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インタビュー

法政大学大学院 石山恒貴氏 岸田泰則氏

ミドル・シニア個人のパーパスを支援するマネジメントが鍵

  • 公開日:2021/06/21
  • 更新日:2024/05/20
ミドル・シニア個人のパーパスを支援するマネジメントが鍵

ミドル・シニアが幸せに働くための2つの理論がある。「活動理論」と「離脱理論」だ。ミドル・シニアのキャリアやマネジメントに詳しい、法政大学大学院政策創造研究科 教授 石山恒貴氏と、石山氏のもとで研究を行っている岸田泰則氏に、2つの理論と日本企業への処方箋について詳しく伺った。

ミドル・シニアが幸せに働くための2つの理論
ミドル・シニアはより良い人生を送る幸せを追求しやすい
多くの企業でミドル・シニアの能力開発の優先順位が低い
企業が年齢を基準にしないようになるのが理想だ

ミドル・シニアが幸せに働くための2つの理論

石山:同僚の高尾真紀子先生と私は、日本企業のミドル・シニアのキャリア・アダプタビリティ(キャリア上の変化適応力)が、主観的幸福にどのような影響を及ぼしているのかを共同で研究しました。研究対象者は、40~64歳の役職定年者、定年再雇用者など4331名です。

研究から分かったのは、ミドル・シニアになり役職定年や定年再雇用になったからといって、必ずしも幸福度は下がらない、ということです。背景には2つの理論があります。1つは、ミドル・シニアになっても、それ以前の旺盛な活動や意欲を維持することで、幸せであり続ける「活動理論」です。もう1つは、自分の身体機能などの衰えを認知して良い意味で諦め、活動を縮小したり、引退や死を意識したりすることでかえって幸せになっていく「離脱理論」です。

私たちは、両理論は一見相反しているが、どちらも正しく、多様な加齢への適応過程により、該当する場合が違うのだろう、と考えています。実際、継続性理論という両理論をうまく取り込んだ理論も後に登場しています。働くミドル・シニアは、活動や意欲を維持する方向でも縮小する方向でも、キャリアの変化に適応して幸せになり得るのです。ただし、日本企業はどちらの理論でもミドル・シニアの幸せを阻害している部分がある。改善すべき点があります。

なお、私は前者に重きを置いており、岸田さんは後者に関係した研究を行っていますので、役割を分担しながら詳しく説明します。

ミドル・シニアはより良い人生を送る幸せを追求しやすい

石山:私が活動理論に重きを置くのは、ミドル・シニアは、より良い人生を送る幸せ(エウダイモニア)を追求しやすい立場にある、と考えるからです。ミドル・シニアの多くは、自分が好きな仕事や、やりがい・意義を感じることを若いときよりも深く理解しています。好きなことや生きがいに貪欲にコミットして働くことで、主観的幸福を高められると思うのです。

キャリア・アダプタビリティには、「関心」「制御」「好奇心」「自信」の4つの次元があるのですが、冒頭で紹介した研究では、キャリアへの関心と好奇心が、ミドル・シニアの幸福度を大きく左右していました。つまり、関心や好奇心を大切にすれば、アクティブに活躍し続けられるのです。

岸田:私は、石山先生のお話によると、離脱理論に近い研究なのかもしれません。博士論文のテーマは、シニア再雇用者(60~64歳)の「縮小的ジョブ・クラフティングの解明」でした。

日本の大企業のシニア再雇用者の方々にインタビューしたのですが、その多くは曖昧な立場に置かれています。会社から明確に何か言われるわけではないのですが、職場の空気としては、再雇用前よりも影響力が小さくなったり、仕事量が減ったり、放っておかれたりします。例えば、会議で現役時代と同じような発言をすると、場が凍りついたりするのです。再雇用者にはおとなしくしていてほしい、という空気があるわけです。

そのなかで、シニア再雇用者が制約に向き合い、役割や人間関係を縮小することで、幸せになっていく道がある。私はそのプロセスを解明しました。

多くの企業でミドル・シニアの能力開発の優先順位が低い

石山:先に触れたとおり、日本企業では両理論ともうまく働いているとは必ずしもいえません。

活動理論に関していえば、多くの日本企業には、「個人のパーパス」が圧倒的に欠けていると感じます。欧米では仕事の意味づけの研究が進んでいますが、「組織のパーパス(存在意義)、個人のパーパス、仕事理解」の3つが重なったとき、社員は自らの仕事をしっかり意味づけできることが分かっています。ところが日本には、個人のパーパス=やりたいことを解き放ってはならない、としてきた会社が多いのです。なぜなら、社員がやりたいことを各々主張しだすと、チームの和を乱したり、離職者が増えたりすると考えてきたからです。

確かに以前は、そうした強固なチームづくりが機能しました。しかし、不確実性の高い現代では、むしろ個人のパーパスを解放し、好きなことや生きがいの追求を積極的に認めた方が、組織全体もうまくいくはずです。ミドル・シニアが長くアクティブに活躍できるようにするために、個人のパーパスをもっと解放するマネジメントに変えていくことをお勧めします。

岸田:私には、「能力開発」の問題がかなり大きいように見えます。多くの企業でミドル・シニアの能力開発の優先順位が低すぎるのではないでしょうか。

ある研究では、社内のミドル・シニアに「現役世代の力になる能力(技能継承など)」を期待する会社よりも、「第一線で活躍し続ける能力」を期待する会社の方が、ミドル・シニアが活躍している傾向がありました。なぜなら、ミドル・シニアに第一線で活躍し続けてほしい会社は、そのための能力を開発しているからです。ところが、そうした会社は決して多くありません。

石山:それは私も大問題だと考えています。「自己成就予言」が働く可能性があるからです。自己成就予言は、自分が思ってしまったことに関して、その予言を現実に自己成就してしまう現象を指します。例えば、マネジャーが部下に「頑張れば伸びるよ」と呼びかけ、部下がそうか、自分はやれると思えれば成長し、「ほどほどでいいよ」と言われ、自分はできないと思えば、成長が停滞する可能性があるのです。

自己成就予言の理論でいえば、ミドル・シニアの能力開発をしないということは、「もう頑張らなくていいですよ」と呼びかけ、その活躍を阻むのと同じ意味です。人生100年時代、ミドル・シニアやシニアが活躍すべき時代に、そうしたメッセージを発信するのが良いとは思えません。

企業が年齢を基準にしないようになるのが理想だ

石山:もっと大きなことをいえば、日本企業の組織構造や制度がミドル・シニアの活躍を妨げています。例えば、日本企業のほとんどは「社長になるのがゴール」となっており、好きなことを専門的に追求するのはルートを外れる行為とみなされる傾向があった。また、日本企業の多くは、チームで集団として成し遂げること、およびラインマネジャーの評価が高く、専門職制度がうまく運用されてこなかった面があります。そのため専門職として好きなことを追求することへの評価が全般的に重視されてこなかった。これも、好きな仕事を追求しにくい要因の1つです。

岸田:研究インタビューで、部長層の方が役職定年になると、同じ職場で働きにくく、何をすればよいか分からない、という声をよく耳にします。これも社長がゴールで、役職への昇進が通過点となっている組織構造の影響があるでしょう。

石山:それから、再雇用者などをまとめてグループ会社に移し、提携業務を集団的にアサインする形などの職域開発の例があります。しかし、私の考えでは、こうした集団的な方法だけでは、ミドル・シニアやシニアの職域開発はなかなか成功しません。むしろこうした職域開発は、各現場で試行錯誤して、それぞれの職場で実態に合わせることが望まれます。

以上を踏まえて、ミドル・シニアやシニア再雇用者に活躍を期待する人事の方々には、昇進し続けること以外の多様なキャリア目標を用意したり、高度専門職が活躍しやすい制度・風土を作ったり、ミドル・シニアやシニアの職域開発権限を現場に委譲したりすることをお勧めします。

岸田:もう1つ、研究で分かってきたのは、日本には「マネジメントがない」企業が多いことです。もちろんマネジャーはいますが、実際はマネジャーが部下に組織のパーパスや仕事内容を明確に示しておらず、アサインメントや評価も曖昧に済ませているケースが珍しくありません。中堅・若手社員の自主性のおかげで、何とかなってきたのです。ところが、ミドル・シニアの問題はマネジメントなしではうまく解決できません。

石山:マネジャーが、ミドル・シニアの部下に組織のパーパスを説明した上で、個人のパーパスを聞き出し、各部下のパーパスを支援すべく能力開発や対話に力を入れる。こうしたマネジメントを充実させることが、ミドル・シニアの可能性を拓く上では極めて重要だと思います。

岸田:理想は、企業が年齢を基準にしないようになることです。本当は、組織が若返るほど良いというのもおかしな話なのです。年齢を完全に基準から外して、能力に基づいて適材適所を考える社会がベストで、そうなればミドル・シニアの働きやすさや幸せはぐんと向上するはずです。

石山:戦略的(ストラテジック)HRM=SHRMという概念が用いられてきましたが、最近では「サステナブルHRM」という考え方ができてきています。戦略とサステナブルの2つのSを両立させ、利益や効率だけでなく、継続性や倫理を重視するHRMを展開するのです。私たちは、ミドル・シニアやシニアがより良い人生を送る幸せを支援するのも、サステナブルHRMの一環だと捉えています。

【text :米川青馬】

※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol. 62 特集1「アフターミドルの可能性を拓く」より抜粋・一部修正したものです。
本特集の関連記事や、RMS Messageのバックナンバーはこちら

※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。

PROFILE
石山 恒貴(いしやまのぶたか)氏
法政大学大学院政策創造研究科 教授

法政大学大学院政策創造研究科博士後期課程修了。博士(政策学)。一橋大学卒業後、日本電気、GEなどを経て現職。『日本企業のタレントマネジメント』(中央経済社)、『越境的学習のメカニズム』(福村出版)など、著書・共著書多数。

岸田 泰則(きしだやすのり)氏
法政大学大学院政策創造研究科 博士後期課程修了

法政大学大学院政策創造研究科博士後期課程修了。博士(政策学)。石山氏などとの共著書に『地域とゆるくつながろう!』(静岡新聞社)がある。

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