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インタビュー社会を変えるリーダー

株式会社ボーダレス・ジャパン 代表取締役社長 田口一成氏

株式会社ボーダレス・ジャパン 代表取締役社長 田口一成氏

社会問題を解決するソーシャルビジネスをやるなら、株式会社よりNPOの方がふさわしい。

せいぜい1組織1事業が限界ではないか。
立ち上げには結構な労力が必要で、しかも、黒字化は難しいだろうから、利益率は二の次になるだろう……。
多くの人たちが抱くソーシャルビジネスに対する見方はこんなところだろう。
以下、お読みいただければ、それらがすべて思い込みにすぎないことが分かるはずだ。

株式会社ボーダレス・ジャパン 代表取締役社長 田口一成氏にお話を伺った。

12カ国36社で構成されるボーダレス・ジャパン

同社の事業内容はソーシャルビジネス全般。貧困や地球環境、難民、過疎化などの社会問題を解決するビジネスのみを手がける。

例えば、高級牛本革を使ったバッグや靴の専門店Business Leather Factoryを全国主要都市に計18店舗、展開する。販売されている商品はバングラデシュで製造されている。原材料は現地産品を使い、働き手は現地の人たちだ。そう、同国の貧困問題の解決をビジネスにしているのだ。

あるいは、「形は悪いが、味はいい」規格外の野菜を取り扱う八百屋「竹下屋」を事業化し、実店舗での販売と移動販売、さらには宅配や飲食店への卸を行う。こちらは農家と消費者の間をつなぎ、フードロス問題の解決を図るビジネスだ。

現在、12カ国に拠点をもつ36社でボーダレス・ジャパンが構成される。

創業者社長の田口一成氏が社会問題の解決に関心を抱いたのは大学時代のこと。栄養失調でお腹が膨らんだアフリカの貧しい少年が映るテレビのドキュメンタリー番組を観たのがきっかけだ。

当時、将来の道を探しあぐねていたという田口氏が振り返る。「僕は何不自由なく暮らしているのに、彼らは明日の食べ物にもこと欠く。同じ時代、同じ地球上で暮らしているのに、おかしい。貧困に代表される社会問題の解決に人生を賭けてみようと思ったんです」

早速、あるNGO(非政府組織)の門を叩いてみるが、「本気で社会問題を解決したいなら、まずお金の問題がクリアできないとインパクトのある活動はできない」と言われ、方向転換。寄付という形でNGOに資金を提供する事業を興すことを志す。

社会起業家のプラットホーム

在学中の起業も考えたが、「このままやっていても小さく終わる。企業の現場で修業しよう」と思い、卒業後、「3年以内に辞めます」と公言して機械部品商社のミスミに入社。2年後の25歳のときに退職し、前身となる有限会社ボーダーレス・ジャパンを設立。日本で部屋が借りにくい留学生などの外国人と日本人が一緒に暮らすことで、「互いの差別や偏見をなくす」ためのシェアハウス事業、ミャンマーの農家が作ったハーブティーの販売事業などを手がけ、軌道に乗せた。NGOへの寄付ではなく、事業そのもので社会課題を解決するようになっていた。

いずれの事業も、田口氏が責任者として関与し、1年ほどかけて磨き、軌道に乗せたら他のメンバーに経営をバトンタッチするやり方をとったが、しばらくして転機が訪れる。

「このペースでやっていると、世の中、変わらない、と思ったんです。僕たちが目指すのは社会を良くすること。年間100社くらい立ち上がらないと、社会へのインパクトに欠ける」

そこで、「自ら事業を立ち上げる」のではなく、「立ち上げる人を支援する」ことにした。ボーダレス・ジャパンを「社会起業家のプラットホーム」にしようとしたのである。

仕組みはこうだ。ソーシャルビジネスのアイディアをもった起業志望者を募集し、ビジネスプランニング期間は正社員として採用する。「スキルや経験はまったく関係ありません。必要なのは自分が作り出したい社会像をもっていること。共感できるものだったら、仲間として迎え、僕と二人三脚でプランニングしていきます」

そうやって、同社のサポートを得ながら1年かけて事業モデルを磨き、既存36社のトップで構成される社長会で承認されると、会社設立だ。資金は同社が全額用意する。起業家と同社との雇用契約は切れ、ボーダレスグループの一経営者となる。人事や総務、経理といったバックオフィス業務はボーダレス・ジャパンが代行し、その分の経費として各社が売上の2%を拠出する。

本社は東京のまま、福岡にUターン

ソーシャルビジネスという性格上、儲からなくてもいいという感覚を抱いてしまうが、営業利益15%が最低ラインと厳しい。「なぜなら、そうした利益を、次の新しい会社を立ち上げるための再投資に回すからです。つまり、個々の経営は独立していますが、“財布”は共有化している。そうすれば、いざというとき、助け合えるし、新しい仲間になる会社への投資もできる。そうやって次のチャレンジャーを応援する。これを恩返しならぬ“恩送り”と呼んでいます」

ユニークなルールは他にもある。各社の経営者には天井知らずの報酬が約束されているわけではない。その会社で働く、一番給与が低い社員の7倍以内という縛りがある。「僕らは社会企業家ですから、極端な格差社会を是とはしていません。そんな人間が自分の社内で極端な格差を生み出してしていたらおかしい」

では、通常のビジネスとソーシャルビジネスの違いはどこにあるのだろうか。「目的は社会問題の解決なので、10試せば1くらいは当たる、といった軽い気持ちでやっては駄目だということです。失敗すると、関与した人がより一層不幸になるからです。そうではなく、10勝0敗の気持ちでやってきて、現に成功させています」

なぜそんなに高い確率で当てられるのか。「大企業が志向するような規模の大きさを追わないから。起業は実験だと思っており、失敗し続けられる環境を提供できることが僕らの価値だと考えています。1回では無理でも、数回トライすれば成功する。それを繰り返すと、僕らにもノウハウや経験がたまる。年間売上10億円くらいまでもっていくのは難しいことではありません」

この仕組みが整備されたのが2013年から14年にかけてだった。実はその前の2012年、田口氏は東京に本社を置いたまま、故郷の福岡市にUターンしている。大学生のときから東京で暮らしていたが、自然豊かな場所で生まれ育ったため、ビルとコンクリートだらけの都会にずっと馴染めなかったという。結婚し子どもができたのを機に、思い切って帰ることにしたのだ。副社長の鈴木雅剛氏が東京にいて、オンラインでの情報交換で、経営は円滑に回っている。コロナ禍時代の最先端の働き方ともいえる。

しかし当時は、取引先はすべて都内なのに大丈夫か、都落ちだと揶揄するマスコミや経営者仲間もいた。しかし、結果は正解だったと田口氏は言う。「日本が抱えている問題は地方で多く発生しており、東京にいると理解が難しいということがよく分かりました。例えば少子高齢化です。人だらけの東京から福岡に帰り、実感として語れるようになりました。もう1つ、売上や利益の拡大といった右肩上がり志向が失せました。先ほどのビジネスモデルの転換は必然的なものでしたが、福岡への移住がなかったら、実行が遅れたかもしれません」

コロナ禍は地球環境問題

社会問題といえば、現下のコロナ禍はその最たるものだ。「最近、温暖化が進んだシベリアで、永久凍土が溶け始めているというニュースは衝撃的でした。そこに未知のウイルスがいたら、人間社会に簡単に入り込んでしまう。地球温暖化や環境破壊を食い止めないと、第二、第三のコロナ禍を防ぐのは難しい」

通常なら起業家の伴走に徹する田口氏が、そうした危機感から、珍しく立ち上げに関わり、この4月からスタートさせたのが、ハチドリ電力という事業(会社)だ。二酸化炭素を排出しない自然エネルギーを使って作った電力を各家庭に販売。料金の1%が、一人ひとりの利用者が共感するNPOなどに寄付される。「二酸化炭素の過大な排出が地球温暖化の原因で、なかでも排出量が圧倒的に多いのが火力発電なのです。真剣に取り組まないとやばいことになる。みんな頭では分かっているんだけれど、行動で示せない。そこを何とか変えたいと思いました」

企業社会にはSDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)という言葉が急速に普及してきたが、田口氏は違和感を覚えるという。「貧困や飢餓の撲滅、自然エネルギーの推進といった17項目が目指すべきゴールとして挙げられていますが、自社の事業がどれに合致しているか、という“当てはめゲーム”になってしまっている。それをやっている限り、世の中は良くならない。そうではなく、『すべての事業活動はこの17項目に抵触してはならない』というルールにするべきだと思う。SDGs ならぬSDRs(Sustainable Development Rules)というわけです」

それは売上や利益の大きさで企業を評価する時代の終焉を意味する。「人もそうなるべきです。お金ではない別の物差しで自分の幸せを考える人が増えたらいい」

ビジネスで社会を変えようとする男が次に目指すのは、人の心を変えることかもしれない。

【text:荻野進介】


※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.59 連載「Message from TOP 社会を変えるリーダー」より転載・一部修正したものである。
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※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。

PROFILE
田口一成(たぐちかずなり)氏
株式会社ボーダレス・ジャパン 代表取締役社長

1980年生まれ。福岡県出身。大学2年時に栄養失調に苦しむ子どもの映像を見て「これぞ自分が人生を賭ける価値がある」と決意。早稲田大学在学中にワシントン大学へビジネス留学。株式会社ミスミに入社後25歳で独立し、ボーダレス・ジャパンを創業。世界12カ国で36社のソーシャルビジネスを展開し、2019年度の売上は54億円。2020年4月には地球温暖化問題を解決すべく、再生可能エネルギーを提供する新規事業「ハチドリ電力」を立ち上げる。

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