武蔵野美術大学 荒川 歩氏 質的研究の心理学、法と心理学
ささいな行動のなかに大切なことが隠れている

人間の行動は、社会的な制度・仕組みに規定される一方で、自分の内側にある気分や習慣などにも大きく影響を受けている。マクロとミクロの両方の視点から人間の行動を研究する荒川歩氏に、詳しい研究内容について伺った。


評議の一部を体験できる「裁判員裁判ゲーム」を開発した

―― 先生は、マクロとミクロの両方の視点から心理学的な研究を行われているそうですが、まずマクロ視点の研究についてお聞かせください。

方向性の違ういくつかの研究をしています。1つは、「法と心理学」「ルールと心理学」というテーマの研究です。これは、心理学の研究成果を何とかして社会に役立てられないかという想いから始めたものです。

以前、私は「裁判員裁判ゲーム」というものを作りました。ご存じのように、日本では2009年から裁判員制度が施行され、今も20歳以上なら、誰もが突然、裁判員に選ばれる可能性があります。しかし、裁判のことをまったく知らない状態で、いきなり評議の場に参加するのは簡単ではありません。そこで私は、評議の一部を体験できる裁判員裁判ゲームを開発しました。

このゲームにおける私の関心の1つは、裁判員(ゲーム参加者)がどのような要因に影響を受けるのか、ということです。例えば、このゲームには、他の裁判員の発言を「褒めるカード」があります。このカードを違う内容のカードに変えることで、裁判員の発言がどう変わるのかといった研究をしていました。

また、この延長線上で、大学では「アナログゲームデザイン」の授業を行ってきました。学生たちにアナログゲームを自ら開発してもらうことで、社会の制度や仕組みがいかに自分たちの行動を規定しているかを実感してもらう授業です。「お歳暮ゲーム」という面白いゲームを作った学生がいました。お歳暮をもらったら、アルバイトをしてでも返さなくてはならないというもので、お歳暮のメカニズムを体感できます。こうしたゲームづくりを通じて、制度・仕組みについて考えてもらっています。

装いの研究などの「質的研究」で自分以外の見方を具体的に理解する

―― 他には、どのような研究をしているのですか?

裁判や法といった大きな制度・仕組みを研究する一方で、私は日常的でささいな行動の研究も行っています。マクロとミクロ。両者は方向性が逆ですが、どちらにも力を入れることでバランスをとっています。

日常的な行動は、「質的研究」で調べます。質的研究とは、アンケートと統計学で調査する「量的研究」とは逆に、フィールドワーク・参与観察(場に入り込んで観察すること)・生活史調査などによって、社会や生活のあり方を研究する手法です。質的研究のメリットは、「自分以外の見方を具体的に理解できる」ことです。誰かの語りや一挙手一投足に寄り添うことで、自分の思い込みや見方から離れ、その人の視点で世界を眺められるのです。

私は、質的研究を「身ぶりの研究」から始めました。「どういうときに人を指差すか研究」では、指を差すシーンをいくつも集めました。そこから分かったのは、指差しは主語を省略して、曖昧にするときに便利だということです。例えば、大学でちょっと仲良くなった程度の友だちに対して、「●●くん」と呼びかけるのはよそよそしいし、いきなり下の名前で呼ぶのはなれなれしい、と思ったとき、指を差して「ご飯行く?」と言えば、関係を曖昧にしたまま付き合いを続けることができます。私たちはこうやって指差しを上手に活用しています。

「いつ時計を見るか研究」で興味深かったのは、私たちは時間だけでなく、日付について考えるときにも、思わず時計を見るケースが多いことです。「いつ手のひらに数字を書くのか研究」もやりました。私たちが無意識に手のひらや空間に文字を書く「空書」の多くは、実は数字です。数字を実感したいとき、例えば3億の大きさを知りたいとき、私たちは手のひらにゼロを並べて空書することがあります。3億の大きさが、直感的には分からないからです。時に空書が必要になるほど、数字は言葉と実感がかけ離れているのです。

最近は、「装いの研究」を進めています。なぜ装いに興味があるかといえば、ファッションが「誰でもいつでも参入でき、いろんなことを試すことができ、何かしらの充実感を得て、次の何かに移っていけること」だからです。私はこうしたことを総称して、「充実仕事」と呼んでいます。振り返ったとき、「なぜあんなに夢中だったのだろう」と思うのが、充実仕事の特徴です。音楽、携帯電話、ダイエットなど、さまざまなものが充実仕事になり得ますが、ファッションが最たるものだと思います。

―― 研究名が特徴的ですが、それはなぜなのですか?

それは、質的研究では「名づける=概念化する」ことが極めて重要だからです。量的研究では概念化できないようなものを概念化して扱えることが、質的研究の魅力・メリットの1つなのです。

しかし、良い名前をつけるのは決して簡単ではありません。私はよく学生に「良い概念を作るには、3回裏切られる必要がある」と言っています。自分の思い込みを少なくとも3回離れなければ、良い概念にたどり着けないのです。言い換えれば、思い込みから十分に離れられたとき、私たちは初めて良い名づけができるのです。

私たちは日常的でささいな行動の集合体なのではないか

―― ミクロ視点の研究のなかでも、身ぶりや装いなど、身近なものに興味をもっているのはなぜですか?

端的に言えば、「ささいな行動のなかに、大切なことが隠れている」と思うからです。例えば私たちは、トイレに行く、テレビを見る、コンビニエンスストアに入る、毎週同じ雑誌を買う、といったちょっとした行動によって、あるいは先ほど触れた充実仕事によって、気分を変えたり、日々をやり過ごしたりしています。引っ越しなどで、突然行きつけのコンビニに行けなくなるなどしたとき、私たちは辛くなることがあります。そうした行動が、実は私たちの心理や思考に大きく影響しているからです。もっと言えば、私たち人間はある意味で、普段のささいな行動の集合体なのではないかと私は考えています。

私たちは、合理的に判断したり、目的意識をもって行動したりする一方で、多くの時間を日常的だけれども欠かすことのできない行動に費やしています。そういったささいな行動を研究することから見えてくることも多いと思うのです。

【text:米川青馬】


※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.54 展望「ささいな行動のなかに大切なことが隠れている」より転載・一部修正したものである。
RMS Messageのバックナンバーはこちら

※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。

PROFILE
荒川 歩(あらかわ あゆむ)氏
武蔵野美術大学 造形構想学部 教授

同志社大学大学院文学研究科博士課程後期課程修了。研究テーマは法と心理学、心理学史・心理学論、コミュニケーションと媒介物。主な共編著書に『「裁判員」の形成、その心理学的解明』(Ratik)、『考えるための心理学』(武蔵野美術大学出版局)、『心理学のポイント・シリーズ心理学史』(学文社)、『〈境界〉の今を生きる――身体から世界空間へ・若手一五人の視点』(東信堂)など。

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