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公開日:2022/08/05
更新日:2022/08/05

THEME 経営人材/次世代リーダー

インタビュー社会を変えるリーダー

シブサワ・アンド・カンパニー株式会社 代表取締役 コモンズ投信株式会社 取締役会長・創業者 渋澤健氏

シブサワ・アンド・カンパニー株式会社 代表取締役 コモンズ投信株式会社 取締役会長・創業者 渋澤健氏

地球温暖化や新型コロナウイルス感染症のパンデミックなど、経済の豊かさを追求するだけでは解決しない問題が次々に明らかになっている。また、市場や競争に任せればすべてうまくいくという経済のあり方の弊害が叫ばれている。こうしたなか、昨年就任した岸田文雄首相が実現を目指しているのが「新しい資本主義」である。
今回は、その中身を議論する有識者会議のメンバーの1人でもある渋澤健氏にお話を伺った。

現代に先駆ける「論語と算盤」の思想

言葉を選ばずにいえば、渋澤健氏の知名度は鰻上りである。昨年放映されたNHKの大河ドラマ「青天を衝け」の影響が大きく、その主人公、渋沢栄一の玄孫(孫の孫)にあたる氏に講演依頼が殺到。昨年はほぼ毎日、多いときは日に3件もの講演をこなしたという。

ただ、栄一の子孫というだけで、そこまでの数にはならない。

渋沢栄一といえば、道徳と金儲け、あるいは私益と公益の両立を説いた著書『論語と算盤』が有名だ。今から106年前に上梓された本だが、最近でいえば、CSR(企業の社会的責任)やSDGs(国連による持続可能な開発目標)、社会起業家、マルチステークホルダーといったキーワードを先取りするような内容である。

渋澤氏は栄一がこれほどブームになる以前から、同書に関する勉強会を主宰したり、社会起業家育成のための寄付プログラムを創設したりしている。栄一の唱えた「論語と算盤」の普及者であり実践者なのである。

ただ、あるときまでの渋澤氏は、算盤一辺倒だったといえるかもしれない。

父親の勤務地の関係で、小学校から米国で暮らし、現地の大学を卒業した後、外資系証券会社や投資銀行で働き、米系の大手ヘッジファンドへ移る。そこが転機だった。「組織の規模が小さくても金融市場で大きな仕事ができることに気づき、5年ほど勤務した後、独立し、2001年にシブサワ・アンド・カンパニーを日本で立ち上げました。40歳のときです」

9・11で自分のなかの“目覚まし時計”が鳴った

オルタナティブ投資といって、ヘッジファンドやベンチャーキャピタル関連の案件を日本の機関投資家に案内する業務を行う。その半年後、米国シアトルに出張していたとき、あの9・11(米国同時多発テロ事件)に遭遇した。「今から考えると、このときに私のなかの“目覚まし時計”が鳴ったと思うのです」

どういうことか。

「現地に足止めされました。電話一本で大量のお金を動かすのが私の仕事だったのに、金融市場が混乱し、それができなくなった。当時、私生活では長男が生まれ、次男が妻のお腹にいた。いろいろな意味で、持続可能性の大切さを痛感しました。それもあって、渋沢栄一について改めて勉強してみたところ、著作の言葉は難しかったのですが、内容はすんなり頭に入ってきました」

翌2002年、勧められて経済同友会に入会した。他の経営者と日本の資本市場の問題点について議論すると、長期投資が圧倒的に不足しているという結論に達する。そうした投資は誰が行ってくれるのか。考え抜いたところ、思いもしなかった答えが見つかった。「自分だ」と。「長男が生まれたときから、将来のチャレンジを応援するため、毎月の積み立て投資を始めていたんです。こうした世代を超える投資を担い、長期にわたって企業と付き合ってくれる投資家は個人なんだ、と気づかされたんです」

2007年、同じ問題意識をもつ仲間と、株式会社コモンズ(現コモンズ投信株式会社)を立ち上げる。社名は「コモン・グラウンド」(共有地)から来ており、「長期投資に共感した人たちが寄り集まれる場所」という意味を込めた。主力商品は、「コモンズ30ファンド」。グローバルに展開する日本企業を中心とした約30社の株で構成され、30年を目安に長期投資を行う。月3000円という少額から運用可能だ。

日本初の取り組みとして、社会起業家育成にも乗り出す。2004年から開始したSEEDCapJapanがそれで、シブサワ・アンド・カンパニーの業務提携先の米国の投資運用会社が手にした成功報酬の一部を起業家に寄付する。対象となった1社が、創業間もなかった、病児保育を行うNPO法人フローレンスだ。現在はコモンズSEEDCapとしてコモンズ投信に引き継がれている。

“と”の力をもとう

2003年から『論語と算盤』の勉強会も始めた。最初は金融業界の知人が中心の読書会だったが、2008年から顔ぶれも形式も変わった。

きっかけは経済同友会の活動を通し親密になったローソン社長(当時)の新浪剛史氏から「『論語と算盤』をテキストに、仲間と勉強会をやりたい」という連絡が入ったこと。「経営のハウ(How)でもホワット(What)でもないホワイ(Why)を問う哲学が必須で、それが『論語と算盤』にはあると。そこで、新浪さん含め、同友会所属の経営者など数人でスタートしたところ、読書会というより、同書を題材にし、自分の考えや経験を話し合うディスカッション形式になっていったんです。これは面白いと思いました」

それが「論語と算盤」経営塾という名称になり、この5月から第14期のプログラムがスタートした。経営塾と銘打っているが、受講生は経営者はもちろん、元経営者、幹部クラス、社員、学生、医師、弁護士など多士済々で、女性が3分の1を占める。「『論語と算盤』の最も簡略化したメッセージは『“と”の力をもとう』ということだと思います。論語か算盤かという二者択一の“か”ではなく、論語と算盤、どちらも選ぶ。一見つながらないものをつなげると、そこに創造が生まれる。SDGsが言わんとしていることがまさにそれです。『論語と算盤』もSDGsも、その本質は持続可能性だと思います」

「SDGsなんて、日本が昔からやってきた『三方よし』と同じだ。今さら不要ではないか」。こんな意見もよく聞かれる。これに対して、渋澤氏は異を唱える。なぜか。

売り手よしは売上が数字となり、買い手よしも満足度や効率化といった側面で、その度合いが測れる。ところが、世間よしは違う。中身が判然としない上に、世間とは誰かも不明だ。「世間よしの中身をもっと精査する必要がある。当該経済活動が世間、つまり社会や環境に与えるインパクトを、ある尺度で測定できれば、その達成に向けた競争が起こり、大きな金の流れが生じる可能性が高くなる。つまり、尺度のイノベーションが必要なんです。こうした測定可能な社会的インパクトと、経済的リターンの両立を目指すのがインパクト投資で、まさにSDGs投資の王道です。これが日本でももっと普及すべきです」

定年は40歳でいい

投資ということでは、渋澤氏は日本企業の社員への投資があまりにも低いことを問題視している。2010年からの5年間で、OJTを除く日本企業の能力開発投資は対GDP比で0.1%。2.08%の米国、1.78%のフランスなど、他の先進国に比べて極めて低い水準で、しかも、その後はさらに低下傾向にあるというのだ(厚生労働省が2018年9月28日に発表した「平成30年版 労働経済の分析」より)。「バブル崩壊後、日本企業の競争力が急落し、失われた10年が20年になり、30年になった原因はここにあるのではないかと。私は岸田内閣が打ち出した『新しい資本主義』の中身を議論する有識者会議のメンバーですが、このデータを会議に持ち込んだところ、岸田首相はじめ、皆さん、注目してくれました。新しい資本主義は成長と分配の好循環、つまり、成長の果実を人への投資も含め、社会へ広く分配し、さらなる成長につなげることを意味します」

会社のあり方や人々の働き方も変わらざるを得ないだろう。「今までのいい会社の条件は、安定していることでした。潰れない、解雇されない、給料は下がらない。これからのいい会社の条件は、優秀な人材を社会に輩出していること。そこに勤めると豊かなキャリアを築くことができ、離れてもやっていける。そういう意味で私は40歳定年制を提唱したい。40代以降は企業に縛られない自分なりのキャリアを築く。もちろん、年俸制で元の企業で働いてもいい。

私自身40歳で起業し、とてもいい経験をしたと思っていることも大きい。その年代だったら起業が失敗しても次がありますが、50代、60代になるとちょっと辛いでしょう」

取材の最後に、熟読玩味しているに違いない『論語と算盤』で好きな言葉を聞くと、逆境への身の処し方を説く「大丈夫の試金石」を挙げた。

逆境というものは、それに襲われた人がへこたれず、「大丈夫だ」と軽くいなせるかどうかの「試金石」だというのだ。「たいていの人為的逆境は、自分からああしたい、こうしたいと奮励すればそこから抜け出せると栄一は説きます。時間がない、お金がない、経験がない、失敗した……世の中は逆境だらけです。でもそこにとどまっていたら、物事は1ミリも動きません。そうではなく、ああしたい、こうしたいという考え方の軸を立てると、次の一歩を踏み出すことができ、できないことでも、いつの間にかできるようになるものです」

農民でありながら武士を志し、日本資本主義の父となった栄一は試金石だらけの生涯を送った。その血は孫の孫にも受け継がれているのだろう。


【text:荻野進介 photo:山崎祥和】


※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.66 連載「Message from TOP 社会を変えるリーダー」より転載・一部修正したものである。
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※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。

PROFILE
渋澤 健(しぶさわ けん)氏
シブサワ・アンド・カンパニー株式会社 代表取締役
コモンズ投信株式会社 取締役会長・創業者

1961年神奈川県逗子市生まれ。1987年UCLA大学大学院でMBA取得。米ヘッジファンドの日本代表などを経て2001年にシブサワ・アンド・カンパニーを創業。2007年にコモンズを設立、2008年より現職。『渋沢栄一 100の訓言』(日経ビジネス人文庫)など著書多数。

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