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インタビュー

社会を変えるリーダー

READYFOR株式会社 創業者 兼 代表取締役 CEO 米良はるか氏

  • 公開日:2021/05/17
  • 更新日:2024/03/26
READYFOR株式会社 創業者 兼 代表取締役 CEO 米良はるか氏

「クラウドファンディング」。今でこそ聞き慣れた言葉だが、2011年、米良はるか氏が日本初のクラウドファンディングサービス「READYFOR」を立ち上げたとき、それは完全な新語であり、未知の仕組みだった。
米良氏は、なぜREADYFORを始めたのか。
どうやってクラウドファンディングを広め、READYFORを大きくしてきたのか。
そこには、さまざまな出会いと1つのターニングポイントがあった。

挑戦したい人たちが集うプラットホーム「READYFOR」
アメリカでクラウドファンディングに出会う
死を意識して社会変革したいと強く願った
アウトプットを前提に脳を使った方がよい

挑戦したい人たちが集うプラットホーム「READYFOR」

「READYFOR」は、日本初・日本最大級のクラウドファンディングサービスだ。クラウドファンディングとは、インターネットを通して自分の活動や夢を発信することで、想いに共感した人や活動を応援したいと思ってくれる人から資金を募る仕組みのことだ。2011年3月の開始から2020年末までに、READYFOR は1.8万件ほどのプロジェクトを掲載し、約180億円の資金が集まり、100万人弱の方々が支援を得ている。

「READYFORは、社会課題解決のために資金を集めたい人たちが多く活用しているのが特徴です。例えば最近は、新型コロナウイルスの影響を受ける事業者の支援や、医療機関の支援などによく使われています」

今や日本を代表するクラウドファンディングサービスとなったが、米良氏がREADYFORを始めたのは2011年、大学院1年生のときだ。いったいどのように成長を遂げてきたのだろうか。

アメリカでクラウドファンディングに出会う

米良氏がインターネット業界に興味をもったのは、大学3年生の頃だった。「周りの友達たちは就職活動をしていましたが、私はやりたいことが見つからず、大企業に入社する気持ちにもなれませんでした。ある企業でインターンをして面白い経験をさせていただいたのですが、就職の決心はつきませんでした。進路を模索していたときに出会ったのが、松尾豊先生です」

松尾豊氏は、今や日本の人工知能研究の第一人者として有名な研究者だ。東京大学の松尾研究室と、米良氏が所属していた慶應義塾大学の研究室の共同研究がたまたま始まり、米良氏も研究に参加したのだ。「松尾先生は、当時の私にとって圧倒的な天才でした。先生には、私にはまったく想像できないような未来が見えていた。私は先生の考えをもっと深く知りたいと思い、共同研究に粘り強く食いついていったのです。そうしたらチャンスをいただけました」。米良氏は、松尾氏のもとで、初めてインターネットの仕組みやWEBサービスのビジネスモデルを学んだ。

松尾研の優れたエンジニアたちとプロジェクトを進めるうちに、米良氏はネット業界で事業を興したいと思うようになる。「インターネットの可能性に夢中になったのです。テクノロジーを使って新たな社会の仕組みを作りたい、という想いが湧いてきました。スタートコストが低いのも魅力的でした。幸いなことに、力を貸してくれそうなエンジニアの仲間たちも近くにいました。

ただ、松尾先生に相談したら、起業する前にプログラミングの基礎だけでも学んだ方がいいと言われたのです。当時の私は、プログラミングの経験がまったくありませんでした。このままではエンジニアたちと議論することもままなりません。そこでシリコンバレーにある米スタンフォード大学の短期留学プログラムに参加し、プログラミングやビジネスプランニングを学びました」

その留学が、READYFOR起業のきっかけになった。「当時のシリコンバレーでは、ちょうどクラウドファンディングが広まり始めていたのです。実は、私は留学前に、インターネットを介して資金面で個人にエンパワーする仕組みが作れないだろうかと、漠然と考えて、『チアスパ』というサービスを立ち上げたことがありました。クラウドファンディングのことを知ってすぐに、これだ、と思いました。何かを実現したいという想いがある人が自ら手を挙げれば、応援してくれる人たちと出会える。クラウドファンディングを通して、日本社会をそんなふうに変えたいと思ったのです。

シリコンバレーは起業家が誰よりも尊敬されており、優秀な人は起業するのが当たり前という社会でした。当時の私の周りには起業家が1人もいなかったので、本当に驚きました。彼らのマインドも私を後押ししました」

帰国後、2011年に米良氏はREADYFORを立ち上げた。クラウドファンディングという言葉は、まだ日本にはほとんど届いていなかった。

死を意識して社会変革したいと強く願った

最初のうち、ビジネスは順調だった。「起業するとき、スタートアップに詳しい方々としっかり議論して、どうやったら小資本で素早く立ち上げられるかを考え抜きました。おかげで、ほどなく協力者やユーザーが増えてきて、サービスは軌道に乗っていきました。

READYFORは挑戦したい人たちが集うプラットホームで、資金はないけれど、やる気のある面白い人たちがどんどんやってきます。彼らと相談しながら、直面している課題をどうしたらクラウドファンディングで解決できるかを考えるのは楽しい。私の性に合ったビジネスだと思います」

ところが、メンバーが50名程度になった頃、ビジネスの成長が停滞した。「簡単に言うと、組織や制度が整っていなかったのです。給与テーブルや評価制度がないに等しい状態で、ミッションやビジョンなどもぼんやりとしていました。そもそも当時の私は、就職せずに起業したため、メンバーが売上と関係なく給与を受け取ることが理解できなかったのです。制度やミッション・ビジョンなどの必要性もよく分かっていませんでした。組織・制度が整っていなかったために定着率が低く、いくら採用しても辞めていくメンバーばかりで、サービスが成長しない時期が続きました」

そんなとき米良氏は病気になり、半年間休まざるを得なくなった。これがターニングポイントになったという。「休んでいるときに、私の考えがガラリと変わったのです。病気になって自らの死を意識したとき、自分はより良い未来のために社会変革をしたいのだ、と強く願うようになりました。そのためには強い組織・チームが必要だ、今の延長線上でサービスを運営していてはダメだ、と気持ちが切り替わったのです」

復帰後、米良氏はCOOと協力して、ビジョン・ミッションや、等級制度・行動指針・研修制度などを全面的に作り直していった。「そうしたら、メンバーのモチベーションが明らかに高まり、離職率が一気に下がって、メンバーがほとんど辞めなくなったのです。組織とビジネスが急成長を遂げ、チャレンジできることが増え、好循環ができ上がりました。今は、READYFORは良い会社です、と自信をもって言うことができます。病気がなかったら、今のような強い組織・チームを作る、という考えになるのにも時間がかかっていたでしょうね。

私自身、病気したときに痛感したのですが、人は安心・安全な状況にいないと精神状態が安定せず、実力を十分に発揮できません。安心できる環境を整えることは、気持ちよく働き、力を発揮してもらう上で欠かせないことです」

病気によって、米良氏自身の働き方も変わったという。「起業家には同じようなタイプが多いと思いますが、病気する前の私はマイクロマネジメント型で、すべて自分で決めないと気が済まず、メンバーに任せるのが苦手でした。

しかし、休んでいる間、私が何もしなくても会社が回っているのを目の当たりにして、マイクロマネジメントが必要ないことを理解しました。それは寂しいと同時に、嬉しいことでした。信頼できるメンバーが多くいることに感動したのです。

復帰後は、任せられることはどんどんメンバーに任せるようになり、創業者の私にしかできないことだけをやる、というスタイルに変えました。今の私はプロモーターとして、社会を大きく巻き込んだり、プロジェクトに賛同していただける皆さんを集めたり、新たな仲間を増やしたりする役目に徹しています」

アウトプットを前提に脳を使った方がよい

米良氏には、今の日本企業はどのように見えているのだろうか。「今の日本では、READYFORのようなクラウドファンディングの仕組みも含めて、アイディアを小さく試せるツールや環境がかなり整ってきています。アイディアを形にするためのハードルが確実に下がっているのです。大企業の皆さんも、そろそろそうした仕組みを積極的に利用して、3人程度で素早くプロトタイプを作り、小さく試しては試行錯誤を繰り返していく時期が来ているのではないでしょうか。

私自身、起業家として実感しているのですが、プロジェクトは経験するほど精度が高まり、成功確率が上がります。企画に半年、1年かけるのではなく、1週間前や前日に思いついたことをすぐに試しながら進めた方が、間違いなく経験値が上がり、成功に近づけるようになります。

現代社会はものすごい速度で変化しつづけています。時間をかけて優れた事業案を考え、稟議を通しているうちにアイディアが古くなってしまうのではもったいない。もうそんな時間の余裕はないのではないでしょうか。現代のビジネス環境ではアウトプットを前提に脳を使った方がよい、と私は断言します。ぜひ小さく素早く試してみてください。そのとき、READYFORを活用していただけたら嬉しいです」

【text :米川青馬】

※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.61 連載「Message from TOP 経営者が語る人と組織の戦略と持論」より転載・一部修正したものである。
RMS Messageのバックナンバーはこちら

※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。

PROFILE
米良はるか(めらはるか)氏
READYFOR株式会社 創業者 兼 代表取締役 CEO

慶應義塾大学卒業。2011年に「READYFOR」を立ち上げる。2014年より株式会社化、代表取締役 CEOに就任。日本人史上最年少でダボス会議に参加。現在は「デジタル改革関連法案ワーキンググループ」の民間構成員などを務める。

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