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インタビュー

大手前大学 北村雅昭氏

「持続可能なキャリア」は組織と個人の良い関係を重視する

  • 公開日:2022/01/07
  • 更新日:2024/05/17
「持続可能なキャリア」は組織と個人の良い関係を重視する

近年、ヨーロッパから「持続可能なキャリア」という新たなキャリア論が登場して、広がりを見せている。キャリア自律を考える上でも参考になるだろう。そこで、持続可能なキャリア研究に詳しい、大手前大学教授の北村雅昭氏に、持続可能なキャリアの内容やポイントなどを伺った。

現代日本にも親和性の高い「持続可能なキャリア」という概念
組織と個人が一緒になってキャリアを考える姿勢をもとう
過去や将来に思いを巡らす時間がアダプタビリティを高める
プロアクティビティと組織貢献の両立が大切だ

現代日本にも親和性の高い「持続可能なキャリア」という概念

「持続可能なキャリア」とは、キャリアを通じて、幸福、健康、組織貢献の3つが同時達成される状態を良いキャリアと見る考え方です。

持続可能なキャリアを提唱したのは、オランダのファン・デル・ハイデンとベルギーのデ・フォスという2人の女性研究者を中心とする研究者グループですが、私はこのことに大きな意味があると考えています。

なぜなら第一に、ヨーロッパは日本同様に高齢化が進んでおり、一足早く女性の社会進出が進んでいるからです。第二に、ヨーロッパらしく仕事だけでなく家庭や趣味を含めたホリスティックなキャリア論になっており、働いていない期間もキャリアと考える視点が入っています。第三に、情緒的なつながりや長期的な関わりを大事にする点が、ヨーロッパは比較的日本に似ています。

第四に、その上で人生100年時代やグローバル化、情報化など、最近の社会変化を踏まえた研究になっています。例えば、年をとってからどうイキイキと働くかを意味する「ワーカビリティ」という概念も取り入れています。第五に、以上の社会変化に伴うキャリアの不安定さを前提にしています。現代社会では、グローバル化や情報技術の発達による業務の大きな変化、転職、リストラや倒産、介護など、キャリアを不連続にするリスクが一層増えています。そのなかでいかにキャリアを持続可能にするかを追求しています。

以上をまとめると、持続可能なキャリアは、現代日本に親和性が高い概念です。人事の皆さんの参考になる点がきっと数多くあるはずです。

組織と個人が一緒になってキャリアを考える姿勢をもとう

持続可能なキャリアの最大のポイントは、「組織と個人の良い関係」を重視することです。

持続可能なキャリアでは、キャリア形成の資源を重視します。人的ネットワーク、職務能力、後ほど詳しく説明するアダプタビリティ(適応能力)やプロアクティビティ(能動性)のような能力をキャリア資源と捉え、持続可能なキャリアを築くには、「キャリア資源の獲得・再生・維持」が大事だと主張します。

例えば、 優秀な若手コンサルタントが、自分の仕事を天職だと感じたとしても、クライアントの高い要求に応えてオーバーワークを続けるうちに燃え尽きてしまうようなケースは持続可能とはいえません。これはキャリア資源の再生・維持がうまくいっていないから起こることです。反対に、若いうちからワーク・ライフ・バランスを大事にするあまり、厳しい経験を積めず、必要なキャリア資源を獲得できないのも良くありません。持続可能なキャリアを築きたいなら、資源の獲得・再生・維持のバランスを見なくてはならないのです。

持続可能なキャリアでは、このキャリア資源の獲得・再生・維持は、「組織と個人の共同責任」である、と考えます。今の日本には、従来は会社がキャリアを考えてきたけれど、今後は個人が自分で考えなさい、という意味の「キャリア自律」という概念が流行しています。しかし持続可能なキャリア研究では、組織と個人が協力して、個人のキャリアを考える関係を築いていきましょう、と提案するのです。

また、持続可能なキャリアは、個人の「組織貢献」を大事にします。個人はキャリア資源を身につけるだけでなく、きちんと組織に貢献するアウトプットを出す必要がある、といいます。個人が組織に貢献するからこそ、個人は自分の希望を組織に伝えやすくなりますし、組織は個人に良い仕事を与えます。組織貢献も、組織と個人が良い関係を築くために必要なことの1つです。

過去や将来に思いを巡らす時間がアダプタビリティを高める

もう1つの大きなポイントは、個人に必要な資源として、アダプタビリティとプロアクティビティの2つを挙げている点です。

「アダプタビリティ」の背景にあるのは、マーク・サビカスの「キャリア構築理論」です。サビカスはストーリーとしてのキャリアを重視し、自らの小さなストーリーを集め、大きなストーリーにすることがナラティブ・アイデンティティを構成すると考えました。持続可能なキャリアではそれを踏まえて、さまざまな転機や試練を乗り越え、納得できるキャリアを歩むには、キャリア・アダプタビリティという心理的資源が欠かせない、と考えます。

また、サビカスは、キャリア・アダプタビリティは関心(concern)、コントロール(control)、好奇心(curiosity)、自信(confidence)の 4つのCで構成されると考えました。そして、このうちの「関心」が最も重要な役割を果たすといいます。なぜなら、関心が個人の未来志向につながるからです。業界・会社・仕事上の変化を早めに察知して自分の未来を考えることが、キャリアの変化に対する準備を促すのです。しかし、他の3つと比べて関心を育むのは難しいといわれています。これからの個人にとって課題となる点の1つでしょう。

アダプタビリティを高める上で大切なのは、「安心して過去や将来に思いを巡らすことができる環境」です。人生とキャリアを振り返り、将来を考える時間がなくては、キャリアのストーリーを作り出すことはできないからです。

例えば、ベルギーを中心に展開するKBC銀行でも、多くの日本企業と同様、以前は55歳以上の社員は定年を間近にして会社から裏切られたような寂しい気持ちを抱いていたそうです。そこでKBC銀行は、キャリアの最後の5年間にかなりの自由を認めることにしました。過去のキャリアの意味づけをして、将来を考えるための時間を十分にとり、自主性を尊重するキャリアメニューを用意したのです。組織がアダプタビリティに必要なケアを行ったわけです。そうしたところ、定年退職社員の寂しい気持ちがかなり軽減したといいます。

このようにファーストキャリアを気持ちよく終えないと、セカンドキャリアに適応してイキイキと働くことができません。ヨーロッパでも日本でも、この点はまったく同じではないでしょうか。

プロアクティビティと組織貢献の両立が大切だ

もう1つの「プロアクティビティ」は、未来に向けて行動を起こす力です。最近、プロアクティビティを高めるものとして重視されてきているのが「未来の自分の理想像(future work self)」です。なりたい自分の姿をクリアに思い描くことが、能動性を高め、未来志向の判断・行動・努力につながるというのです。また、それは「キャリア・アンカー(自分のキャリアにとって最も大切な価値観や欲求)」の発見にもつながるでしょう。

ただし、プロアクティビティが高まり、キャリア・アンカーが見つかったとしても、そのとおりに働くのは簡単ではありません。

持続可能なキャリア研究では、個人がプロアクティブに動く際は、組織と密にコミュニケーションをとり、プロアクティビティと組織貢献を両立させることが大切だ、とアドバイスします。例えば、「今は会社が求める業務を頑張りますが、成果を出したら、次はやりたい業務に就かせてください」といった交渉をすべきだというのです。

もちろん組織側も、単に個人に組織貢献を求めて生産性を高めるだけでなく、個人の幸福・健康やその人らしさを尊重することが大事です。持続可能なキャリアは、そうやって組織と個人の良好な関係を築くことを一貫して重視します。

最終的には、個人が生涯を振り返るとき、自分の人生とキャリアには十分な意味があった、と思えたらいいわけです。持続可能なキャリアは、そのゴールを目指すための研究です。

【text :米川青馬】

※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.64 特集1「キャリア自律の意味すること」より抜粋・一部修正したものです。
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※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。

PROFILE
北村雅昭(きたむらまさあき)
大手前大学 現代社会学部 教授

1985年東京大学法学部卒。1989年ミシガン大学経営管理大学院修士課程修了。京都美術工芸大学、大手前短期大学を経て、2020年4月より現職。博士(経営管理)。研究テーマは組織行動、キャリア。著書に『持続可能なキャリア』(大学教育出版)(近刊)がある。

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