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インタビュー

社会を変えるリーダー

NPO法人 Learning for All 代表理事 李 炯植氏

  • 公開日:2021/08/23
  • 更新日:2024/03/26
NPO法人 Learning for All 代表理事 李 炯植氏

文豪トルストイは書いた。
「幸せな家庭はどれもみな似ているが、不幸な家庭にはそれぞれの不幸の形がある」と。
その不幸のしわ寄せを最も受けるのが、子どもだ。しかもそれによって、不幸は次世代まで連鎖してしまうから問題は想像以上に複雑だ。その連鎖を食い止めるための活動を行っているのが、NPO法人 Learning for Allである。行政や学校の手が十分に届いていない子どもたちを支援する活動について、代表の李炯植氏に聞く。

小中高生への学習支援と居場所支援
ボランティアにも有益な学びを
貧困は自己責任か? 違うだろう
英語好きの女子中学生の夢に伴走

小中高生への学習支援と居場所支援

「団体のロゴマークになっている階段状の図形は子どもが置かれている社会環境の格差を表しており、その格差を埋め、フラットにするのが私たちのミッションです」 

Learning for All(以下LFA)の代表理事、李炯植(りひょんしぎ)氏がロゴマークを示しながら語る。ミッションを言葉にすれば、「子どもの貧困に、本質的解決を。」となる。

図形の右上にすき間が開いているが……。「そこには子ども自身も成長してほしいという願いが込められています」

LFAが対象とするのは、6歳から18歳の小中高生。経済的貧困だけではなく、学力遅滞や不登校、発達障害、虐待といった問題を抱えた子どもや、日本に溶け込めない、外国籍の子どもなども含む。活動地域は都内の葛飾区および板橋区、埼玉県戸田市、茨城県つくば市の4自治体だ。

具体的な支援策は学習支援と居場所支援の2つがある。

学習支援の拠点は学校内と学校外(公民館など)に分かれるが、大学生ボランティアが勉強を教えるという形は変わらない。放課後や週末に教室を開く。「学校の勉強を単に教えるのではなくて、その子の学習進度に合わせたオーダーメイドのカリキュラムを作って学力向上をサポートしています」

担任制で、先生と子どもの比率は、一対一から一対二というからかなり手厚い。

居場所支援では、平日の午後2時から8時まで、小学校低学年の子どもたちに学習面だけでなく、生活を含めた支援を行い、夕食も出している。

ボランティアにも有益な学びを

中高生向けには週3日、放課後に開放する拠点を運営しており、こうした居場所支援でも学生ボランティアが活躍する。

その内訳は教員志望者の他に、社会課題に興味がある学生、貧困の当事者だった学生、インターンシップ的な意味で就業経験を積みたい学生など多彩。「志望者の多くは社会貢献意識の高い若者で、年々増えています。最近は高校生からの問い合わせも増加傾向にあります」

ボランティアになるにはまずLFA独自の研修を受ける。その後、例えば学習支援に入る場合、子どもを2、3時間指導した後、同程度の時間をかけ、自身の指導の振り返りを行う。課題解決の図式を使い、現実と理想の埋め方を学生自らが考えるのだ。「そうした左脳的な振り返りだけではなく、宿題をやってこなかった子どもに対し、どんな声がけをしたら宿題をやる気になったのか、という振り返りもしてもらう。ボランティアの学生自身にも有益な学びを提供したいのです」

実は李氏自身がこの活動の学生ボランティア出身なのだ。

兵庫県尼崎市で生まれ育つ。住んでいたのは低所得者層が多く住む集合団地。非行、虐待、貧困による格差も目につき、小学6年のクラスでは半分がひとり親世帯だった。

そんな李少年に担任が声をかけた。「君には東京大学に行ける頭脳があるから勉強しなさい」。小学6年の10月のことだ。しかも母親に掛け合ってくれ、家庭教師が来ることに。そのおかげで、私立の中高一貫校に進学。大学受験に特化した特進コースの第1期生だった。

高校1年のとき、その恩師が再び現れる。「もっと勉強しないと東大行けないぞ」とハッパをかけ、東大受験専門塾の入塾テストに勝手に申し込んでいた。

そのテストを突破して入塾し、高校2年からの猛勉強で東大へ現役入学を果たした。そして、驚いた。「中学でも塾でも同級生が育った環境と僕の地元とのギャップを味わいましたが、東大ではそれがさらに深まりました。帰国子女、名門私学出身、裕福な家庭で育った人ばかり。こんな世界があったのかと」

貧困は自己責任か? 違うだろう

決定的だったのは成人式で尼崎に帰ったときだった。シングルマザーで3人目を産んだばかりの女性、自動車の下請け工場での仕事がなくなりピザ宅配のバイトで食いつないでいる男性、仕事で知り合った相手に騙され借金苦になっている男性……同じ20歳でありながら、地域や家庭環境など、さまざまな要因で不利益を被っていた。

東京に帰って、このことを東大の同級生に話してみた。「自己責任だ」「努力しなかったから仕方ない」「頭が悪いからだ」。思いやりのない言葉が返ってきた。

この構造はおかしい。折よく先輩から、教育環境の格差解消を目的としたNPO法人 Teach For Japanで学生ボランティアをやらないかと誘われ、参加してみた。大学3年の後半だ。

最初に担当した子どもは生活保護家庭の中学3年生だった。都立高志望だったが、分数はできない、アルファベット小文字のbとdの区別もできない。しかも、入試本番まで3週間を切っていた。

頑張って教えたものの、不合格。結局、定時制高校に進む。「無料で勉強を教えて高校に行かせてあげると誘っておきながら、結果が伴わなかった。その気にさせて、はしごを外してしまう。偽善だと思いました。教えるのをやめてもよかったのですが、そうしなかった。僕と同じ学生ボランティアがとても熱心で、彼らとなら頑張れるし、もっと成果を出せるんじゃないかと思ったんです」

大学4年の1年間は、教室長を務め、前年に味わった悔しさから改革を行った。「子どもたちの人生が変わる教室を作る」というビジョンを掲げ、有名個別指導塾の元代表にカリキュラムや受験指導のあり方をヒアリングし、教室運営に応用した。週1回だった支援も2回に増やした。

結果は出た。子どもたちが次々に志望校に受かった。その実績を買われ、関東と関西の事業部長に就任する。まもなく、困難を抱える子どもを支援するこの事業がTeach For Japanから独立することになり、代表として李氏に白羽の矢が立つ。2013年8月のことで、教育哲学の研究者になろうと思って進学した東大の院生1年目だった。

独立の時期は2015年4月と決まっていた。残り1年8カ月しかない。事業承継、資金調達といった課題の他に、現場運営も変わらず続けなければならない。連日の長時間労働と休みがゼロという過酷な働き方をして何とか乗り切る。

大きな力となってくれたのが、プロボノ活動の一環として10カ月、LFAに来てくれた日本IBMの4名の社員だった。「ビジョンとミッションの策定、事業計画の作成、財務分析、学習支援の型づくりなど、あらゆる方面から支援をいただきました。社会人としての基礎スキルを私はそこで叩き込まれました」

英語好きの女子中学生の夢に伴走

李氏に、記憶に残る子どもを聞いてみた。1人は、生活保護家庭の女子中学生で、英語がとにかく好き。李氏は英会話が堪能な学生ボランティアばかりをつけた。授業も全部英語でやってほしいと彼女もやる気まんまんだ。将来は英語を使う仕事につきたいと英語特進コースがある高校を自分で探してきて、みごと合格。その後、大学にも行きたいと、奨学金と留学制度がある大学を自分で調べて受験し合格した。

もう1人は居場所支援拠点に通う小学2年生の発達障害を抱える子どもだった。自分の気持ちを言葉にできない。嫌なことがあると物を投げ、騒ぐ。母親も知的障害を抱えており、家庭環境にも難があった。「中学3年まで支援をしたのですが、母親が育児放棄状態になり、その子が自宅で怪我をして動けなくなっているのを警察に発見され、結局は児童相談所に保護されることになった。なぜ彼を救ってあげられなかったのか、無力感に苛まれました」

貧困問題は一筋縄ではいかない。そう悟った李氏は2018年、新たな支援モデルの構築にとりかかる。ソーシャルワーカーや学校、子ども食堂などと連携し、支援すべき子どもを早期に発見する。行政と学校、他のNPOとも連携し、6歳から18歳まで切れ目なく必要な支援を行う。「地域協働型子ども包括支援」と名付けた。「コロナによる休校中は、支援拠点に通うことが難しい子どもが増えたので、訪問やオンライン支援も始めました。僕らがやることは増えると同時に、専門性もどんどん上がっています」

今後、力を入れたいことは2つある。1つは横のつながりの強化だ。同じような子どもの支援を行っている全国のNPOの取り組み事例を掲載したサイトを立ち上げ、ナレッジの共有やネットワークの強化を行っていく。もう1つが国や自治体への政策提言だ。コロナ下の2021年3月に決定した低所得の子育て世帯への現金支給施策についても、李氏はその実現を政府に熱心に働きかけた1人だ。

LFAの職員は45名ほどで、学生ボランティアは年間でのべ400名。毎月寄付をしてくれるサポーターは2600名を超えた。年間1500名の子どもを支援している。「一人ひとりの子どもがどう変わったかが僕らのすべてなんです。そのためには僕らも学び続けなければならない。僕ら自身が子どもを中心にして変化し続ける『学習する組織』でなければならないのです」

【text :荻野進介】

※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.62 連載「社会を変えるリーダー」より転載・一部修正したものである。
RMS Messageのバックナンバーはこちら

※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。

PROFILE
李 炯植(りひょんしぎ)氏
NPO法人 Learning for All

1990年生まれ。東京大学大学院教育学研究科修了。2014年にNPO法人Learning for Allを設立、同法人代表理事に就任。これまでにのべ9500人以上の困難を抱えた子どもへの無償の学習支援や居場所支援を行う。「全国子どもの貧困・教育支援団体協議会」理事。

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