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THEME キャリア自律

インタビュー東京大学大学院 井原泰雄氏

ヒト特有の行動が文化を進化させてきた

生物進化の考え方は、今では広く受け入れられるようになった。最近では、進化的な見方が「文化進化学」などの学問にも波及している。今回は、数理モデル解析を使ってヒトの行動進化を研究する一方で、文化進化学の動向にも詳しい井原泰雄氏にお話を伺った。

ヒトの行動の特殊性がいつ頃なぜどのように進化したかを説明したい

―― 井原先生はどのような研究をしているのですか?

進化人類学のなかでも、「行動進化」に焦点を当てて研究しています。
子育て、配偶システム、協力など、私たちヒトには特有の行動があります。ヒトとチンパンジーは700万年ほど前に共通の祖先から分かれたといわれていますが、これらの行動はチンパンジーと異なっています。

例えば、チンパンジーは乱婚型社会で、メスは群れ中のオスと交尾するので、誰が父親か分からず、父親という役割もありません。ところが、ヒトは一夫一妻が基本で、父親は子育てに関与し、狩猟採集民なら家族に獲物をとってきます。どこかのタイミングでヒトは進化し、一夫一妻の家族を形成する行動様式を身につけたのです。私は、数理モデル解析と計算機シミュレーションを使って、ヒトの行動の特殊性がいつ頃なぜどのように進化したかを説明するシナリオ仮説を研究しています。できるだけ変数の少ないシンプルな数理モデルを使い、行動進化の原理を解明しようとしているのです。

意図共有と階層性を理解する力がヒトの言語能力を進化させた

―― 例えばどのようなシナリオがありますか?

地球の乾燥化によって森林が減り、最終的に木の少ないサバンナに進出せざるを得なくなったのがヒトだといわれています。サバンナで生きるために、ヒトは肉食を行い、協力行動をとるように進化しました。

森で生きるチンパンジーは果物をよく食べるのですが、サバンナには果物が少ないため、ヒトはライオンやハイエナなどの獲物を横取りすることを学びました。これらの獣より身体的に弱いヒトは、協力して獣の獲物を横取りするようになり、そのうち獣を狩るようになったと推測できます。これが協力行動の進化シナリオです。

また、協力の必要性が、言語能力の進化を促しました。
「ヒトの言語進化」は、私が特に力を入れている研究分野です。私は、ヒトの協力行動と言語の進化には、2つの能力が大きく関わっていると考えています。

1つは、自分の意図と相手の意図を相互に理解して共有する「意図共有」の能力です。意図共有ができるようになったことで、例えば藪の方向に獣を追い詰める役と藪のなかに隠れて狩る役に分かれて、集団で大型獣を仕留めるといった協力行動をとれるようになりました。

実はチンパンジーも集団で狩りをするのですが、そこには「Iモード」しかないといわれています。よく見ると、個体がバラバラに行動しているのです。「We」の意識をもって協力するのはヒトだけで、そこには意図共有の力が働いています。この意図共有の力が基盤となり、ヒトの言語能力が進化したと考えられます。

もう1つは「階層性」で、階層構造を認識して扱う能力、つまり文法の理解力が備わったおかげで、ヒトは有限の単語から無限の意味をもつ文章を作り出す力を得たのです。

皆が地位の高い大人をマネした結果少子化が起きている

―― 最近の社会的な変化なども、行動進化の観点から説明できるのでしょうか?

生物進化は何世代もかかって起こるものですから、一世代・二世代の間に起こる社会的変化と関係づけることはできません。ただ、「文化進化学」の観点から語ることなら可能です。文化進化学とは、文化の発展・変化を進化的に考える学問で、最近盛り上がりつつあります。

例えば、文化進化学の観点で「少子化」を考えてみましょう。生物学的には、子どもを生み育てるのが生物の大目的ですから、少子化はおかしな現象です。しかし、ヒトは「モノマネをする性質」を強くもっており、これが少子化を引き起こしたと考えることができます。

伝統的な社会では、ヒトは親から強い影響を受けましたが、近代以降は親以外から影響を受ける機会が増えました。特に、社会的地位の高いヒトの影響度がどんどん強くなりました。ヒトには、社会的地位の高い個体をマネしやすい性質があるといわれています。近代以降の子どもたちは、地位の高い大人をマネして、自分の地位を高めようとするようになったのです。

しかし現代では、社会的地位が高いヒトは、子どもが少ない傾向にあります。このため、結婚・出産を遅らせてでも、地位を高めようとする価値観が普及し、出生率が下がる一因となります。文化進化的に見れば、地位の高い大人をマネして学歴を高めるヒトが増えたことで、少子化が起きていると解釈することができます。このようにしてヒトが少子化を促進するような文化を形成すると、今度は形成した文化に合わせるということが起こり ます。生物進化の例でいえば、ビーバーは川をせき止めてダムを作り、ダムのなかで暮らします。そのためにビーバーは、深い水のなかで生きやすい体の構造をしています。もしダムを作らなければ、そうなってはいなかったかもしれません。ヒトの場合も文化が自分たちの身を守るダムとして機能する一方で、ダムのなかでの生活に適応するために、子孫を減らす結果につながっていると考えられるのです。皮肉で興味深い現象だと思います。

―― 文化進化を研究されている立場から、今の時代の私たちに何かアドバイスはありますか?

これは少々難しいことですが、「社会的地位の高い人をマネすれば幸せになれる」という思考を見直す習慣をつけるとよいのではないでしょうか。

というのは、ヒトはどうしても自分の幸せを周囲と比較する傾向があるからです。この比較傾向が、モノマネをする性質に拍車をかけています。実際、変動する環境では、周囲に合わせて行動するのが有利な戦略になるという指摘もあります。

しかし本当は、マネをすれば幸せになれるとは限りません。幸せの基準は一人ひとり異なるからです。だからこそ、誰かをマネしたいと思ったら、それで本当によいのか、自分は幸せになれるのかを考える習慣をつけた方がよいと思うのです。その習慣をもつヒトが増えたら、少子化も自然と解決するのかもしれません。

【text:米川青馬】


※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.56 展望「数理モデルで進化の謎を解く」より転載・一部修正したものである。
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※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。

PROFILE
井原 泰雄(いはら やすお)氏
東京大学大学院 理学系研究科 生物科学専攻 講師

東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。専門は進化人類学・集団生物学。研究テーマは人類の行動進化に関する数理生物学的研究。主に数理モデル解析と計算機シミュレーションを用いて、初期人類の社会進化、ホモ属の認知進化、現生人類の文化進化のそれぞれについて、理解を深めようとしている。

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