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インタビュー

関西学院大学 松本雄一氏

新人・若手の能動的な適応をサポートする「実践共同体」

  • 公開日:2021/09/27
  • 更新日:2024/05/17
新人・若手の能動的な適応をサポートする「実践共同体」

新人・若手のオンボーディングを活性化させる手段の1つが「実践共同体」だ。実践共同体とはどのようなものか。ポイントはどこにあり、どういった可能性があるのか。2019 年に『実践共同体の学習』( 白桃書房)を発表し、研究成果をまとめた関西学院大学 商学部・商学研究科 教授 松本雄一氏に詳しく伺った。

相互に学び合う場としての実践共同体
実践共同体は新人・若手の組織適応に役立つ
新人・若手の価値観を変える「変容型境界物象」がポイント
ダブルループラーニングがより必要なのは既存社員では
オンラインは実践共同体にプラスだが居場所にはならない

相互に学び合う場としての実践共同体

実践共同体とは、簡単に言えば、組織内外に自発的に作ったり、運営したりする「学習のためのコミュニティ」のことです。職場内の小集団から社内横断や社内外メンバーが交じった大集団まで、学びを目的にしたコミュニティはすべて実践共同体といえます。

具体例を1つ紹介します。公文教育研究会(公文)の指導者の実践共同体「自主研」です。

公文では、一人ひとりの先生が個別に教室を構えるため、運営のノウハウを共有したいという先生が多いそうです。そうした先生方が定期的に集まって学び合う場が自主研です。

自主研では、新米の先生方も参加して、自らの悩み、状況、やり方などを発表します。例えば、新米先生が「こういうことで困っているのですが」と打ち明けると、ベテラン先生が「それは誰もが通る道だから」と返すパターンがよくあるそうです。その一言だけで、新米先生は肩の荷が下りてずいぶん楽になると言います。また、新米先生が教材の具体的な箇所について相談すれば、ベテラン先生は番号だけで問題を了解し、「私はこう教えていますよ」と具体的な教え方を共有してくれるのです。

公文には、こうした大小の「自主研」が全国にあり、公文の社員の方々は、新米先生を近くの自主研に紹介する役割を担っているそうです。さらに公文には、教室運営の成果の高い先生方が集まる実践共同体や、全国の指導者が一堂に会する全国レベルの実践共同体もあり、重層的に学び合う仕組みができ上がっています。

実践共同体を定義するとすれば、「あるテーマについての関心や問題、熱意などを共有し、その分野の知識や技能を、持続的な相互交流を通じて深めていく人々の集団」といえるでしょう。

実践共同体は新人・若手の組織適応に役立つ

職場の新人・若手の実践共同体には、彼らのオンボーディングを強力に支援できる可能性があります。一般的にオンボーディング施策というと、企業側が新人に対して行う人事施策という意味合いが強いと思いますが、実践共同体がうまく機能すれば、新人・若手たちは、自分たちで支え合い、また学び合いながら、能動的に組織に適応していくのです。公文の例では先輩・後輩が交じっていましたが、新人・若手だけでも実践共同体はうまく回るのです。そのとき、実践共同体はメンバーにとって心地よい居場所となり、組織への適応を促します。それだけでなく、メンバー同士は、オンボーディングを超えて、その後の学びの旅を共にする仲間となります。

実践共同体は使い勝手の良いコミュニティで、役割を終えたら解散してもよいですし、逆に何年続けてもかまいません。時が経つと共に学びのテーマも変わり、何のために学ぶかという意義も発展していくのが普通です。意義の発展に合わせ、先輩、他部署メンバー、社外メンバーが加わったり、入れ替わったりするのもよいでしょう。このように進化を続けながら、実践共同体はずっと学び合う居場所であり得るのです。

新人・若手の価値観を変える「変容型境界物象」がポイント

実践共同体を機能させる秘訣は、「学びのテーマ」と「境界物象」にあります。境界物象とは、平たく言えば、参加者同士を結びつける共通の知識・話題・経験・エピソードなどのことです。公文であれば先生方が使っている共通の学習教材が境界物象にあたります。良い境界物象があると、参加者がお互いの境界を越え、実践共同体のなかに入って学びやすくなります。

職場の新人・若手の実践共同体なら、最初に「何を学ぶ」「半年でここまでできるようになる」といった学びのテーマを明確にすることが大切です。その上で、メンバー全員が抱えている課題や共通の知識などが境界物象となって彼ら同士を結びつけ、助け合いながら学びを達成していくのです。すると、若手・新人たちは仕事の実践知を得るだけでなく、自ら少しずつ組織に適応していく、というわけです。

実践共同体は、参加者の関心・問題意識・熱意が高いテーマについては、参加者だけでうまく働きますが、そうでない場合にはなかなか機能しない仕組みです。新人・若手の実践共同体も、彼らの関心や熱意が低い場合は、決して長続きしないでしょう。彼らに会社や仕事に対してもっている価値観や信念を変えてもらう必要があります。そのときに大きなポイントになると考えているのが、「変容型境界物象」の活用です。

変容型境界物象とは、あるテーマへの関心・問題意識・熱意につながる価値観や信念を大きく変えるきっかけを与える境界物象のことです。例えば単に自然環境を良くしましょうという呼びかけには誰でも賛同しますが、具体的な活動に参加させるのは難しいものです。そこで兵庫県豊岡市におけるコウノトリのような、具体的な動植物を挙げて彼らを守る活動をしましょう、と呼びかけると、より多くの方が自然環境改善に関心をもってくれます。この場合は、コウノトリが自然環境保護の象徴として人々の関心・熱意を高める変容型境界物象です。あまり関心のない人たちを巻き込みたいときには、このようにして変容型境界物象を上手に用意する必要があります。

新人・若手たちの会社や仕事に対する価値観を変え、関心・熱意を高めるために役立つ変容型境界物象としては、例えば創業者の考え方をまとめた本は有効でしょう。他にもカリスマ社員や社内の伝説的エピソードなど、さまざまなものが変容型境界 物象になり得ます。そうした変容型境界物象を中心に置いた実践共同体ができれば「ああ、この会社の大事にしているものはこういうことなんだ」という気づきを、ある程度、人為的に、しかし能動的な関わりのなかで、起こすことができると思います。

ダブルループラーニングがより必要なのは既存社員では

価値観を変える学びを、組織学習論では「ダブルループラーニング(高次学習)」と呼びます。結果を受けて単に行動だけを変えるのではなく、行動の前提となる価値観を変える学びのことです。

実は、ダブルループラーニングは、頭や心が柔軟な新人・若手には比較的起こしやすいものです。創業者の本などの変容型境界物象は、彼らの価値観を変えられる可能性が十分にあります。

一方で、従来の価値観が定着しきっている既存の社員には、ダブルループラーニングは簡単には起こせません。しかし、社会がこれだけ急速に変化しているのですから、ダブルループラーニングがより必要なのは、既存社員の方ではないでしょうか。既存社員向けの変容型境界物象を用意することは、今後の人事課題の1つかもしれません。

オンラインは実践共同体にプラスだが居場所にはならない

最後に、オンラインと実践共同体の関係について触れます。実践共同体は、もともとオンラインとの相性が抜群に良いものです。以前から、テキストベースのオンライン実践共同体がいくつもありました。最近登場したZoomなどの同時双方向型コミュニケーション技術も、間違いなくプラスに働きます。オンラインを活用することで、実践共同体は学びをどんどん促進できるのです。

ただし、オンラインは居場所にはなりません。私は、実践共同体は仲間たちと気軽に集まって楽しめる居場所でもあるべきだ、と考えています。心地よい居場所でなければ、決して長続きしないからです。コロナ禍が落ち着いたら、やはり実践共同体は対面で集まって、居場所としての機能を取り戻す必要があるでしょう。

これからの実践共同体は、対面とオンラインを上手に使い分けながら、より学習効果の高いコミュニティに進化していくはずです。ぜひ新人・若手のオンボーディングに活用してください。

【text :米川青馬】

※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.63 特集1「変わるオンボーディング」より抜粋・一部修正したものです。
本特集の関連記事や、RMS Messageのバックナンバーはこちら

※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。

PROFILE
松本雄一(まつもとゆういち)氏
関西学院大学 商学部・商学研究科 教授

2002年神戸大学大学院経営学研究科修了。北九州市立大学経済学部経営情報学科助教授、関西学院大学商学部准教授を経て、2009年より現職。専門は人的資源管理論・経営組織論。単著に『実践共同体の学習』『組織と技能』(ともに白桃書房)がある。他に共著書・共訳書多数。

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