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インタビュー

桃山学院大学 三輪卓己氏

現代は、感情労働+知識労働の「高度な感情労働」が増えている

  • 公開日:2022/04/18
  • 更新日:2024/05/16
現代は、感情労働+知識労働の「高度な感情労働」が増えている

「感情労働」と呼ばれる仕事がある。相手の感情に働きかけたり、自分の感情をコントロールしたりする仕事で、接客サービスや対人援助職が代表例だ。対して知識や思考力を用いるのが「知識労働」である。感情労働と知識労働に詳しい、桃山学院大学教授 三輪卓己氏に、両者の現状と将来について伺った。

知識労働とは 感情労働とは
コンサルタントやキャリアカウンセラーも高度な感情労働
実は多くの知識労働は感情労働も行うとプラスに働く
高度な感情労働はさまざまな人生経験や職務経験を生かせる

知識労働とは 感情労働とは

私は長年、「知識労働」を研究してきました。知識労働者とは、何らかの専門知識、ならびに関連する知識や思考力を用いて、知識の創造、伝達、編集、あるいは応用や改善を行う仕事に従事する人のことです。医師・弁護士・研究開発・新規事業開発者など、多様な職種があてはまります。私はIT技術者・コンサルタント・金融や保険の専門職を主な研究対象として研究を進めてきました。

知識労働が注目され始めたのは、1990年代後半のIT革命の頃です。シリコンバレーのスタートアップで働く新規事業開発者やIT技術者が、激しい競争社会のなかで、自律的かつ自由に働く知識労働者としてクローズアップされたのです。

一方の「感情労働」とは、相手の感情に働きかけたり、自分の感情をコントロールしたりする仕事です。1983年に感情労働の研究を初めて発表したアーリー・ホックシールドは、航空会社の客室乗務員や集金係を研究対象としました。その後は、接客サービス、医療関係、福祉関係、教育関係の仕事などが感情労働として広く研究されています。

感情労働に関する研究は、精神的ストレスやバーンアウト(燃え尽き)に注目するものが圧倒的に多いのが特徴です。感情労働には精神的な負担がつきものなのです。そのため、過剰に没入してしまうタイプの人は感情労働に向いていない、といわれます。精神的な負担が大きすぎて、長く続けられないのです。感情労働では、相手と一定の距離を保つ必要があります。

コンサルタントやキャリアカウンセラーも高度な感情労働

私が今、こうした研究の流れで特に注目しているのは「高度な感情労働」です。

高度な感情労働とは、顧客やサービスの利用者との接触時間がある程度長く、かつ一定期間継続されるような仕事を指します。具体的には、教員・医師・看護師・介護職員・カウンセラー・知識サービスの営業担当者などがあてはまります。一般企業に近い職種で言えば、社会保険労務士・キャリアカウンセラー・人材サービス・中小企業向けコンサルタントなどが代表例です。

これらの仕事には、高度なコミュニケーションスキルや信頼構築スキルが必要です。それに加えて、サービスを提供するための専門的な知識や技能も求められます。つまり、高度な感情労働とは「感情労働+知識労働」なのです。そのため、感情労働型専門職と呼ぶ研究者もいます。

実は多くの知識労働は感情労働も行うとプラスに働く

高度な感情労働のなかには、「知識労働に感情労働が加わったもの」と「感情労働が高度化して知識労働が加わったもの」があります。

前者の代表例は、医師や教員です。もともとは知識労働でしたが、今や感情労働が加わりました。背景には「立場の変化」があります。以前の医師や教員は、多くの説明を求められませんでした。ところが現代では、医師は患者に医療内容を説明する場面が、教員は保護者に生徒の成績の理由などを説明する場面が増えました。そのために、医師・教員は高度な感情労働になったのです。

説明責任があることは一概に悪いことではなく、それによって仕事の質が高まったり、創意工夫が進んだりする面があります。ただ、そのために医師・教員の精神的負担が大きくなったことは間違いありません。

私の研究では、教員が最も苦労していました。大きな理由は、一部の保護者の圧力が極めて強く、些細なことでもクレームが来るからです。保護者同士がSNS で連絡をとり合っているために、トラブルがすぐに広まるようにもなりました。教員は生徒と保護者を選べず、責任を1人で背負わなくてはなりません。後述する感情労働を学ぶ場が不足しているという問題もあります。教員の感情労働に関わる負担は大きく、それを原因とした離職者や休職者が増えているといいます。

その点、社会保険労務士は、クライアントの中小企業経営者を選ぶことができます。私の研究では、順法意識の低い経営者とは契約しない社会保険労務士の方がいました。このタイプの仕事は、尊敬できる相手を選び、その相手に感情労働を行って信頼関係を築くことで、知識労働をスムーズに進めることができます。社会保険労務士だけでなく、多くの知識労働はこのように対人関係のなかで感情労働も行うことがプラスに働きます。

後者の代表は、看護師や介護職員です。これらは従来、典型的な感情労働として扱われていましたが、近年は仕事内容が高度化して知識労働が多くなってきています。

実は最近、看護師の高学歴化が進んでおり、高い専門知識を備えた看護師が増えています。また近年はチーム医療が増えており、看護師が医師・技師・療法士など多くの関係者と協力して、自ら考えて働く機会が増えています。そのため医師の指示どおりに作業するのではなく、自分のすべきことを自ら医師に提案し、了解を得るような働き方の看護師が多くなってきているのです。

こちらのタイプは、高度化するメリットが大きいと考えています。これまでは感情労働の評価が低すぎて、「過酷なのに報われない仕事」になりやすかったからです。その状況を変えなくてはなりません。看護師や介護職員が専門知識を身につけて高度化すれば、周囲の評価が高まって地位や権限や給与も上がり、自尊心も得やすくなります。これは間違いなく良いことです。

高度な感情労働はさまざまな人生経験や職務経験を生かせる

私が高度な感情労働に注目する背景には、「知識労働の高度化」があります。AIなどのデジタルテクノロジーの発展により、知識労働がますます高度になっています。このままいけば、高度な知識労働に就ける人は一握りになるでしょう。一方で飲食店店員などの定型化しやすい感情労働は、AIやロボットに置き換えられる可能性が高いでしょう。

そうした時代が到来したときに社会を豊かにするためには、高度な感情労働で活躍する人を増やす必要があります。なぜなら、先ほど看護師の事例で説明したように、高度な感情労働は処遇も高くなり、やりがいや自尊心も保てるからです。

そのために必要なのは、「感情労働の学習の場」を整備することです。私の研究した限りでは、現状は感情労働を体系的・公式的に教える場はほとんどありません。どうしているかといえば、多くの場合、現場の人たちが「実践コミュニティ的なミーティングの場」で教え合っています。

例えば、看護師はシフトの引き継ぎミーティングなどの話し合いの場で、患者の状態や感情労働面の対処方法を教え合うだけでなく、愚痴を言い合ったりしてストレス解消もしているのです。感情労働者の大半はこうした場をもっています。

ところが、教員にはこうした場がないケースが多いようです。彼らの精神的負担を減らすために、学校に実践コミュニティ的な場を用意する必要があります。教員だけでなく、知識労働者には感情労働の苦手な方が多い傾向があります。彼らに感情労働の価値を伝え、そのスキルを学ぶ機会を提供することも重要だと考えています。

最後に付け加えると、高度な感情労働では、さまざまな人生経験や職務経験を大いに生かすことができます。私が研究で取材したキャリアカウンセラーの方は、海外での企業経営などの豊かな経験を生かし、悩みや問題を抱える方々へのキャリアカウンセリングで成功していました。高度な感情労働に関する能力は、このように豊富な人生経験のなかで学ぶことが可能で、多くの方に活躍のチャンスがあります。その意味でも、高度な感情労働が多様に増えることが社会を良くするのではないでしょうか。

【text:米川 青馬 photo : 角田 貴美】

※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.65 特集1「仕事と感情」より抜粋・一部修正したものです。
本特集の関連記事や、RMS Messageのバックナンバーはこちら

※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。

PROFILE
三輪 卓己(みわ たくみ)氏
桃山学院大学 経営学部 経営学科
大学院 経営学研究科 教授

2001年神戸大学大学院経営学研究科修了。京都産業大学経営学部教授などを経て、2021年より現職。専門は人的資源管理、組織行動。著書に『ミドル&シニアのキャリア発達』『知識労働者の人的資源管理』『知識労働者のキャリア発達』(いずれも中央経済社)などがある。

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