インタビュー
熊本大学 鈴木克明氏
学びはゴールから設計せよ 対面からオンラインへの載せ替えだけでは意味がない
- 公開日:2020/09/14
- 更新日:2024/03/22

オンライン学習が企業の研修においても急速に普及してきている。対面学習とは違う特徴は何か、学習効果を最大化させるにはどうしたらいいのか。教育設計の第一人者で、15年にわたり、オンラインのみの大学院でeラーニングの専門家を養成してきた、熊本大学 教授システム学研究センター長・教授 同大学院 教授システム学専攻長 鈴木克明氏にお話を伺った。
ビデオ講義なし、アウトプット中心の設計に
私は熊本大学大学院で、eラーニングの専門家をオンライン授業のみで養成するプログラムを作り、2006年から責任者を務めています。そこでは、当時広がり始めていたeラーニングとは真逆のやり方を採用しました。ポイントは3つあります。
まずは対面学習の内容を、そのままオンラインに移行させないということ。つまり、講義を中継したり、ビデオ撮影した内容を流したりしません。
学生は昼間、フルタイムで働く社会人ばかりなので、ビデオ閲覧のために一定時間パソコンの前での着座を義務付ける授業は現実的ではないのです。耳より目から入ってきた情報の方が、短時間で内容を理解できるという研究の裏付けもあります。同期型の講義でないため、現状、学生の半分は首都圏在住で、海外駐在中の人もいます。
ビデオ講義の代わりに、読むべきテキストを提供したり、有益な内容が記載されたネット記事を提示したりして、随時、自学自習してもらいます。「与える知識は最低限。あとは外からとってきなさい」という実社会でも役立つやり方です。
知識の理解度は自動採点のテストで確認します。ただし、知識は理解し覚えただけでは使えませんから、次はそれを応用できるようにするため、レポートを課します。アウトプット中心の設計にしていることが2つ目のポイントです。
掲示板を活用して受講生の相互学習を促進
開講当時、eラーニングを導入する企業が増えていましたが、その多くが講義の動画を流し、簡単な確認テストを行って終わりでした。他の受講生との交流も、講師とのやり取りもまったくない、孤独な学習に終始していました。
私たちのプログラムではレポートを執筆してもらうわけですが、最初の提出先はネット上の専用掲示板。そこでは他の受講生が内容を閲覧でき、意見や感想が書き込めるようになっています。共に学ぶ仲間がそこにいることがよく分かるような仕掛けにしています。
受講生は他の受講生のコメントを読み込んで、内容をブラッシュアップし、最後は教員に提出します。教員はそれを読んで優れた箇所を褒め、足りない点を指摘して添削し、合格点未満は再提出を要求します。教員の関与という面では、講義主体の対面学習よりよほど強いと思います。
受講生同士のグループワークもあります。完全にオンラインでしか会ったことがない者同士だと難しいのでは、と思われるでしょう。そこは、グルーピングの工夫や、グループワークの難度を徐々に上げていくなど、緻密に設計しています。
こうした掲示板を使い、グループワークを通じて相互学習を促すことが3つ目のポイントです。
オンラインは正解が決まっている基礎知識の伝授しかできないという人がいますが、それは間違いです。頭脳を使う思索的な内容はそれこそオンライン向きです。新しいアイディアをひねり出すもの、例えば企画書づくりの方法も、掲示板を使えば、十分、オンラインで教えることができます。
ただし、掲示板利用の最適人数は30名までであることが、これまでの研究成果からも分かっています。それ以上になると、チューターをつけ、受講生を分割する必要が生じます。リアルの対面学習でも、例えば今の小学校では30名学級が理想とされていますから、オンラインでも対面でも、教員が真摯に指導できる生徒数は奇しくも一致しています。
もちろん、オンラインも万能ではありません。教員の熱量をそのまま伝えるような熱い授業はオンラインには向いていません。あるいは、モノを触ったり、人と会話したり、現地・現物が肝になる内容のものも同様です。また、対面でないと難しい人間関係の構築を支援するために、希望者には年4回の合宿参加の機会も設けています。
研修のゴールを明確に 上司による動機づけも重要
オンライン、対面にかかわらず、学習効果を最大限に高めるためには、ゴール(目標)から遡ってプログラムを設計することが重要です。私のプログラムでいえば、修士課程の2年を終えた時点で、教授システム学の高度専門職業人に必須の12のコンピテンシー(基礎能力)を身につけていること。これが目標です。それを達成させるための科目ごとの課題を設計し、提供しているのです。これが実はインストラクショナルデザイン(教育設計)の基本的な考え方に他なりません。
加えて、私たちは最初のオリエンテーションにおいて、学生に対してそのゴールの存在と、オンラインでの学びには自律性が求められることをしっかり伝えます。「あなたたちを大人扱いする。困ったらそちらから声を発してください」と。
企業研修においても同じことがいえるでしょう。目指すべきは研修効果の測定によく用いられるカークパトリックモデルにおいて、レベル3の「行動」の変容を促す研修です。一方、オンラインを含め、企業研修の多くがレベル2の「学習」にとどまっているのではないでしょうか。
そうさせないためには、何より研修のゴールを明確にすることです。本当に現場で役立つことを教えるプログラムを用意できれば、受講生は自ら学びます。そうした現場でのニーズを人事がしっかり把握することが重要なのです。
その上で、上司の役割も鍵を握ります。部下を送り出す際に上司が「この研修にはこんな意味があり、職場に戻ったら、そこで学んだことをこのようにして生かしてほしい」という期待をしっかり伝えましょう。研修前の動機づけと、研修後に、学んだ内容をしっかり業務で活用させること。オンラインか対面かを問わず、この2つが研修の効果を最大化するポイントなのです。
【text:荻野進介】
※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.59 特集2「学びのオンライン化の未来 ― 自らの成長に向けた主体的な学びへ」より抜粋・一部修正したものです。
本特集の関連記事や、RMS Messageのバックナンバーはこちら。
※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。
PROFILE
鈴木 克明(すずき かつあき)氏
熊本大学 教授システム学研究センター長・教授
同大学院 教授システム学専攻長
1959年生まれ。国際基督教大学教養学部、同大学院を経て、米国フロリダ州立大学大学院教育学研究科博士課程修了、Ph.D(教授システム学)。東北学院大学教養学部教授、岩手県立大学ソフトウェア情報学部教授などを経て現職。
『研修設計マニュアル:人材育成のためのインストラクショナルデザイン』(北大路書房)など著書・訳書多数。
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