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インタビュー法政大学  渡辺弥生氏

人は、感情ボキャブラリーが増えるほど感情を理解できるようになる

人は、感情ボキャブラリーが増えるほど感情を理解できるようになる

感情とはいったい何なのだろうか。大人になっても感情は発達するのだろうか。私たちは自分や周囲の感情に、どのように向き合ったらよいのだろうか。感情について理解を深めるために、発達心理学の専門家で、『感情の正体』(ちくま新書)の著者・渡辺弥生氏(法政大学教授)に詳しく伺った。

感情とは何か

感情とは、いったい何でしょうか。実は専門家の間でも、「感情とは何か」は、いまだに意見が分かれています。議論となっていることの1つは、感情が先か身体反応が先か、つまり「怖いから逃げるのか、逃げるから怖いのか?」ということです。「怖いから逃げるともいえるし、逃げるから怖いともいえる」と両方の捉え方ができるというのが妥当なようですが、結論は出ていません。

また、ポール・エクマンは、怒り、恐れ、悲しみ、嫌悪、驚き、軽蔑、喜び(幸福)の7種類を基本的な感情としていますが、ジェームス・ラッセルは、感情を快・不快の次元と覚醒・睡眠の次元の2つから捉える「次元説」を唱えています。この点でも感情の定義は揺らいでいます。私たちの感情は複雑で、簡単には理解できないのです。

全部「ヤバい」で済ませていたら感情は豊かにならない

ただ、感情の発達についてはある程度分かっています。例えば、赤ちゃんは生後6カ月くらいで「人見知り」するようになります。人見知りするということは、親など特別な人への愛情が根づき、信頼関係が成立してきたことを意味します。その後、ポジティブな感情とネガティブな感情が分化し、楽しい、嬉しい、悲しいなどの感情が生まれます。小学校1年生になる頃には、基本的な感情はおおよそ獲得している、という研究者もいます。

私たちは社会生活を送るために、相手の表情や声から感情を知覚したり、自分の気持ちを分かってもらうために感情を表出したりする必要があります。子どもの頃から、そうした感情マネジメントの技術を少しずつ身につけていくのです。自分の気持ちを盛り上げて頑張るというように、感情を調節・活用するスキルも学んでいきます。

その際、大切なのが「感情ボキャブラリー」です。例えば、「慈しむとはこういう感情か」というように、感情ボキャブラリーが増えるほど、私たちは感情を理解できるようになります。今、私が問題だと感じているのは、若者の感情ボキャブラリーの減少です。象徴的な言葉が「ヤバい」です。素晴らしいことも酷いことも感動も恐怖も、全部を「ヤバい」の一語で済ませる若者が増えています。しかし、これではいつまでも感情が豊かにならず、ミスコミュニケーションが多発します。解決するためには、周囲の大人が感情ボキャブラリーを豊かにすることが先決です。

アメリカでは「SEL」などの感情教育が発展してきた

ところでアメリカでは、社会性や感情をサポートすることが学力やメンタルヘルスに良い影響を及ぼすといわれており、感情の発達を学校教育で支援する取り組みが盛んです。代表例が「SEL(ソーシャル・エモーショナル・ラーニング)」です。

SELとは、アイデンティティを健やかに育て、感情をマネジメントし、個人および集団の目標を達成し、支え合う人間関係を築き、維持し、責任ある決断をするための知識・スキル・態度を教え、応用するプロセスです。「自己の理解」「自己マネジメント」「他者の理解」「対人関係のスキル」「責任ある意思決定」という5つのコア能力を伸ばすために、さまざまなプログラムが提案されています。

例えば、SEL教材の1つに「ムードメーター」があります。ムードメーターは、「黄色(楽しい・嬉しい)」「 緑色(まったり・のんびり)」「 赤色(悔しい・怒った)」「 青色(がっかり・凹む)」の4つのゾーン(四象限)があるグラフです。あるワークでは、最初に2分間で思いつく限りの感情の言葉をいろいろ思い出してもらいます。次に、思い出した「ドキドキ」「 不安」「 ヤバい」などの言葉が、グラフのどのゾーンに入るかを考えてもらうのです。そうすると、自分にはどのような感情ボキャブラリーが足りないのか、どういった感情に偏りがちなのかといったことが分かります。

他にも、1日の感情の変化を記録して、自分の感情の動きの理解を深める「感情のジェットコースター」など、SELにはさまざまなコミュニケーションワークがあります。

職場や学校にも心を充電できる居心地の良い場所が必要だ

私が今、最も重視しているのは、ムードメーターで言えば「緑色ゾーン」の感情、まったり・のんびり・穏やかな感情です。大人たちが考える幸せの多くは、こうした感情でしょう。

ところが、今の子どもたちには、まったり・のんびりする時間が与えられていません。親や学校は子どもを朝から晩まで、明るく元気でテキパキとする「黄色ゾーン」に押し込みがちです。一方の大人たち自身も、本当は緑色ゾーンが幸せだと知りながら、ずっと黄色ゾーンで頑張って働かなくては、と思い込みがちです。

これは良くありません。本当は、職場でも学校でも、ときどきリラックスしたり、遊んだり、くつろいだりして、心の充電をした方がよいのです。なぜなら、満たされた気持ちから、探究心や冒険心がわき、やがて未知を学びたいというワクワクした気持ちが頭をもたげてくるからです。この点は、子どもも大人も変わらないはずです。

そのために必要なのは、自分らしさを感じられる愛着のある場所です。そうした場所を「場所アイデンティティ」と呼びます。職場も学校も、場所アイデンティティとなる居心地の良い空間づくりをすることをお勧めします。

相手の話に耳を傾けることが職場の居心地の良さの土台

さらに付け加えると、職場には居心地の良いコミュニケーションも必要でしょう。

心理学に「ポジティブキャピタリゼーション」という言葉があります。例えば、あるとき職場で同僚が昨日のテレビの話を始めたとしましょう。このとき、その話題をポジティブに受け取って盛り上げたりすると、良い関係につながり、同僚の仕事にも良い影響があるはずです。このような些細な会話でも、好転すれば関係資本になるというのがポジティブキャピタリゼーションです。

根本的なことを言えば、こうした日常会話のやり取りによって、自分が相手から注意を向けられている、関心をもたれていると感じることが、つながりや自尊感情の土台になります。青年期の引きこもりや不登校の要因の1つは、自分の話を周囲に聞いてもらえないことです。相手の話に耳を傾けるのは対話の基本ですが、感情マネジメントにおいても極めて重要なことなのです。職場でも、まず相手の話をきちんと受け止め、返すことを大事にしてみてください。それが職場のつながりや居心地の良さのベースになるはずですから。


【text:米川 青馬 photo:伊藤 誠】


※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.65 特集1「仕事と感情」より抜粋・一部修正したものです。
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※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。


PROFILE
渡辺 弥生(わたなべ やよい)氏
法政大学 文学部 心理学科 教授
教育学博士

筑波大学大学院博士課程心理学研究科で学んだあと、静岡大学教育学部助教授、ハーバード大学客員研究員などを経て、2004年より現職。専門は発達心理学、発達臨床心理学。『感情の正体』(ちくま新書)、『子どもの「10歳の壁」とは何か?』(光文社新書)など著書多数。

人は、感情ボキャブラリーが増えるほど感情を理解できるようになる
感情とは何か
全部「ヤバい」で済ませていたら感情は豊かにならない
アメリカでは「SEL」などの感情教育が発展してきた
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