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インタビュー

リクルートワークス研究所 辰巳 哲子氏

アウトプットありき学びのサイクルがそこから動き出す

  • 公開日:2019/09/20
  • 更新日:2024/03/22
アウトプットありき学びのサイクルがそこから動き出す

正解と思っていたものが急に変化したり、人や国によって違っていたりする時代の学びをどのように考えたらよいのだろうか。『「創造する」大人の学びモデル』(2019年3月)を発行するなど、これからの学びモデルを探求・発信しているリクルートワークス研究所 主任研究員 辰巳哲子氏に、「アウトプット型学び」について聞いた。

7割が日常的な学び行動をしている
「学び」概念の変質 使うことを想定した学び方へ
学びはアウトプットのプロセスに埋め込まれる
管理職に求められる個人のアウトプット機会の創出

7割が日常的な学び行動をしている

「社会人は学んでいない」といわれます。そして、それを裏付けるデータもあります。同じ2018年に、ほぼ同じ社会人を対象に実施された3つの調査から興味深い事実が分かりました。

「自己啓発を行ったか」という厚生労働省の調査に対し、「はい」と答えた人(正社員)は42.9%、「仕事に関わる自己学習を実施したか」というリクルートワークス研究所の調査に対し、同じく「はい」と答えた人は33.0%でした。それに対し、リクルートキャリアとリクルートワークス研究所の共同調査で「学び行動の有無」を聞いたところ、「ある」と答えた人が70.7%もいたのです。この差は、いったいどこにあるのでしょうか。

自己啓発とは、「職業能力を自発的に開発し、向上させるための活動」と定義されています。一方の自己学習とは、「本を読む、詳しい人に話を聞く、自分で勉強する、講座を受講する」といった行為を指します。どちらも、旧来型の“お勉強”をイメージさせます。それに対し、われわれは、学び行動をより日常的なものとして「新たに知識を身に付ける行為」として尋ねてみました。その結果、学び行動を「実施した」と回答する人の割合が前二者をはるかに上回っていたのです。「学んでいる」と回答した人に学びの目的を尋ねたところ、日常の仕事に関連する学びが多いのは、医療技術者や建築・土木・測量技術者など、仕事において日常的な知識の更新が必要とされる職種であることも分かりました。

学び行動の内訳は、平均すると、「今の仕事に関するもの」が4割、「今後の仕事に関するもの」が2割、「仕事に関連しないもの」が4割であることも分かりました。つまり、過半数の人が日常生活のなかで何らかの学び行動をしているということで、冒頭のように“勉強”をしていないからといって「学んでいない」わけではないのです。

「学び」概念の変質 使うことを想定した学び方へ

次に「学んでいる」と回答した人の学びについて詳しく分析した結果、「学んだことを役立てる機会がある」「学ぶことは楽しい」「学んでよかったと思ったことがある」という項目において、「学んでいない」人よりもスコアが高いことが示されました。つまり、社会人の場合は、学んだことを使う場面が設定されている人の方が日常的な学びが促進されている様子が明らかになりました。

近年、テクノロジーの進化も追い風となって、こうした「使う場面」を想定した学び方を行う海外の企業や学校も増えてきています。シリコンバレーの企業が教科書を使わずに「学び方」を教え、インターンシップで働きながら知識を更新するというホルバートンスクールや、社会課題を知ることから実践的な学習をスタートさせて解決に必要な方法を学ぶミネルバ大学のような大学もあります。このように、以前はいつか使うための「貯蓄型」の学びでしたが、最近は「使いながら学ぶ」、もしくは「使う場面を設定した上で学ぶ」といった実践型の学びへと変化してきています。

このような「使う場面」を想定した学びというのは、何も企業や大学に限ったことではありません。大学生や若手社会人といった個人の学び方も変化してきています。彼らはテクノロジーを駆使しながら、学ぶ内容に合わせて自分に合った学び方を選んでいます。

大学生に、「自分ならではの学び方を教えてください」と尋ねたところ、「気になる話題があったらSNSで検索して多様な意見を読み、自分の意見の偏りを修正する」「他の人に教えてあげる。それで自分の理解も深まる」「テスト勉強は、友達とお互いに理解したことを話しながらやっている」「できるだけ自分とは違う国籍、分野、年齢層の人と話すようにしている」「SNSで詳しい人に尋ねる」「部活でより速く走れるようになるために、ライバルのデータと自分のデータを細部まで比較する」といった回答がありました。同じ質問を35歳以上の人にしても、「本を読む」「勉強会に参加する」「新聞を読む」など、学習方法が固定されてしまっていることが分かります。これまでの暗記型=インプット型の学習観を捨てない限り、新たなタイプの学び方を取り入れるのは難しいようです。

学びはアウトプットのプロセスに埋め込まれる

伝統的な学びは、決められた日程で、研修や勉強会といった場に「正解」をもった講師がいて、その正解を模範解答としてインプットすることでした。しかし、「正解」と思っていたものが急に変化したり、人や国によって違っていたりする時代の学びは、自分の疑問や気づき、考えを発信しながら他者と一緒に考え、新たな考えを創造することになります。これが、自ら発信したことが起点となる「アウトプット型学びサイクル」です。

アウトプット型学びサイクルは、まずアウトプット(=発信)があり、その後、他者からのフィードバックを受けながら、自分の知識体系を再編集し、新たな知恵を創造します。発信があるからこそ、周囲からも意見をもらいやすくなります。他者の存在を前提にした学びプロセスのため、学習プロセスが周囲から見えやすく、介入しやすいのが特徴です。そこでは、「アウトプット(=発信)起点の学び」「多様な他者からの学び」「フィードバック」が重視されます。

企業の人材開発部門の方と「アウトプット型の学び」について話すと、「職種も違うなかで、全従業員がアウトプットできるわけではない」と言われることがあります。ここで「アウトプット」といっているのは、「完璧な状態で仕事の成果を出す」ということではありません。むしろ作り込んでしまうのではなく、他者からのフィードバックの余白を残しつつ、自分の考えを発信することが、アウトプットの入り口になるのです。

リクルートワークス研究所では、2017年に学習テクノロジーの専門家の方々にインタビューを行いました。そのときに専門家たちが共通して述べていたのは、「学んでいる人の周囲には必ず『人』がいる」ということでした。ここでいう「人」とは、同じ目的をもって学ぶ仲間や個人のアウトプットに対して適切なフィードバックをくれる存在のことを指しています。学び続けるためには、良質なフィードバックが得られる場に身を置くこと、フィードバックから自分の考えを柔軟に変えられることが大切なのです。

管理職に求められる個人のアウトプット機会の創出

これまでの学びとこれからの学びを、4つの観点からまとめてみましょう。

まず、これまでの学びは正解を理解し、覚え込むインプットを行うことでした。テクノロジーの進化によってインプットが効率化するなか、これからの学びはアウトプット重視になります。「この部分がよく分からない」という疑問や、「ここはこう考えた方がいい」という個人の発信から学びが始まります。

第2に、これまでの学びは学んだことをいつか使うためのものでした。学びと使う場面の間に時間差があったわけです。それに対して、これからの学びは目の前の課題を解決するための手段となります。あるいは、解決しながら学ぶのです。

第3に、学びのスタイルが異なります。これまでの学びは1人でやるものが中心でした。教室で学ぶ際も、講師から正解を教えてもらう、という意味では1人で学ぶものだといえます。1人での学びがなくなるわけではありませんが、これからは、他者の意見を受け入れながら、より良いものを作り上げていく共創型の学びがより重要になります。

最後は、手段です。これまでの学びは、本や資料などのテキストが存在していました。そこに、理解すべき正解が記されていたからです。これからは違います。新たなイノベーションを起こすなど、正解のない問いを考えるには、他者との対話が鍵となります。

企業の人材育成においても、「知っている人から知らない人に知識をどう伝えるか」ではなく、「個人のアウトプット機会をどう増やすか」が重要になります。

個人がアウトプットの場面を作れないときに、学びの鍵を握るのは管理職です。例えば、企画会議があったとします。「準備不足だからまだ発表できません」と言うメンバーがいたとしたら、「完璧でなくてもいいから、まずはテーブルに載せてみよう」と言えるかどうか。あるいは、完璧ではないアイディアでも、メンバーが口にできるような心理的安全性をどう作るか、ということです。

「バッターボックスを増やす」という意味では、発表会などがある場合、リーダーばかりではなく、サブやそのサブくらいのメンバーにもプレゼン役を割り振りながら、より良いものにするために、積極的なフィードバックをしていくとよいでしょう。

アウトプット型の学びは、すぐにでも始めることができます。管理職や人事部は、従業員に対して「資格の取得」「e-Learningの受講数」といったインプットのプロセスだけを求めるのではなく、「学んだ結果をどう使うか」ということを重視し、周囲からのフィードバックが得られるようなアウトプットの場を設計してみてはいかがでしょうか。学習プロセスの設計を個人に委ねることで、主体的な学び行動の促進が可能になります。

【text :荻野進介】

※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.55 特集1「職場の学びはどう変わるか」より抜粋・一部修正したものです。
本特集の関連記事や、RMS Messageのバックナンバーはこちら

※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。

PROFILE
辰巳 哲子(たつみ さとこ)氏
リクルートワークス研究所 主任研究員

リクルート入社後、組織人事のコンサルティングに携わった後、社会人向けのキャリア研修の開発を行う。2003年4月より現職。全国の自治体や学校と共同研究を行い、文部科学省や経済産業省にて委員を務める。筑波大学大学院人間総合科学研究科修了。働くことと学ぶことの接続を探究している。『社会リーダーの創造』『社会人の「学習意欲」を高める』『「創造する」大人の学びモデル』を発行(いずれもリクルートワークス研究所HPよりダウンロード可能)。

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