コラムCOLUMN
公開日:2023/04/03
更新日:2023/04/03

THEME 組織開発

インタビュー追手門学院大学 神吉 直人氏

組織にはコミュニケーションの苦手な人たちをケアする存在が必要だ

組織にはコミュニケーションの苦手な人たちをケアする存在が必要だ

「ソーシャルキャピタル」とは、人々が相互に築く“関係”に内在する力のことだ。最近あるいはコロナ禍で、企業のソーシャルキャピタルは何がどのように変わったのだろうか。ソーシャルキャピタルや企業内のコミュニケーションに詳しい神吉直人氏に伺った。

 

つるみ下手の従業員の孤立をどうケアしていくか



コロナ禍の少し前から、学生たちが「つるみ下手」になってきたように思います。友達づくりが苦手で、同級生との授業ノートの貸し借りのような関わりができない学生が増えています。彼らの多くは、授業でディスカッションの場を設けると楽しそうに話しますから、本当はコミュニケーションをとりたいようです。しかし、よく知らない隣の席の同級生に気軽に話しかけられない。その結果、ゼミに所属する大学2年生の時点で、フルネームまで分かる友達は2、3人だけという学生が何人もいます。その数名も、ほとんどは入学前教育のときにできた友達です。入学後、必要に応じて友達を増やすことができないのです。

彼らの未来が些か心配です。このままでは、仕事に必要な人間関係の構築に難儀しながら働くことになってしまうのではないか、と危惧しています。この現状を受けて、次の研究テーマとして「コミュニケーションの苦手な若年者のプロアクティブ行動(先取り志向の主体的な行動)をどのように促せばよいか?」を検討しようか、とも考えているところです。

企業にも同様に、「つるみ下手の従業員」が一定数いると思います。そのような人は、人とのつながりから新たな情報や支援を得られるチャンスが少なく、孤立しやすい、いわば「ソーシャルキャピタル弱者」です。コロナ禍のテレワーク環境では、こうした従業員たちの孤立が進んでいる可能性があります。コミュニケーションの苦手な従業員をどうやってケアするのか。これはコロナ禍に注目すべき人事課題の1つではないでしょうか。

マクロな公共財的視点とミクロな関係活用視点がある



これまでの研究では、ソーシャルキャピタルを「マクロな公共財的視点」から捉える立場と、戦略的に関係を活用する「ミクロな私有財的視点」から捉える立場が、それぞれ存在しています。

前者の代表的な研究者はジェイムズ・コールマンやロバート・パットナムです。彼らは、ソーシャルキャピタルは公共財であり、公共の利益につながるものだ、と考えました。例えば、米国の地域コミュニティを研究したパットナムは、ソーシャルキャピタルを「その地域で過ごす人々がつむぎ出す関係の力」と見ました。住民が普段からお互いに声をかけ合い、助け合っている地域は、誰もが安心して過ごすことができます。パットナムは、そうした地域はソーシャルキャピタルが豊かだというのです。

この見方をビジネスに置き換えれば、組織のソーシャルキャピタルとは「組織に所属する人々がつむぎ出す関係の力」です。ソーシャルキャピタルが豊かな組織は、信頼や善意、共感に満ちており、活力があるといえます。

一方で、後者の代表的な研究者は、ロナルド・バートやナン・リンです。彼らにとってソーシャルキャピタルは個人が有する資源。簡単にいえば、個人の「顔の広さ」です。顔の広い人は知人・友人から多くの情報や支援を得られ、そうでない人はそれらが乏しくなる、と見るわけです。

経営学にソーシャルキャピタルが導入された当初は、公共財的視点の研究が盛んでした。組織内の現象を、個人特性や行動ではなく関係性の構造から説明するという点が特に注目されていました。ところが2000年前後に、マーク・グラノヴェッターの「弱い紐帯」やロナルド・バートの「構造的空隙」などの概念が導入されてから、風向きが変わったように思います。ソーシャルキャピタルは、働く個人が所有する、彼らに情報や支援をもたらす人間関係と考えられるようになったのです。つまり、マクロ視点からミクロ視点に研究の重心が移った。現在、経営学のソーシャルキャピタル研究はミクロ視点が主流であるように思います。

ネットワークハブがソーシャルキャピタル弱者を巻き込むべし



ミクロ視点で見ると、つるみ下手・コミュニケーション下手の従業員や学生は、「顔の狭い」ソーシャルキャピタル弱者です。彼らの大半は、そもそも他者との関係づくりにネガティブであるように思います。僕も全く得意ではないですが、SNSでも、積極的に投稿したり、他者の投稿に「いいね」を押したりする人と、そうでない人は明確に分かれているように見えます。ソーシャルキャピタルを個人の能力の産物と考える限り、ソーシャルキャピタル弱者が有する関係性はいつまでも改善されません。

ですから、マクロ視点で組織全体の関係性を重視するなら、組織内のソーシャルキャピタル弱者をケアする必要があるでしょう。例えば、マネジャーやコミュニケーションの得意な従業員がネットワークハブになって、彼らを上手に巻き込み、組織内外のつながりを作るチャンスを与えるような手助けが有効ではないか、と考えられます。具体的には、新入社員が孤立したり不利な位置に立ったりしないよう、マネジャーやメンターが頻繁にやり取りをして周囲との関係を整える、といった施策があり得るでしょう。

ソーシャルキャピタル弱者の多くは、性格的にいえば内向性が高いと考えられます。最近、「内向型人間」や「HSP(とても敏感で繊細な人たち)」に関する書籍が増えていますが、それらが語るとおり、内向型人間には独特の「内向性の力」があります。ソーシャルキャピタル弱者をケアして、彼らの内向性の力を生かすことは、組織全体の能力を高めることにつながるはずです。

経営学の「強者の視点」に限界があるのかもしれない

以上の話は、最近盛んに行われている「自律型人材」の議論にも関わってきます。

現在、メンバーの自律性を重視する組織の人事方針は、おおざっぱにいえば、従業員がソーシャルキャピタルを高めやすい職場や職務の設計を施した上で、あとは個々の主体性や相互作用に任せる、という形になっています。例えば、新しい働き方に合わせた職場のレイアウトなどは考えるけれども、そこから先は主体性重視などの名目で、現場に委ねてしまうことも少なくない。

ただ、これまで述べてきたとおり、こうして自律を促すだけだと、ソーシャルキャピタル強者と弱者に分かれてしまうことが懸念されます。自律型人材を奨励する一方で、どうやってソーシャルキャピタル弱者を包摂し、彼らのプロアクティブ行動を促せばよいかも考える必要があります。

私は現状、その明確な答えを知りません。ソーシャルキャピタル弱者のプロアクティブ行動を促す方法は、実はまだあまり分かっていません。先ほど触れたように、マネジャーやコミュニケーションの得意な従業員がネットワークハブになって、彼らを巻き込むとよいのではないか、くらいのことしかいえないのです。その上で、マネジャーにアドバイスするとすれば、月並みですがメンバーへの日々の声がけです。水を流すパイプは、詰まらないよう、いつも水を流してキレイにしておくことが大切です。大事な情報を伝える経路も同じ。日々のちょっとしたあいさつややり取りで健全な関係性を築くことが、いざというときの、チーム内での重要情報の伝達を支えるのです。

最後に大きな話をすると、「強者の視点」に偏る傾向があることを、経営学の限界として指摘できるかもしれません。心理的安全性やダイバーシティ&インクルージョンといった概念も、コミュニケーションが得意な強者となることを奨励する話に聞こえることがしばしばあります。もっとソーシャルキャピタル弱者に寄り添ったケアの視点が必要かもしれない。今後の研究課題です。



【text:米川 青馬 photo:平山 諭】



※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.69 特集1「つながり」を再考するより抜粋・一部修正したものです。
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※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。


PROFILE
神吉 直人(かんき なおと)氏
追手門学院大学 経営学部 経営学科 准教授

2007年京都大学大学院経済学研究科修了。博士(経済学)。専門は経営組織論、組織行動論。香川大学経済学部准教授などを経て、2014年から現職。著書に『小さな会社でぼくは育つ』(インプレス)、『コロナショックと就労』(共著・ミネルヴァ書房)などがある。

組織にはコミュニケーションの苦手な人たちをケアする存在が必要だ
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