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インタビュー

同志社大学 久保真人氏

職場におけるバーンアウトの心理学

  • 公開日:2020/03/16
  • 更新日:2024/03/22
職場におけるバーンアウトの心理学

ワーク・エンゲージメントの対義語に、「バーンアウト(燃え尽き症候群)」がある。日本では1980年代から徐々に広まってきた概念だが、まだ十分に知られていない部分も大きい。そこで、日本でバーンアウトの心理学を研究してきた久保真人氏に詳しくお話を伺った。

バーンアウトは失恋によく似ている
バーンアウトによって仕事と適切な距離をとれるようになる
無駄なバーンアウトを減らし重症化を防ぐことは大切だ

バーンアウトは失恋によく似ている

米国でバーンアウトという現象が注目され始めたのは、1970年代中期以降のことです。日本では、1983年にフロイデンバーガー『バーン・アウトシンドローム』が翻訳されたことで知られるようになりましたが、それ以降もしばらく大きな話題にはなりませんでした。

私は1990年代の初めに、田尾雅夫先生と共に看護師の集団離職とバーンアウトの関係を研究して以来、バーンアウトを研究テーマの1つにしてきました。その頃から、看護師や教員のバーンアウトが少しずつ注目を集めだしました。

バーンアウトの定義は実は難しいのですが、私自身は、「バーンアウトは失恋によく似ている」と説明するようにしています。

つまり、「自分はこれだけ頑張っているのに、これだけ尽くしているのに、なぜ相手にはそれが通じないのだ、なぜ成果が上がらないのだ」という思いが募った結果、何かの引き金によって燃え尽きてしまって、突然休職したり、重い場合には離職したり、うつ病になってしまったりする。それがバーンアウトです。個人的には、この説明が一番理解していただきやすいだろうと思います。これは人間を相手にするヒューマンサービス業に多く起こり得ます。

なお、引退するスポーツ選手などが「燃え尽きました」と語ることがありますが、それは満足感や達成感を含むケースが多く、ここで言うバーンアウトとは意味合いが少々異なります。

当然ながら、バーンアウトにはストレスが強く影響します。看護師・教員などに多いのも、勤務時間が長くストレスが多い職種だからです。ただ、バーンアウトは単なるストレスだけで起こることではありません。自分の頑張りが報われないという経験が積み重なった結果、何かのきっかけで閾値を超え燃え尽きてしまう。これがバーンアウトに特有のプロセスです。

ワーク・エンゲージメント(仕事が好きで楽しんでいる状態)とバーンアウトは対義語であり、ワーク・エンゲージメントの高い人はストレスも少なく、バーンアウトしにくいと考えられます。一方で、仕事と生活を自分の意思で切り離せない状況に陥っているワーカホリックの人はストレスが多く、バーンアウトしやすいといえるでしょう。

バーンアウトによって仕事と適切な距離をとれるようになる

私が調べた限りでは、ヒューマンサービス業に関わる限り、多くの人がバーンアウトないしはそれに近い経験をしているのではないかと思います。私の考えでは、軽いバーンアウトは、職務の習熟にむしろ必要なものです。なぜなら、バーンアウトを経験することで、仕事と適切な距離をとれるようになり、仕事と良い関係を結べるようになっていくからです。

具体例を挙げましょう。看護師のバーンアウト研究で、私は1人の看護師長さんに出会いました。彼女はこうおっしゃいました。「久保先生のバーンアウト尺度にあてはめると、私は完全に燃え尽きています。まっ黒焦げです」。この方は優れた看護師長として活躍されていたのですが、実は過去に何度もバーンアウトを経験していたのです。

彼女は当時、白血病の患者さんたちが入院する病棟に勤めていましたが、患者さんが亡くなったときは、その担当だった看護師さんに「全力を尽くしたね。よく頑張って役目を果たしたね」と必ず声をかけるとおっしゃっていました。なぜなら、看護師というのは「患者さんが亡くなったのは自分の力不足のせいではないか」と考えてしまいがちな職業だからです。特に、白血病は幼い患者さんが多く、「もっと何かしてあげられたのではないか」という気持ちになるケースが多いといいます。

そうした思いを引きずってしまうことが、看護師さんのバーンアウトの大きな要因です。看護師長さん自身も、そのようなことを数多く経験してきたそうです。その結果、彼女は「患者さんが亡くなったとしても、きちんと役目を果たせばそれは仕事を全うしたことになり、仕方がないこと」という境地に達していたのです。そして、周りの看護師さんのバーンアウトを防いだり、軽くしたりするために、「全力を尽くしたね。よく頑張って役目を果たしたね」と声がけするようになったというわけです。

「バーンアウトを経験することで、仕事と適切な距離をとれるようになる」というのは、例えばこういうことです。これは「突き放した関心」という言葉でも説明できます。ヒューマンサービス業を安定的に続けていくには、突き放した関心、つまり「自分がサービスを提供できる範囲で関心をもち、それ以上は関与しないようにする」という心がまえをもつ必要があるのです。優れたサービスを提供している人たちは、軽いバーンアウトによってそのことに気づきながら、自分の仕事に習熟していくのです。

無駄なバーンアウトを減らし重症化を防ぐことは大切だ

問題は、バーンアウトが重症化したときです。軽いバーンアウトであれば、一定期間で回復して再び高いモチベーションで職場に復帰できますが、重症化した場合には、離職して違う仕事に移ったり、うつ病になってしまったりします。

重症化するかどうかは、個人の特性や状況などが大きく影響します。また、40代以降のバーンアウトには深刻なケースが多いようです。事実、私の研究では、小学校の先生をいきなり辞めてしまった中高年の方がいらっしゃいました。時代が変わり子供も変わっているのに、これまでのやり方をしていたときに、「先生の話は面白くない」の一言で、突然自分がずれていることに気づいたのです。ある程度自分のスタイルが完成しているキャリア中期以降の人のバーンアウトは、より回復が難しくなると考えられます。

それから、バーンアウト後のモチベーションがあまり回復しないケースもあります。「真剣に取り組むと傷つくから、適当にやろう」と、やる気を失ったまま働き続けてしまうのです。これもまた難しい問題です。

こうしたバーンアウトおよびバーンアウトの重症化を防ぐには、第1に「ストレス対策」が重要です。特に、仕事以外に、仕事がうまくいかないときの逃げ道を作っておくと効果があるでしょう。仕事一辺倒にならずに、家族との時間をとったり、趣味や家事の時間をもったりすることが、仕事と適切な距離を保つ上で役に立つのです。

第2に、組織の場合には、マネジャーがメンバーの軽いバーンアウトやバーンアウトしそうな状態をいち早く察知し、フォローすることが大切です。具体的には、自分自身や仕事との関係を見つめ直す機会を提供するとよいでしょう。

バーンアウトの前には、それまで誠実な仕事ぶりだったのに、急に誠実さが失われてしまうといったことが起こりがちです。私はこれを「バーニングアウト」と呼んでいますが、専門的には「脱人格化」と言い、これ以上消耗することを避けるためにクライエントとの間に壁を作ってしまう状態です。ヒューマンサービス業のマネジャーには、メンバーがバーニングアウトしていないかどうかを注意深く観察することが求められています。

第3に、現場メンバーの雑務を減らして、プロとしてコア業務に向き合える環境を用意することも大切です。分かりやすい例を挙げれば、教員の時間外労働を減らすだけで、教員のバーンアウト問題は軽減する可能性が高いでしょう。また、いわゆる「モンスターペアレント」などにも個人ではなく組織として対応することが現場のストレスを軽減する上で効果があるはずです。

ここまで述べたとおり、バーンアウトはヒューマンサービス業では避けられず、軽いバーンアウトはその後の成長を考えればむしろポジティブな経験と捉えるべきかもしれません。ただ一方で、組織が適切な対応をとり、無駄なバーンアウトを減らしたり、重症化を防いだりするのも大切なことです。その点で、人事の方々にもぜひバーンアウトの心理学の知見を参考にしていただけたらと思います。

【text:米川青馬】

※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.57 特集1「ワーク・エンゲージメントを高める」より抜粋・一部修正したものです。
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※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。

PROFILE
久保 真人(くぼ まこと)
同志社大学 政策学部政策学科 教授

1998年京都大学大学院文学研究科博士号取得。2007年より現職。研究テーマはバーンアウト(燃え尽き症候群)、ヒューマンサービス組織。
『バーンアウトの心理学』(単著・サイエンス社)、『よくわかる看護組織論』(編著・ミネルヴァ書房)など著書・共著書多数。

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