コラムCOLUMN
公開日:2022/10/03
更新日:2022/10/03

THEME キャリア自律 人事制度

インタビュー東京都立大学大学院 西村孝史氏

これからは個人と組織の新しい関係を創るCHROが求められる

これからは個人と組織の新しい関係を創るCHROが求められる

人事管理に自己決定の要素を取り入れる個人選択型HRM は、組織や人材のマネジメントにどのような影響を及ぼすのか。個人選択型HRM を導入するとき、どのようなことに注意する必要があるのか。戦略的人的資源管理を専門とする東京都立大学大学院 経営学研究科 准教授の西村孝史氏に詳しく伺った。

個人の主体的な選択の幅が広がった現在

 
人事管理における「個人選択型」の意味は、以前と現在ではかなり異なります。一昔前の個人選択型は、カフェテリアプランや退職金の前払い制度などを意味していました。当時は、従業員の選べること自体が限られていたのです。対して、現在の個人選択型HRMは、社内公募制、兼業・副業、地域限定社員、テレワークなどを幅広く含みます。働き方改革によって、個人が主体的に選べる範囲や選択肢が大きく広がったことがよく分かります。職務基準の人材マネジメントであるジョブ型雇用と個人選択型HRMの相性も良いです。

企業特殊的な能力を身につけるインセンティブが下がる懸念

 
個人選択型HRMについて、私がまだ結論を出せていない大きな問いがあります。それは、「個人選択型HRMを導入すると、企業は人事管理をしやすくなるのかどうか?」という問いです。

1つ目に、間違いないのは「サクセッションの難度が上がる」ことです。従業員が自律的にキャリアを選ぶようになれば、計画的な後継者育成のハードルは上がります。この面では、人事管理は確実に難しくなります。

2つ目に、おそらく企業や組織によって異なるのが、「企業特殊的な能力を身につけるインセンティブの変化」です。誰もがキャリアを主体的に考え、異動先を自ら選ぶようになると、どのようなところに行っても役に立つ「ポータブルスキル」を身につけたい人が多くなる、と考えるのが自然です。つまり、個人選択型HRMを導入すると、企業特殊的な能力を身につけるインセンティブが下がる可能性があるのです。これは、多くの企業にとって悩みの種になるでしょう。

ただ一方で、個人選択型HRMを導入する会社は、居心地が良く、仕事上の成長感や納得感も得やすいですから、ずっと働き続けたい、という意欲が増すことも十分に考えられます。そうなれば、企業特殊的な能力を身につけるインセンティブは上がるでしょう。両方の可能性があり、どちらになるかは企業や組織によって違うはずです。この点は、私も詳細はまだ明確に見えていません。

ただ一般的にいえば、銀行に代表されるような積み重ね型の高度な企業特殊的能力が求められる組織では、個人選択型HRMを補助的に使えば、企業特殊的な能力を身につけるインセンティブが高まるのではないか、と推測できます。なぜなら、その会社で専門家としてステップアップする長いプロセスの間に生じる不満や希望とのズレを、個人選択の機会が吸収・調節すると考えられるからです。こうした会社のなかから、個人選択型HRMの成功例が出てくることを期待しています。

反対に、企業特殊的能力をあまり必要としない組織では、個人選択型HRMはポータブルスキル重視の傾向を強めるはずです。こうした組織は社内外の垣根が低くなり、競争的な職場となっていく可能性が高いでしょう。つまり、優秀なライバルが社外からやってくるのが当たり前になり、入社・退職の出入りが激しくなるのです。入社のタイミングが異なる社員が増え、いわゆる日本的な人事管理とは異なる人事管理になります。

付け加えると、人事管理は、伝え方や伝えるタイミングによって、従業員の捉え方が変わることが近年注目されています。私がインターネット調査を用いて行った実験では、賞与支給の際に今期の活躍をねぎらう内容の文章を人事部長から発すると「従業員のウェルビーイングを考えてくれている」と感じる従業員が増え、事業部長から発すると「従業員の働きを最大化して搾取しようとしている」と感じる従業員が増えるという結果が出ました。施策の意味が受け取る人によって多義的になりがちな個人選択型HRMを導入するときには、伝え方や伝えるタイミングまで注意する必要があります。

複数のロールモデルを提示しないと選べないだろう

 
働く個人の側から見れば、個人選択型HRMはおおむね好印象でしょう。ただ、実際に導入するとなると、話は変わります。自分でキャリアを考えるのは決して楽ではないからです。長年、会社がキャリアを決めてくれることに慣れてきた人が、個人選択型HRMに適応するのは簡単ではありません。迷い悩む従業員が大勢出てくることが想定できます。キャリアの将来像が見えにくくなりますから、一人ひとりの不安も強まるはずです。

そのため、少なくとも今の日本では、会社側が複数のロールモデルを個人に提示しない限り、個人選択型HRMは成立しないでしょう。選択のための添え木が必要なのです。従業員一人ひとりのキャリアについてアドバイスする人事の存在も重要です。デイビッド・ウルリッチ教授が提唱した人事の4つの役割でいえば、「従業員のチャンピオン」です。他の3つ、すなわち戦略パートナー、管理のエキスパート、変革のエージェントと比べると、従業員のチャンピオンはこれまで目立ちませんでしたが、今後は個人選択型HRMやジョブ型雇用と連動して、大いに注目されるかもしれません。

なお、この領域でAIツールが活躍する可能性があります。具体的には、膨大な異動データなどを活用して、「あなたと同じような職業経験の人は、このようなキャリアパスを歩む傾向があります」というキャリアパターンを一人ひとりに合わせて提示するAIを開発できるかもしれません。

ただし、AI開発やピープルアナリティクスにあたっては、人事は個人情報使用に関する倫理観をもたなくてはなりません。有用だからといって、どのデータでも使ってよいわけではありません。

異動の制度が変わるなら賃金や育成も変わる必要がある

 
個人選択型HRM導入にまつわる企業側の一番の不安は、組織が従業員のキャリアや異動をコントロールせずに、各ポストに優秀な人材を本当に揃えられるのか、ということでしょう。実際、異動のシステムが変わるのなら、賃金や育成など他のHRシステムも変えないと整合性がとれず、人材マネジメントが機能しなくなる恐れがあります。

先ほど述べた、キャリア形成支援機能の強化もその1つです。他にも、個人選択型HRMやジョブ型雇用との連動が進むと、社外採用だけでなく、社内異動でもポジションごとの賃金が重要になります。社外採用と社内異動の違いが少なくなるのです。各ポストに対する的確な値付け力をもたなくてはなりません。

これらは、新たな組織課題であり、人事だけでの対応が難しいのは明らかで、現場マネジャーの協力が欠かせません。また、労働組合との対話も重要となります。従来のように企業内労働組合から従業員の就業ニーズを聞き取り、合意を得ていくことに加え、業界・職業横断的な組合組織と対話や交渉を重ねる場面も増えていくでしょう。

このように組織機能を連動的に変えて制度全体をうまく設計しなければ、個人選択型HRMは十全に機能しません。設計に失敗すると、残ってほしい人材は外に出て行き、そうでない人だけが残るような構造になりかねないのです。個人選択型HRMにはこうしたリスクがあることを理解した上で導入を進めた方がよいでしょう。

優れたCHRO はどのように育成したらよいのだろうか

 
最後に、異動やキャリアとは別の、働き方の自己選択についていくつか関心を述べます。1つ目は、「人的資本がシナジーを生むメカニズム」が関連してくると考えています。どのような職務特性や関係性のチームなら、個人の総和以上の成果を生み出せるのか。そこに何かメカニズムがあるのか。こうしたテーマが最近の経営学で世界的なトピックとなっており、盛んに研究されています。

働き方に関連させると、テレワークをやめて全員がオフィスに戻って働いたら、テレワーク時よりも効率的で成果が高まるのか。もし成果が高まるとしたらそのメカニズムは何か、という問いにつながる研究です。皆がオフィスで働くときのシナジーが明らかになれば、テレワークから出社へと切り替えるべきかといった議論の際の根拠となるでしょう。

2つ目に、働き方の自己選択を補完し、デメリットを抑える仕掛けを取り入れるべきです。例えば、テレワークは魅力的な選択肢ですが、他方で孤独感が増すデメリットがあります。兼業・副業も会社とのつながりを希薄にするリスクがあります。各社がさまざまな試行錯誤を行ってきたなかから、これらを補完する施策の最適解を見つけられるのではという思いがあります。

ここまでの議論を踏まえ、私が今後力を入れて研究したいのは、「戦略人事を実践できるCHROや人事部長はどういう人なのか?」というテーマです。今後の企業には、個人と組織の新しい関係を戦略的に描き、従業員に語る優れたCHROが欠かせません。未来のCHROを育成するために、どのようなキャリアを経て、どういった経験を積めば、戦略人事をリードできるようになるのかを調べています。海外経験、タフネゴシエーション経験などの共通項はいくつか分かり始めていますが、本格的な研究はこれからです。CHRO育成に寄与できる研究に発展させていけたらと考えています。


【text:米川 青馬 photo:平山 諭】


※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol. 67 特集1「個人選択型HRM のこれから」より抜粋・一部修正したものです。
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※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。


PROFILE
西村 孝史(にしむら たかし)氏
東京都立大学大学院
経営学研究科 経営学専攻 准教授

日立製作所での人事業務を経て、2008年一橋大学大学院商学研究科博士後期課程単位取得退学。徳島大学、東京理科大学勤務を経て、2013年より東京都立大学(首都大学東京)大学院准教授。専門は人的資源管理。『1からの人的資源管理』(共編著・碩学舎)などの著書がある。

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