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インタビュー

経済産業省 経済産業政策局 能村 幸輝氏

学びの場は社外にあり 鍵を握るのはリフレクション

  • 公開日:2019/09/13
  • 更新日:2024/03/22
学びの場は社外にあり 鍵を握るのはリフレクション

民間の経済活力の向上を図るのが経済産業省だ。企業の競争優位を担保するものが、モノ・カネ・ヒトのうち、ヒトに急速に移行するなか、同省にとっても、ヒト、つまり産業人材のあり方がますます重要になる。その力をどうやって伸ばすべきか。政府が推進する産業人材の新たな学びの視点から、人材政策の責任者である能村 幸輝氏にお話を伺った。

デジタル化の進展による労働市場の二極化
スキルシフトをどう実現するか
「1人で学ぶ」だけでなく「チームで学ぶ」ことが重要

デジタル化の進展による労働市場の二極化

企業および個人をとりまく環境は大きく変化しています。キーワードが3つあります。

まずはグローバル化です。国内だけではなく、世界を視野に入れた戦略や働き方がますます求められます。

2番目はデジタル化です。企業本体の活動は言うに及ばず、AIやロボティクスの進展によって、個人の仕事が代替されたり、職務内容や必要なスキルが非連続的に変化したりするようになってきました。

最後は少子高齢化です。若年人口が減り、シニア人口が増加しています。さらには平均寿命の伸長によって、「人生100年時代」が到来し、長期のライフプランをもとに、個人がより明確なキャリア意識をもつことが求められる時代となってきました。

このうち、産業人材のあり方に真っ先に影響するのがデジタル化の進展で、それによって労働市場が明らかに二極化しつつあります。

具体的にいいますと、ここ30年余りの間に、サービス、警備、清掃といったスキルの習得が比較的容易な仕事と、それとは対照的な、技術職、専門職といった高度なスキルを要する仕事の割合は増えている一方で、製造職、事務職、販売職といった、両者の中間のスキルレベルにあたる仕事の割合が減少しているのです。これはデジタル化の影響でしょう。AIやロボティクスの発達は目覚ましく、今後もこの傾向が加速していくことが予想されます。

スキルシフトをどう実現するか

日米で行われた同様の調査で、両国は同様の傾向を示しています。日本の場合、事務職の減少が、アメリカと比べて少ないのですが、銀行が新卒採用(多くは事務職)の抑制を始めたように、今後はその流れが日本全体で加速していくでしょう。

一方で、日本は専門職や技術職の割合はアメリカほど高まっていません。経済の高付加価値化を進めるには、こうした高スキルの人材を多く揃えることが鍵を握ります。つまり、中スキルの人材を、いかに高スキルの人材に転換させていくのか、ということが、国全体として非常に重要なテーマとなってきます。

こうした例にとどまらず、学びは学校だけ、社会は仕事をするところ、という図式も変わるでしょう。つまり、今後の産業人材に求められるのは、「学び続けること」だと考えています。

学び続けるには、自分は何ができて、何ができないのかを、きちんと振り返っておく必要があります。これまで携わってきた仕事や身に付けたスキルを書き出し、整理してみる。いわゆる、キャリアの棚卸しです。ところが、われわれの調査によると、30代から50代の全世代の約7割がこの棚卸しを「したことがない」と回答しています。

これはかなり深刻な状況だと思います。学びの起点となるこの棚卸しの実行を、企業にも個人にも強く訴えたいですね。

この棚卸しはリフレクション(内省)の一種であり、できれば定期的にやるべきでしょう。一つひとつの経験をフローとしてではなく、ストックとして捉えられ、その上に次の学びを積み重ねていくことができるからです。

学びに関するリフレクションはどう行えばいいのか。一番いいのは、キャリアカウンセラーなどに相談することでしょうが、費用の面を含め、ハードルが高いのが現状です。

一方で、最近は上司と部下が定期的に面談する「1on1(ワン・オン・ワン)」を取り入れる企業が増えており、それがリフレクションのいい機会になるのではないか、と私は考えています。

さらに最近の傾向として、学びの場が社内だけでなく社外にも広がってきました。越境学習です。例えば、新興国のNPOなどに人材を送り込み社会課題の解決に従事してもらう、留学ならぬ「留職」プログラムや、大企業の人材をベンチャー企業に出向させる「レンタル移籍」というプログラムをそれぞれ運用する法人が現れています。自社と違う組織風土やスピード感の職場に社員を送り込み、修羅場を経験させるわけです。

こうした越境学習は、自分の属している組織を相対化して捉える絶好の機会になります。まったく異質な体験をした場合、それを元の職場に戻ったときにどう生かすかを考えるはずで、それも一種のリフレクションといえます。

われわれ経産省も、ベンチャーへの出向を実施しており、ちょうど1期生が戻ってきたところです。貴重な経験をその人自身のなかだけで完結させるのはもったいないので、ランチをとりながらの報告会を開催し、組織知として浸透させています。

もう1つ、社外での学びという意味で、われわれが推奨しているのが副業です。

2018年度には人材不足に悩む地方中小企業に、創業志向のある都市部の大企業人材をマッチングさせる取り組みを行ったのですが、成約した109件のうち、副業の形式をとった例が66件を占めました。例えば、製品の市場拡大を課題とする山口県の酒造会社に対し、大手IT企業に勤務する神奈川県の男性が課題解決に向けた業務を自身の「副業」として受託し、成果を上げました。

副業の拡大は政府の成長戦略の一環でもあり、副業に追い風が吹いています。体力的に無理のない範囲で、あるいは本業とのバッティングを避け、必要な場合は会社にきちんと届け出た上で、本業とは違う別の仕事に従事する。それによって収入増だけでなく、定年後のセカンドキャリアが明確になったり、思わぬ人脈が開拓されたり、本業にも役立つフィードバックが得られたりするのです。

「1人で学ぶ」だけでなく「チームで学ぶ」ことが重要

これからの時代、そうやって学び続ける際に重要になってくるのが、チーム単位での学びです。

例えばAIの分野では、バイオやメカトロニクスといった既存の専門分野にAIを掛け合わせることで、新たなビジネスが立ち上がってくる可能性がある。そうなると、専門の異なる人たちが一緒に学ぶ必要があるのです。AIに限らず、ある分野と分野の際(きわ)の部分に新たなビジネスチャンスが隠れている例が増えるでしょうから、1人ではなくチームでの学びが重要になるのです。

また、高齢のシニアが仕事をする場合、1つの仕事を、すべて1人で担当しきれないかもしれません。その場合、シニアがシニアを、あるいはミドルや若手がシニアを助ければ成果を上げることができます。他にも、外国人、派遣社員やフリーランスといった、さまざまな人たちと協働する機会がますます増加するでしょう。必然的に、学びの単位も多様化していきます。

企業が社員の学びを支援する、つまり人材育成を行う場合、雇用のあり方が様変わりしつつあることを考慮する必要があります。従来のそれは新卒一括採用を基軸とし、メンバーが同質的で、しかもほぼ変わらない、囲い込みの世界でしたが、これからは違います。新卒採用はなくならないでしょうが、中途採用が一般的になり、出戻りも珍しいことではなくなります。そうなると、囲い込みの世界とは決別しなければなりません。キャリア意識が明確な人材ほど、それを嫌うからです。

個人と企業の関係も「長期の相互依存的関係」から「緊張感のある対等な関係」に変わります。依存的関係であれば、キャリア形成も企業主導となりますが、対等な関係では個人に移ります。

そのキャリア自律に向けて、多様な学びや経験を提供できる企業こそが、優秀な人材を多数惹きつけ、競争力を保つことができるでしょう。

【text :荻野進介】

※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.55 特集1「政府が推進する産業人材の新たな学び」より抜粋・一部修正したものです。
本特集の関連記事や、RMS Messageのバックナンバーはこちら

※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。

PROFILE
能村 幸輝(のうむら こうき)氏
経済産業省 経済産業政策局 産業人材政策室長

2001年東京大学法学部卒業後、入省。米国UC Berkeley大学ロースクール修士号、Northwestern大学LLM/Kelloggプログラム卒。人材政策・税制担当、原子力被災者支援担当、大臣官房総務課政策企画委員などを経て、2018年より現職。多様な働き方の環境整備、リカレント教育・AI人材育成、HRテクノロジーの普及促進などを担当。

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