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インタビュー

兵庫教育大学大学院 中間玲子氏

新人・若手社員の肯定する他者となり自己形成を促そう

  • 公開日:2021/10/04
  • 更新日:2024/05/17
新人・若手社員の肯定する他者となり自己形成を促そう

新人・若手のオンボーディングを考える上で、彼らの「自己形成」や「自尊感情」について押さえておきたい。自己形成や自尊感情とはどういうもので、何に注意すべきなのか。自己形成と自尊感情の心理学を研究する、兵庫教育大学大学院 学校教育研究科 教授 中間玲子氏に詳しく伺った。

自己形成は青年期だけでなく生涯発達の課題だ
自己形成の結果として自尊感情が高まるのが自然
新人・若手社員を肯定する他者として関わってもらえたら

自己形成は青年期だけでなく生涯発達の課題だ

私は研究を進める上で、子どもや若者とよく接するのですが、日本の中学生・高校生・大学生には、自分が何をしたいか、何ができるかを漠然としか答えられない人がとても多い、という実感があります。例えば、「社会に貢献したい」という思いはあるけれど、では具体的にどういう社会貢献をしたいのか、そのためにどこで何を学び、どんな経験を積めばよいのかが、あまり見えていないケースが多いのです。

言い換えれば、自己・アイデンティティの形成が進んでおらず、自分のことを社会のなかに位置づけたり、定義づけたりすることがうまくできていない若者が多いのです。

会社に入った新人・若手社員の多くも、同じような状態ではないでしょうか。新たな環境のなかではなおさらのこと、自分が何をしたいのか、何ができるのかが分からず、自信や自己肯定感をもてない新人・若手がきっとたくさんいるはずです。

前提として、自己形成と自尊感情の心理学について説明します。

自己形成とは、経験のなかで自分自身を作り上げていく過程です。私たちの自己は、「他者」との関係にこそ存在します。私たちは赤ちゃんのとき、周りの人たちから触れられ、声をかけられ、微笑みかけられるなかで、自分自身も他者に向き合い、働きかけていることに気づいていきます。主体感覚がスタートする瞬間です。その後も、自己は他者や環境との関わりによって形成されていくと共に、関わりのなかで自己理解も進みます。自分の新たな面も、周囲に他者がいるからこそ、現れてきます。

1980年代に、アフォーダンス理論などにも通じる自己論が広く認知されるようになりました。アフォーダンスとはジェームズ・ギブソンが提唱した概念で、簡単に言えば、「ものは私たちの動作を促している」という考え方です。例えばコップは握る動作を、椅子は座る動作を促します。アフォーダンス理論は、私たちが環境との相互作用のなかに生きていることを明らかにしました。ウルリッヒ・ナイサーはそのような観点から、私たちがどのように自己知識を獲得しているかを論じました。それによって、私たちが他者や環境との関わりのなかで自己形成していることも、体系立てて語られるようになってきました。

同じ頃、ケネス・J・ガーゲンも、新たな自己の見方を打ち出していました。「多元的自己」や「多数的自己」と呼ばれるもので、人は多くの矛盾や葛藤を抱えた関係性のなかで生きており、関係性の観点から見れば、自己は決して単一で統合されたものとはならない、という考え方です。実際、私たちはさまざまな他者との異なる関係性に応じて、いくつもの自己をもっており、相手や場所が変われば別の自己を見せるのが普通です。新たな他者との関係ができたら、そこにまったく未知の自己が出現する可能性もあるのです。

こうした理論を経た現代では、自己は必ずしも一貫しているとは限らず、他者・環境との関わりの文脈によってさまざまに異なる自己が現れるものだ、という理解が一般的になっています。

さらに1990年代、J・E・マーシャによって、人はアイデンティティを青年期や早期成人期にいったん確立した後も、モラトリアム(猶予期間)と確立を何度も繰り返しながら自らのアイデンティティを発達させている実態が明らかにされました。それ以来、自分が何者であるかを模索し確信するというアイデンティティの確立は、青年期に限定されない生涯発達の課題となりました。自己は絶えず変化しているからです。自己形成にゴールはなく、私たちは生きている限り、他者や環境と関わり合いながら自己を形成し続けるのです。

また、そのような自己に対して私たちはさまざまな感情を抱いています。自分を誇らしく思ったり、こんなんじゃダメだと落ち込んだり。自分自身の価値を感じられること、自身に好意を抱き、「これでよい」と思えていることは、心理学では「自尊感情(self-esteem)」と呼ばれてきました。近い言葉に、「自己肯定感」があります。

自己形成の結果として自尊感情が高まるのが自然

2000年代から、日本の教育現場では、「子どもの自尊感情をいかに高めるか」がよく議論されるようになりました。自尊感情の欠如がさまざまな問題の原因だ、という考え方が広まったからです。日本の子どもの自尊感情は欧米に比べて低く、それもしばしば問題視されてきました。

しかし、結論を言えば、私は「子どもや若者の自尊感情を不自然に高めようとする働きかけは必要ない」と考えています。なぜなら、私の考えでは、自尊感情を高める前に、自己形成を支援することが先立つべきだからです。自己形成の結果、成長の結果として、自尊感情が高まっていくのが自然なのです。

例えば会社場面であれば、限定された課題領域での自己肯定感を高めることが肝要です。新人・若手社員なら、まずは初歩的な仕事を覚えることを通して自己の成長を実感する。そのような経験を重ねることで、その仕事や職場での自己肯定感を徐々に高めていくのです。仕事ができるようになれば、会社・社会での自分の居場所ができ、職場での自分に対する確信、つまり、職業アイデンティティの確立が進みます。同時に少しずつ自信がつき、自尊感情が高まっていくはずです。

私が望むのは、若者たちが継続的に自己形成しながら、自らの人生を力強く生きていくことです。そのために必要な働きかけは、彼らの自己形成を進めることです。職場での活動への励ましは、そのための有力な手段の1つだと捉えています。

なお、子どもや若者の自尊感情を高めようとする働きかけには、そもそもポジティブな効果がないという実例があります。アメリカ・カリフォルニア州では、1986年から3年にわたって、州民の自尊感情を高める大規模な教育的取り組みを行いました。その結果、自尊感情は高まりましたが、それによってもたらされると期待されていた社会問題の予防や解決などの明確な成果は得られませんでした。2000年代以降、日本でも同様の取り組みがなされていますが、日本の場合、子どもたちの自尊感情はむしろ下がっています。

新人・若手社員を肯定する他者として関わってもらえたら

では、職場マネジャーや人事の皆さんは、彼らの自己形成を促すために何ができるのか。大別して2つの支援が可能だと私は考えています。

1つは明らかで、新人・若手社員が成功体験を積めるような仕事のアサインをしたり、悩みを抱える社員の相談に乗ったりする支援です。こうした行動は、マネジャーや人事の皆さんが当たり前のようにしていることだと思います。

なお、こうした支援の際には、「プレッシャーや不安を強く感じやすいタイプ」に注意した方がよいでしょう。一般的には、成功をイメージさせる支援がよいのですが、上記のタイプには、その不安に寄り添い、どうすれば最悪の結果を避けられるかに焦点を当てた支援をお勧めします。失敗することも想定し、その後どうすれば最悪に至らずに済むかなど、どんな状況でも一定のパフォーマンスを発揮するにはどうしたらよいかを重点的に教えるのです。その方がうまくいくはずです。

もう1つ、私がぜひお勧めしたいのは、「肯定する他者として関わること」です。例えば、新人・若手社員の多くは、自分の長所や魅力にあまり気づいていないはずです。もし、彼らの優れた行動・能力・センスなどに気づいたら、「君のこういう行為はすばらしかった」とか、「君はこういう能力があるんじゃないか」と、すかさず教えてあげるとよいでしょう。この一言は、皆さんが思っている以上に効果を発揮する可能性が高いです。そのくらい自信のない若者たちが多いのです。

私が接してきた日本の10代の若者たちの大半は、自尊感情が低く、自己を肯定できませんでした。なかには「あの人は、こういう理由で自分のことが嫌いに違いない」などと思い込みで推論し、勝手に自信を失っているタイプも珍しくありません。さらに日本の場合、中核的な自己が発達せずに空洞のままで取り残され、液体のように流動的でつかみどころのない「アモルフ的自己」をもつ人もよく見られます。若者の自己形成がうまくいっていないケースが実に多いのです。

ところが、そんな場合でも、家族や友達のなかに、自分を肯定してくれる他者がいると認識していることもまた多いのです。そのおかげで、何とか10代を乗りきった若者が、日本にはどれほど多いことか。

新人・若手社員の多くも、状況はそれほど大きく変わらないはずです。ぜひ、彼らのことを肯定する他者として励まし続けてください。「自信をもて」ではなく、また、無責任に褒めるのでもなく、「私は君自身が思うほどダメだと思わないよ」とか、「今回は確かにうまくいかなかったけど、この点は良かったよ」などと、他者としてのあなたが感じたことを言葉にしてあげてください。

そうした声かけが、彼らの自己形成を促し、自尊感情を引き上げていくはずです。その積み重ねが、やがては職場での自発的な行動や、創造的な成果にもつながっていく可能性があります。

【text :米川青馬】

※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.63 特集1「変わるオンボーディング」より抜粋・一部修正したものです。本特集の関連記事や、RMS Messageのバックナンバーはこちら
※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります

PROFILE
中間玲子(なかまれいこ)氏
兵庫教育大学大学院 学校教育研究科 教授

2001年京都大学大学院博士後期課程修了。福島大学助教授、兵庫教育大学大学院准教授などを経て、2016年より現職。『自尊感情の心理学』『現代社会の中の自己・アイデンティティ』(ともに金子書房・編著)、『感情・人格心理学』(ミネルヴァ書房・編著)など著書多数。

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