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インタビュー

経営者が語る人と組織の戦略と持論

日本特殊陶業株式会社 代表取締役会長 尾堂真一氏

  • 公開日:2019/05/20
  • 更新日:2024/03/22
日本特殊陶業株式会社代表取締役会長 尾堂真一氏

名古屋の老舗メーカー、日本特殊陶業。自動車部品である同社の点火プラグは世界一のシェアをもつが、電気自動車などの台頭によって、市場が急速に萎む可能性があり、大きな事業転換を求められている。創立以来、半世紀ぶりに50代で社長に就任したのが尾堂真一氏だ。海外での豊富な経験をもとに、変革の先頭に立つ。

転機となった経験
アメリカで痛感した女性活躍の重要性 社長になりプロジェクトを立ち上げる
グローバルリーダーの育成とシニア社員の活性化策
一本足打法からの脱却 直感に長けた人財の拡充を

転機となった経験

自身、転機となったのが、2005年、アメリカの子会社の社長を命じられたときだった。子会社の社長はオーストラリアに次いで2社目だ。

ただし、とんでもない仕事を命じられた。現地のアメリカ人トップの解雇である。尾堂氏が説明する。「当時、行きすぎた現地化が進み、本社の意向を無視して現地法人が暴走する動きが生じていたのです。そうした荒療治が必要なことは私も認識していましたが、問題は方法でした」

現地の日本人スタッフや弁護士は、顔を合わせるとややこしくなるからと、内容証明書つきの解雇通知書を郵送した上で裁判で争うやり方を勧めた。だが、尾堂氏はどうしても首を縦に振れなかった。「実は、彼とは旧知の間柄でした。それなのに、そんなやり方でいいのだろうか。人間としてどうか。僕の流儀に合わないと思ったんです」

弁護士に相談した上で、「絶対、口にしてはいけない言葉のリスト」をもらい、その彼と会った。「僕にとっても大きな賭けでしたが、結果は吉と出ました。彼も自らの非を感じていたらしく、『よく言ってくれた』と泣きながらも喜んでくれ、穏便に退職してくれたのです。国籍に関係なく、人間と人間が真面目に話をすれば伝わるものは伝わる。苦しくても逃げちゃいけない。自分が本当に腹落ちしたことだけを行動に移さないとリーダーとしては悔いが残る。この3つを学びました」

もう1つ、命じられていた仕事があった。全米で2つあった工場を1つ増やし、計3つにすることだったが、準備を進めるうち、折悪しくリーマンショックが襲う。計画が立ち消えになったばかりか、2つある工場を1つに集約せよ、という新たな指示が本社から来て、リストラを推進した。工場を1つ開設するつもりが、逆に1つ閉鎖することになったのだ。

アメリカで痛感した女性活躍の重要性 社長になりプロジェクトを立ち上げる

その一方で、海外で仕事をすると貴重な気づきが得られるものだ。具体的には3つあった。

1つ目は、女性の活躍ぶりである。アメリカの自動車会社で仕事のパートナーとなる人たちの半数が女性だったのだ。当時の日本では考えられないことだ。「仕事ができるのはもちろん、物腰は柔らかく人間的にも素晴らしい。夫より優秀で、海外赴任する場合は夫が自分の仕事を辞めて女性についていくという話も聞きました。当社にも大学院を出た女性エンジニアがいましたが、5年ほど働くと寿退社していく。実にもったいないと思いました」

2つ目は、自社の取締役の数の多さである。尾堂氏はアメリカ赴任中の2007年に取締役になった。23名の末席だった。「経営会議のために、毎月、アメリカから本社に出張していましたが、上に22名もの先輩がいますから、発言機会はゼロです。何のための取締役なのか。第一、こんなに数が多かったら、迅速な決断は無理だと思っていました」

3つ目は、人事部への違和感だった。「売り上げの過半を海外で稼いでいたのに、国内向けの施策しかやっていない。海外で長く仕事をしていると、そんな不満が溜まるようになっていました」

2011年に社長に就任すると、早速、改革に着手する。まず取締役の減員に手を打った。2012年に執行役員制を導入し、8名に減らした。「先が見えない時代ですから、少数ですばやく意思決定する。視界不良でも走っていき、壁に突き当たったら修正をかけ、別方向にまた走ろう。スピード重視のこのやり方しかないと思いました」

翌2013年、女性活躍推進を目的とした「DIAMONDプロジェクト」を立ち上げる。DIAMONDとは、Diversification Initiatives Accommodate More Opportunities and New Dimensionsの頭文字をとっており、輝く女性のイメージはもちろん、磨けば輝き、カット次第できらめき方も変化する可能性、多様な利用価値をもつことから、幅広い人財育成をしたいという願いが込められている。

社員意識調査を行い、風土と環境、意識を変えてきた結果、発足当時、女性管理職は3名しかいなかったが、現在は15名にまで増えている。「なかには管理職の発令を拒否する女性がいて、直々に面談もしましたが、意思は変わりませんでした。そうやって出世を望まない女性もいる一方、実力がないのに昇進させてしまい、後でつぶれる人がいるのも事実で、女性の昇進には男性以上に気を使う必要があると思っていたのですが、最近は考えを改めました。男性だっていろいろいるのに、ふさわしいと思えたらまずは昇進させています。それで、つぶれる人もいるでしょう。だったら女性も同じで、気を使わずに昇進させればいいと。現在、女性管理職は管理職全体の1.5%と少ない状態ですが、これを早急に引き上げたい」

グローバルリーダーの育成とシニア社員の活性化策

続く2017年には、人事部とは別に戦略人事部を設置した。そのねらいの1つが、グローバルな視点をもったリーダーの育成である。そのアイディアは、アメリカ赴任時に抱いた人事部への不満から来ているのは言うまでもない。

具体的に立ち上げたのがHAGIプロジェクトだ。山口県萩市にあり、維新の立役者を多数輩出した松下村塾の日特(日本特殊陶業)版たるべし、という想いが名称に込められている。

塾生には外国人もいる。全世界から戦略人事部が候補者を選抜し、尾堂氏を含む経営会議の了承を得た選りすぐりの人財だ。尾堂氏が塾長を務め、リーダーとしての心構え-自らの軸をもつことと、その軸をもとに確実な成果を積み上げていくことの大切さなどを英語で説く。さらには、5年後、10年後の会社のあるべき姿を互いに議論させる。こちらも英語でだ。「海外売り上げ比率は8割を超えました。グループ内の外国人社員も4割になろうとしています。最初は通訳をつけることも考えたのですが、そうした組織を率いる人財には、英語で最低限のコミュニケーションができる力が不可欠だと思ったからです」

その他に戦略人事部が主宰する、人財委員会という会議が毎月1回行われている。メンバーは尾堂氏も含む社内取締役と戦略人事部長である。「国内、海外含めた重要ポストを洗い出し、そこに誰を起用するのかを議論します。長時間やっても意味がないので、1時間だけです。僕らの時代は海外赴任も半ば巡り合わせで決まりましたが、それではいけないと。それこそ、育成の意味も兼ねて、戦略的な人事異動を行うようにしています。ここ数年以内に、そうやって育成した社員のなかから初の外国人執行役員を抜擢したいと思っています」

また、この会議では、10名程度のシニア社員のスキルや経歴を見極め、より最適な職場について議論もしている。

そして、もう1つ、昨年から戦略人事部が取り組んでいることがある。50代後半から60代の社員を対象にした「プラチナプロジェクト」だ。「定年間近であっても、向上心のある人財により一層、活躍してもらう。そのためには、各自を正当に評価し、適材適所を実現していく。女性、経営リーダー、そしてこのシニアに関しても、フェアな人事を実現したい。年功序列はもってのほか、やる気溢れる優秀な人にはふさわしい仕事を与え、その成果に応じて処遇したいのです」

ただ、シニアに関しては、最近取り沙汰される定年延長には懐疑的だ。「当社の定年は60歳です。65歳まで延長する企業が増えていますが、その流れには乗りたくない。定年を超えても会社で必要とされる人財は手厚く処遇し、そうでないけれど、65歳までは頑張りたいという社員にはそれなりの処遇を行う。これができるのが60歳定年制の良いところだと思います」

一本足打法からの脱却 直感に長けた人財の拡充を

今後を見据えると、自動車関連事業に頼る“一本足打法”からの脱却が日本特殊陶業の大きな経営課題になっている。

セラミック技術というコア資産を保持、発展させつつ、次世代自動車、環境・エネルギー分野と医療分野を次の新たな柱と見なし、M&Aや他社との提携にも積極的に取り組んでいく心構えだ。

2009年からスタートし、今や7期目となっているのが「DNAプロジェクト」である。DNAとはDynamic New Approachの略で、全社横断の新規事業提案活動である。社長就任後、尾堂氏がメンバーを公募制に変えた。「安全策に走り、思い切った案を考える人が少ないのが悩みです。論理的思考に長けた人財は多いのですが、直感で勝負する異能人財が少ないからではないかと思っています。事業転換となると、過去の常識が使えなくなりますから直感がますます重要になる。うちの社員は東海地区出身者が8割を占め、良くも悪くもモノカルチャーなんです。必要な異能人財は中途でもっと採用していくべきなのでしょう」

グローバル、フェア、スピードといった言葉がポンポン飛び出す尾堂氏だが、座右の銘を尋ねると「真実一路」という意外な言葉が返ってきた。「山本有三の同名の小説からとったもので、どんな不幸な目に遭おうが、信じた道を突き進んでいく青年の物語です。失敗を恐れず、愚直なチャレンジを繰り返す。私自身がそういう生き方をしてきたと思っているんですよ」

【text:荻野進介】

※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.53 連載「Message from TOP 経営者が語る人と組織の戦略と持論」より転載・一部修正したものである。
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※記事の内容および所属等は本ページ掲載時点のものとなります。

PROFILE
尾堂 真一(おどう しんいち)氏
日本特殊陶業株式会社 代表取締役会長

1954年鹿児島県生まれ。1977年大学卒業後、日本特殊陶業に入社。海外勤務を希望し入社するも10年間実現せず、1987年にドイツの販売法人勤務。1996年にオーストラリアNGKスパークプラグ社長。2003年本社、自動車関連事業本部営業本部海外市販部長。2005年米国特殊陶業社長。2007年本社取締役就任。2010年常務取締役。2011年に社長に就任し、現在に至る。

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