- 公開日:2023/03/27
- 更新日:2024/05/16
コロナ禍を契機としたテレワーク普及で、職場の孤独・孤立が拡大している可能性があるが、その実態はどのようなものか。予防するにはどうすればよいのか。職場における孤独・孤立化過程を分析し、総合的予防プログラムを開発している松井豊氏(写真中央)、原恵子氏(写真左)、中村准子氏(写真右)に伺った。
- 目次
- 多くの人が職場内での孤独・孤立を感じている
- 従業員を「孤独」という観点で考えたことがない人事が多い
- 職場内の役立ち感が低いと孤独感と精神的健康に悪影響
- 日々ちょっとした役立ち感を得ることは難しくない
- 本人も気づいていない孤独感を計測できるツールを開発中
多くの人が職場内での孤独・孤立を感じている
松井:筑波大学・働く人への心理支援開発研究センターは、文字通り、働く個人を心理面から支援する機関として、ライフキャリア相談、リカレント教育支援、キャリア支援者のビジョン構築プログラム、各種リサーチ・分析・コンサルティングなどをワンストップで提供しています。
その一環として2021年に始めたのが、「職場における孤独・孤立化過程の検討」です。
原:その前年の2020年、私たちは「テレワークによる社内コミュニケーションの変化」を調査しました。この調査では、テレワークは能動的な業務遂行や業務効率化、働き方の自由度の増加といったメリットが多く、働く個人の満足度は総じて高いことが分かりました。
ただ一方で、テレワークのデメリットとして、関係性・一体感や情報の希薄化も起こっていました。私たちが特に注目したのは、「会社や同僚の様子が分からず、孤独や不安を感じるようになった」という設問に、4000名以上の回答者の25%が「あてはまる」「ややあてはまる」と答えていたことです。4人に1人が、職場内での孤独・孤立を感じていることが分かったわけです。これが、私たちが職場における孤独・孤立化過程の分析を始めた1つのきっかけになりました。
松井:加えて、内閣府が2019年に行った研究では、中高年の引きこもりは、主に職場内の不適応が引き金となっていることが明らかにされています。つまり、職場での孤独・孤立・不安を軽減することは、社会から孤立する中高年を少なくすることにつながるかもしれないのです。私たちはそうした問題意識で「職場における孤独・孤立化過程の検討」に取りかかりました。
従業員を「孤独」という観点で考えたことがない人事が多い
松井:私たちの「職場における孤独・孤立化過程の検討」研究が目指すのは、単に分析するだけでなく、分析をもとに孤独・孤立化の総合的予防プログラムを開発して、最終的には孤独・孤立を生まない社会を作ることです。
中村:私たちはまず、大企業も中小企業も含む23名の企業人事担当者に、従業員の孤独・孤立に関するインタビュー調査を行いました。その結果、いくつかのことが見えてきました。
第一に、これまで従業員の状態を「孤独」という観点で考えたことがなかった、と正直に話してくださった人事の方が多くいました。現状は、従業員の孤独・孤立を人事課題として捉えている会社がそもそも少ないようです。
第二に、孤独は主観的なものであり、把握しにくい、という意見を多くいただきました。この点については後述します。
第三に、何人もの人事の方が、テレワークによって従業員の孤独・孤立が拡大している可能性を感じているが、その実態が見えにくい、と話してくださいました。「仮に孤独・孤立が拡大していても、テレワークだと実態が見えにくいので対策がとれない」という声をよく耳にしました。
なお、内閣官房孤独・孤立対策担当室の2021年の調査では、「あなたはどの程度、孤独であると感じることがありますか」という直接質問に「しばしばある・常にある」「時々ある」「たまにある」と答えた割合の合計が36.4%で、「UCLA孤独感尺度」に基づく孤独感スコアでは、「常にある」「時々ある」を合わせると43.4%でした。おおまかにいえば、日本人の40%前後には、一定以上の孤独感があるようなのです。決して低い数字ではなく、無視できないと考えています。内閣官房の調査では職場に限らず、家庭や友人関係も含めた全般的な孤独を扱っていますが、企業の正社員に限定しても、この数字はほぼ変わりません。
松井:補足すると、私たちの別の調査では、職場と家庭と友人関係の孤独は、お互いに影響しないことが分かっています。つまり、職場での孤独・孤立は、家庭や友人関係では癒やせないのです。ですからやはり、職場内の孤独・孤立をきちんと分析し、解決する必要があります。
職場内の役立ち感が低いと孤独感と精神的健康に悪影響
中村:人事インタビュー調査とは別に、私たちは企業就業者へのWEB調査を実施しました。
因子分析の結果、企業で働くみなさんの孤独感には、「孤独感情」「職場内の情緒的なつながり」「職務支援者の存在」「職場内の役立ち感」の4つの因子があることが分かりました。
なかでも私たちが注目しているのが、「職場内の役立ち感」です。自分が職場で役に立っていると感じられないことが、孤独感の要素としてあるということです。チームや誰かの役に立っていると感じられて初めて、職場に居場所感をもてるわけです。役立ち感は従来の孤独感尺度にはない因子で、私たちの新たな発見ではないか、と考えています。
松井:もう1つ重要なポイントは、4つの因子のなかで、職場内の役立ち感が精神的健康に最も強く影響を及ぼしている、ということです。職場で役に立っていないと感じている人は、精神的に弱ってしまうのです。実は自殺研究でも、世の中の役に立っていない状態が、自殺したい気持ちを強めることが判明しています。役立ち感と精神的健康には密接な関係があるようです。
さらに、このWEB調査では、従業員の孤独感と職務満足度や離職意思にも相関関係がありました。以上をまとめると、職場内の役立ち感が低い個人は、孤独感を強めたり精神的に弱ったりして、職場内の不適応を起こして職務満足度を下げ、最終的には離職する可能性が高いのです。このプロセスは、先に述べた中高年引きこもりの問題と関係が深い、と考えられます。
日々ちょっとした役立ち感を得ることは難しくない
中村:以上の研究結果を受けて、企業が職場内の孤独・孤立を予防するためにできることの1つは、「従業員が役立ち感をもてるような環境づくり」です。孤独・孤立が深刻化して、メンタルヘルス不全になってしまう前に、従業員の役立ち感を高めることが肝要です。
人事インタビューで抽出された職場の孤独のキーワードの1つは「能力」でした。つまり、組織内で能力を十分に発揮できない、または能力不足などから、役立ち感が得られないわけです。職務の内容やレベルを調整することで、役立ち感が高まる可能性があります。役割や評価基準を明確にすることも大切でしょう。何をすればよいか、どうしたら評価されるのかが分かれば、役立ち感をもちやすくなります。
松井:能力を考えるときに難しいのは、仕事内容やレベルに対して能力が低すぎる場合に孤立しやすくなりますが、反対に能力が高すぎる場合にも孤独感を感じることがあるということです。仕事が簡単すぎて、自分の能力を十分に発揮できていない、と感じるタイプの孤独感もあるのです。そのことを危惧する人事の方がいました。
原:大きな役立ち感を得るのは大変ですが、日々のちょっとした役立ち感を得ることは決して難しくありません。例えば、職務の結果や成果ばかりではなく、途中のプロセスを含めて細かく理解し合ったり承認や感謝をし合ったりすると、少しずつ役立ち感が高まる可能性があります。そのような視点を得るためには、キャリア支援者や上司・先輩からの関わりも有効だと思われます。
中村:「君はチームの一員だ」「あなたはチームに貢献している」と日常的に声をかけることも、役立ち感を高める効果があるでしょう。
本人も気づいていない孤独感を計測できるツールを開発中
松井:職場内の孤独・孤立の予防に欠かせないのが、「孤独・孤立を計測するツール」です。
先ほど触れたとおり、人事インタビューで「孤独は主観的なものであり、把握しにくい」という意見を多くいただきました。その課題を解決するために、私たちは今、本人も気づいていない孤独感を可視化できるツールを開発している最中です。具体的には、主観的指標として「孤独・孤立感を測る尺度」とセルフケアやラインケアへの応用が期待される「ラインチャートを応用したツール」、非主観的指標として「q-IATを応用したツール」と「ストループを応用したツール」、計4つの指標を組み合わせたツールの開発を進めています。これが完成すれば、どの企業でも従業員の孤独感・孤立感を計測できます。
中村:孤独感の計測は簡単ではありません。なぜなら、誰もが無意識に、自分は孤独ではないと思いたい、他者に孤独だと思われたくない、という気持ちがあるからです。私たちが開発しているのは、そうした問題を乗り越えて、孤独感を的確に可視化できるツールです。
松井:従業員の孤独感を計測することが、職場内の孤独・孤立予防や早期対策の第一歩になります。その際、このツールがきっと役立つはずです。
【text:米川 青馬 photo:平山 諭】
※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.69 特集1 「つながり」を再考する より抜粋・一部修正したものです。
本特集の関連記事や、RMS Messageのバックナンバーはこちら。
※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。
PROFILE
松井 豊(まつい ゆたか)氏
筑波大学 名誉教授
筑波大学 働く人への心理支援開発研究センター 主幹研究員
1982年東京都立大学人文科学研究科修了、文学博士。聖心女子大学助教授、筑波大学教授などを経て、2019年より現職。専門は社会心理学。惨事ストレス研究で日本を代表する1人。惨事ストレスを職業的救援者に限定せず広義で捉え、そのケアに取り組む。『惨事ストレスとは何か』(河出書房新社)など著書・共著書多数。
原 恵子(はら けいこ)氏
筑波大学 働く人への心理支援開発研究センター 准教授
教育出版社や筑波大学研究員などを経て、2019年より現職。2014年筑波大学大学院人間総合科学研究科修了、博士(カウンセリング科学)。専門はキャリア心理学、産業・組織心理学等、働く人の職業的発達の研究など。著書に『キャリア心理学ライフデザイン・ワークブック』(共著・ナカニシヤ出版)など。
中村 准子(なかむら じゅんこ)氏
筑波大学 働く人への心理支援開発研究センター 研究員
2020年筑波大学大学院人間総合科学研究科修了、博士(生涯発達科学)。同年より現職。専門は産業・組織心理学、生涯発達科学。働く人の心理的居場所感や職場内孤独・孤立などを研究している。著書に『働くひとの生涯発達心理学Vol.2』(共著・晃洋書房)などがある。
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