コラムCOLUMN
公開日:2022/09/26
更新日:2022/09/26

THEME キャリア自律 人事制度 ダイバーシティ

インタビュー法政大学 諏訪康雄氏

キャリア権の立法化が個人のキャリア自律を後押しする

キャリア権の立法化が個人のキャリア自律を後押しする

法政大学 名誉教授 諏訪康雄氏は、1996 年に、企業の人事権と個人の「キャリア権」の位置づけを、いち早く提唱した。約25 年後の今、ジョブ型雇用・キャリア自律の時代になって、キャリア権が改めて大きな注目を集めている。その詳しい内容や現代における意味について、諏訪氏に伺った。

 

「キャリア権」とはどのようなものか

私が提唱した「キャリア権」とは、個人が意欲、能力、適性に応じて希望する仕事を準備、選択、展開し、職業生活(キャリア)を通じて幸福を追求する権利のことを指します。

日本では、キャリア支援措置をめぐる立法化はまだ発展途上です。しかし、憲法は、個人の尊重・幸福追求権(第13条)、法の下の平等(第14条)、教育権・学習権(第26条)、職業選択の自由(第22条)、勤労の権利義務(第27条)などの関連規定を定めています。少なくとも憲法上は、キャリア権の崇高な理念がすでに存在してきました。

非正規・女性・中高年社員のキャリア形成と賃金格差が問題

日本で「キャリア」という言葉が広く使われるようになったのは、1980年代あたりからです。最初に多くの人が見聞きした言葉は、「キャリアウーマン」でしょう。当時アメリカで、専門性をもってバリバリ働く女性が増えていました。それを日本のテレビや新聞も盛んに取り上げたのです。しかし「キャリアウーマン」という語は、女性が男性のように働くことを揶揄する意味合いが込められており、現在はほぼ使われなくなりました。

1990年代になると、非正規型のフリーターが増えてきました。そうすると今度は、非正社員や女性正社員には「キャリアの天井」があり、十分なキャリア形成ができない、という文脈でキャリアが注目を集めるようになりました。

その後、非正社員はさらに増えて固定化が顕著となり、今や雇用され働く人の4割近くが非正社員です。現場ではキャリア形成のあり方や賃金格差が大きな問題となっています。同じ仕事でも、正社員と非正社員で処遇に明らかな格差があるケースが多いからです。そこで、賃金格差の解消を目指す「同一労働同一賃金」の議論が盛り上がり、働き方改革につながりました。非正社員の多くが女性ですから、各種の処遇格差の是正は女性の働きやすさを高めることにもつながります。

中高年社員のキャリア形成問題も深刻です。日本企業はこれまで将来の管理職候補として正社員のゼネラリスト型人材を多く育成してきました。しかし今、管理職にならないまま40代・50代になったり、役職定年を迎えたりして、今後のキャリアに迷う総合職型シニア人材が大勢います。定年が先延ばしされ、まだまだ働くことを選択する人も多いですが、専門性を見いだせずに悩む人も少なくありません。若手社員にとって、中高年社員の今は自分の未来像です。キャリアに行き詰まる姿は、若手社員へも悪影響を及ぼしています。

他方で、IT業界を中心にして人材獲得競争がグローバル規模で激しくなっています。これらの業界で優れた人材を雇用するためには、年齢にかかわらず高給を払う必要があります。従来型の年功的な処遇慣行ではとても対応できません。

ジョブ型雇用・キャリア自律・D&I はセットで考える

以上のような背景から、日本でも「ジョブ型雇用」が改めて注目を集めています。ジョブ型雇用では、職務とポジションのスペックを明らかにして、そこに即戦力性がある適材を配置する「適所適材型」の方向が目指されます。対する従来の日本型雇用は、会社が社風に合った人材を採用して、彼・彼女たちに適すると考える配属をし、人材育成をしながら組織能力を高める「適材適所型」です。基本発想において、両者は異なります。

西欧の同一労働同一賃金論の前提にはジョブ型雇用があります。中高年社員のキャリア形成との関係では、そのコア職務や専門性を意識化するプロセスが必須です。少子化が進むなか、非正規・女性・中高年社員にもっと活躍できる機会を用意しようとすると、コア職務や専門性の重視で同一労働同一賃金につなげるジョブ型雇用は有力な選択肢の1つです。能力度に応じた給与を提示しやすく、人材獲得競争に対処しやすくなります。

このジョブ型志向と密接に結びつくのが「キャリア自律」です。ジョブ型雇用はポジション重視ですから、従来の日本型雇用に比べると、キャリア形成をめぐる組織と個人の対応が違ってきます。働く個人が自分のキャリアを自律的に考えて行動し、企業はそれを前提に人的資源管理をするようにならないと、うまく機能しません。また、ジョブ型雇用では人材流動性が高まり得ますから、「ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)」の視点も欠かせません。ジョブ型雇用・キャリア自律・D&Iは、セットで考えるべき関係にあります。

なお、どの業界でも研究職・ITエンジニア・現業職などは、以前からジョブ型配置が多い職種です。そこで、現在のジョブ型雇用論の焦点は、いわゆる事務系正社員にあると思われます。

過去に何度も試みが頓挫しましたが、日本でも今後はジョブ型重視への流れは進むと見られます。企業トップ層に、グローバル経験を積んだ人材や理系人材などが増えるほど、そうなるでしょう。グローバル企業経験者や理系人材はジョブ型雇用に違和感がありません。彼らが主導する企業から、ジョブ型への試みが広がると予想されます。

ただし、日本のジョブ型雇用の実現には、国が政策対応して、転職しやすい外部労働市場と学び直しやすい教育訓練環境を整備し、労働移動を円滑化することが極めて重要です。各企業の変革努力だけで実現できることではありません。

専門性・ソーシャルスキル・自己学習意欲がより重要に

ジョブ型雇用で個人に強く求められるのは「専門性」と「ソーシャルスキル」です。かつて後輩や教え子を海外大学の教員に送り出すために多くの推薦状を書きました。その際、どの海外大学も専門分野での実績や将来性だけでなく、ソーシャルスキル、すなわち人間関係処理能力の有無を必ず質問してきました。ジョブ型雇用では、専門性の高いスペシャリストの相互作用こそが組織の力量を決めますから、ソーシャルスキルはむしろこれまで以上に必要と思われます。特に経営層に近づくほど、高いソーシャルスキルが求められます。ジョブ型雇用時代の能力形成では、ソーシャルスキルを伸ばすことも忘れてはなりません。

もう1つ、ジョブ型雇用でポイントとなるのが「自己学習意欲」です。極論すれば、ジョブ型雇用では学習は自己責任です。スキルは一人ひとりが自分なりに学び高める必要があります。その環境整備が国と企業に求められます。欧米では、休暇中に自費で短期語学研修に通い、検定に合格したら、上司や人事に報告して昇格や昇給、実費補助などをかけ合う例を見聞きします。転職の際にも、見合ったスキルや経験を積んだことが前提条件となります。日本でも、このような学習姿勢と支援体制がより求められていくことでしょう。

言い換えると、キャリア自律とは、自分のキャリアのあり方を自ら模索し、そのために必要な専門的能力とソーシャルスキルを主体的に学習して磨きながら、実践を継続し、自分なりのキャリアを少しずつ築いていくことを指すのです。

キャリア権が立法化されれば離転職の自由を求めやすくなる

キャリア権は、こうした個人のキャリア自律を後押しするものです。キャリア自律を突き詰めていくと「転職のオープン性」の課題にもたどり着きます。キャリア自律とは、周囲とかかわりつつ、キャリアを自分なりに考え、経験学習や能力形成をしながら進むことですから、開かれた転職環境を欠いては中途半端なものとなりかねません。

今、多くの企業が社員のキャリア自律を促しています。しかし一方で、ほとんどの企業がキャリア自律による離職を危惧していることも事実です。あくまでも社内にとどまりつつキャリア自律を実現してほしい、というのが大半の本音でしょう。

ですが、キャリア自律を真に必要とするならば、各人のキャリア展望に合わせて社内外での異動、離転職がしやすい環境整備は必然となります。とりわけ労働市場の設計と運用では、キャリア権を意識し、尊重する視点が不可欠と思われます。

有給休暇は、今や誰もが当たり前に取得していますが、以前は労働者の当然の権利ではありませんでした。官吏が願い出ると特別に許可される「賜暇(しか)」だった時代がありました。後に労働基準法で個人が行使できる権利となり、法的には遠慮なく休むべき仕組みになったのです。

立法化にはこのような力があります。今後さらにキャリア権の理念と具体化を法的に整備していくと、個人のキャリア自律を踏まえた組織との対話と協力が進み、社会経済そのものも活性化していくと思えます。キャリア権の立法化には、多くの時間と労力をかけるだけの価値があるのです。


【text:米川 青馬 photo:平山 諭】


※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.67 特集1「個人選択型HRM のこれから」より抜粋・一部修正したものです。
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PROFILE
諏訪 康雄(すわ やすお)氏
法政大学 名誉教授

1977年東京大学大学院法学政治学研究科博士課程単位取得退学。法政大学専任講師、助教授、教授を経て、2004 年法政大学大学院政策科学研究科教授。2008年同大学院政策創造研究科教授。2013年に退職して現職。『雇用政策とキャリア権』(弘文堂)など著書・共著書多数。

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