をどう振り向かせるか、というマーケティングの研究と根は同じなのです。

物理学において、磁石と雷、静電気、水力発電などはまったく別の事柄のように思えるでしょうが、実は電磁気学という学問ですべて説明できます。近年の膨大な実証研究は、社会科学の統一理論としての人間の行動原理を解明しつつあります。

日本の企業人が巨人の肩に乗れない理由として、仕事に向かう姿勢が真面目だという事情もあるかもしれません。これがアメリカの小売業だと「自分はお金のために働いている」というスタッフが多く、マーケティングや販促の企画は本部任せですが、日本では仕事に働きがいを見いだして、物事を現場できちんと受け止め、身近にあるヒントを探そうとします。このようななかで我が国でビジネスサイエンスの膨大な実証研究が伝わっていない以上、何が起こるか? 腹落ちしやすい個別最適化のコンサルの“知恵”をありがたがり個別の現場ごとに小さく応用し始めます。組織的な実験などしないので、新しくやった施策に効果があったのか、たまたまなのかもあいまいで終わることが多い。データ分析もフィールド実験も、ある程度の規模と専門性をもってやらないと、景気や他社の販促などさまざまな要因を排除して真実に至ることは難しいです。

例を挙げましょう。アメリカには商品の値決めの研究が膨大にあるのですが、日本にはほとんどありません。周囲の同規模の競合店舗を参考にして値段を決めてしまいます。あの店は880円、うちは900円だから、メーカーに言って20円仕入れを安くさせようと。これが間違いなんです。

値決めで最も大切なのは、その商圏の人口構成というのが行動経済学の常識です。お金持ちは値段が多少高かろうが、欲しい商品を、訪れた店で買います。それに対し、値引きに反応し、少しでも安い店で買おうとするのは、複数の店を訪問し価格を比較する時間の余裕がある方(高齢者や、今は少なくなった専業主婦)ですよね。加えて、立地も大切な条件です。通勤客をターゲットにした駅前にある店では、いくら安くしても徒歩では持ち運べないので多くは買いません。それに対し、車で乗り付け、大量買いする客が多い郊外店は値引きの効果が大きいというわけです。

これらはマーケティングの話であり、アメリカでの研究成果は日本でも再現性があることをわれわれも確かめていますが、これが人事となるとなかなか難しい。解雇自由のアメリカに対し、日本は法体系と雇用慣行が大きく違うからです。加えて企業も人事データの提供には慎重です。でもだからこそ、取り組みがいがあるテーマだともいえるのです。

社会科学の知見を踏まえながらデータ分析ができる人材を

広い意味で人事に関する研究というと、今私が取り組んでいるのが、日本公認会計士協会や会計系の研究者との共同研究です。大きくいうと、AIによる会計士の代替可能性を探るというもの。英オックスフォード大学のマイケル・オズボーン准教授らが2013年に発表した論文「雇用の未来」では会計士の仕事は20年後、94%の確率でAIに代替されるとありましたが、彼らはAIの専門家であるにしても、それぞれの職種に詳しい人たちではないので、その研究方法には大きな疑問があります。しかしそのインパクトたるや大きく、結果、日本でも公認会計士の受験者数が激減してしまいました。

われわれは彼らとは異なった方法で、会計士には限定されますが詳細に分析しました。会計士は入職後、5年程度は、補助者、主査、監査責任者と、3階層に分かれて昇格していきます。そこで、会計の研究者と一緒に、会計士の業務を10に区分けした上で、業務ごとの時間と年収を抽出しました。

さらに、毎年、一定数が補助者から主査に昇格するのですが、その要件を10の業務に使われた時間の多寡から探ってみたのです。つまり、「Aの業務には精通しているけれど、Bが弱い人と、逆のパターンの人はどちらを先に昇格させるか」といったことです。要するにどの業務が昇格に重要かの重みを出したのです。

昇格すると年収は数百万円単位で上がりますから、業務ごとの生産性が分かる。加えてAIと会計の専門家それぞれに10の業務ごとのAIの代替可能性を評定させておきました。

このようなデータから何が分かるか。例えば、これから上場を目指すようなスタートアップ企業では会計士の役割が非常に重要ですし、M&Aにおけるデューデリジェンス業務や各種コンサルティング業務もAIでは決して代替できません。実際、定型的な業務に就いた後、そうした業務に携わっている会計士は非常に重宝され年収も高い。逆に、AIに代替可能な定型業務は代替してもらった方が、他の単価の高い業務に時間を注力できるので、逆に生産性が上がるという結果になりました。

以前は想像もできなかったことですが、実証研究ができるドクター人材に対する企業のニーズが高まっています。社会科学の豊富な知見を踏まえながら、自ら課題を設定し、仮説を組み立て、実証しながら、答えを見つけていける人たちです。採用にあたっては、特定分野にのみ強いというより、これまでお話ししてきたように、人間一般に共通する原理をしっかり理解しながら、各分野に横展開できる人材の価値は高いと思います。

【text:荻野 進介 photo:平山 諭】

※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.70 特集1「エビデンス・ベースドHRM─対話する人事」より抜粋・一部修正したものです。
本特集の関連記事や、RMS Messageのバックナンバーはこちら

※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。

PROFILE
星野 崇宏(ほしの たかひろ)氏
慶應義塾大学 経済学部 教授 兼 経済研究所 所長

2004年3月東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。情報・システム研究機構統計数理研究所、東京大学教養学部、名古屋大学大学院経済学研究科などを経て、慶應義塾大学経済学部教授。行動経済学会会長。日本マーケティング・サイエンス学会理事。日本行動計量学会理事。株式会社エコノミクスデザイン取締役。

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