東京大学大学院 稲水伸行氏 職場環境・風土との相互作用でクリエイティブな組織づくりの打ち手は変わる

イノベーションを促進するために、クリエイティブな人材を採用したいという企業は多い。だが、東京大学大学院経済学研究科の稲水伸行准教授は、「人材がクリエイティビティを発揮するかどうかは職場環境との相互作用で決まる」と指摘する。クリエイティブな人材を生かすイノベーティブな組織についてお話を伺った。


組織のクリエイティビティを左右する多種多様な要素

イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校のグレッグ・オールダム教授は、クリエイティビティを「組織にとって新規で、潜在的に有用な製品、実践、サービスまたは手順に関するアイディアを開発すること」と定義しています。クリエイティビティはパーソナリティ(個人特性)と結びつけて論じられることが多く、組織のクリエイティビティを高めたい場合、クリエイティブな人を採用することが解の1つになるでしょう。ただし、最近の経営学における知見では、個人がクリエイティビティを発揮するか否かは職場環境や風土とも関係性があり、ことはそう単純ではないことが分かってきました。

職場環境とクリエイティビティの関係を論じる際、よく使われている評価尺度に、ハーバード・ビジネススクールのテレサ・アマビール教授が1990年代に開発した「KEYS」があります。具体的には「自由(自分の仕事やアイディアについて当事者意識があり、コントロールできているという感覚をもつこと)」「挑戦的仕事」「上司による奨励(良い仕事モデルとなり、適切な目標設定などをしている)」「仕事グループからの奨励(多様なスキルをもったメンバーが集い、互いにオープンにアイディアをやり取りするなど)」「組織的奨励(アイディアに対する公平で建設的な評価など)」「組織的妨害(組織内の対立や保守主義)」「十分な資源」「仕事負荷のプレッシャー」という8つの次元で、組織のクリエイティビティを評価します。この尺度を使い、2017年2月に日本のビジネスパーソン約3000人を調査したところ、いくつかの興味深い発見がありました。

1つは、クリエイティビティが低い人でも職場環境を整えることで、ある程度まではクリエイティビティを高められるという点。ただし、もともとクリエイティビティの高い個人の場合、極端に自由で自律的な環境を好む傾向があり、ふつうに職場環境を整えたくらいでは効果はありません。2つ目は、だからといってクリエイティビティの高い人たちに合わせて極端な環境づくりをしてしまうと、今度はもともとクリエイティビティを発揮しにくい人の居心地が悪くなってしまうという点。組織全体のクリエイティビティを高めたい場合、構成員がもつパーソナリティと職場環境・風土との相互作用をよく見て取りかからないといけない、ということが分かったのです。

フェーズによっても打ち手は変わる

職場とクリエイティビティとの関係性を探る上で注目したいもう1つの要素は、「プレッシャー」です。チームメンバーにクリエイティビティを発揮してほしくて、リーダーが「何かいいアイディアを出してくれ」と鼓舞する場面があるかと思います。じつはこれも要注意で、クリエイティビティとプレッシャーの関係性を調べた研究では、負の相関があるというデータが多く報告されています。

プレッシャーを与えた場合、それを意気に感じてやる気が出る人もいれば、圧力だと受け止め、縮こまってしまう人もいます。そもそも、同じ人物でも、クリエイティビティには日によって波があるものです。日誌をベースに分析したある研究では、人は仕事の進捗が感じられるときにモチベーションが上がるなどポジティブな感情変化が起こり、それがクリエイティビティを発揮することにつながるとも指摘されています。

クリエイティビティを発揮するといっても、実際にはいくつかの段階に分かれています。古くから、創造性は準備、孵化、ひらめき、検証という段階を経て発揮されるといわれてきました。先ほど、プレッシャーはクリエイティビティを妨げる要素にもなると言いましたが、それはあくまで、内発的に動機づけられている「ひらめき」までの段階。ひらめいたアイディアを、ある程度の言葉や形にして伝えたり、検証したりするフェーズではむしろ、適度なプレッシャーがあった方がクリエイティビティを発揮しやすくなります。

じつは、クリエイティブな作業で最も負荷がかかるのは、アイディアを出してから最初のプロトタイプをひねりだすまでの期間です。ソフトウエアの開発者たちが集まり、短期間に集中的に作業をする「ハッカソン」などは、この点で意味があります。業務時間の20%を好きなことに使っていいという「20%ルール」も、じつは1日のうちの20%を細かく積み上げてもクリエイティビティに影響はなく、集中してプロジェクトに取り組む期間と冷却期間を交互に設けるなどし、年間を通じた20%を好きなことに使えるなどメリハリをつけて運用するといいでしょう。

イノベーションに必要なアイディアと遂行力

そもそも、企業がクリエイティビティを求めるのはなぜか。それはイノベーションを促し、売上や利益を伸ばしたいからでしょう。この点で考慮したいのは、「クリエイティブな人」と「イノベーションを遂行できる人」は違うという点です。クリエイティブな人に求められるのはアイディアですが、イノベーションを遂行するには、アイディアを具体的な製品やサービスにするための人的ネットワークや社内政治力も必要になってきます。イノベーションを促すことが目的だとすれば、クリエイティブとイノベーティブ、2つのタイプの人材を意識しながらチームを編成し、フェーズごとに主たる役割をバトンタッチしていくなどの工夫が必要です。

ところで、まれにクリエイティブとイノベーティブの両方のパーソナリティを1人で兼ね備えていることもあります。そのような人材を早期に発掘して育成する仕組みの1つが、トヨタ自動車の主査制度でしょう。詳しくは、酒井崇男さんが書かれた『「タレント」の時代:世界で勝ち続ける企業の人材戦略論』(講談社現代新書)を読んでいただきたいのですが、ここでは主査制度に関する部分の要点のみを、かいつまんで説明します。

トヨタにはカローラやセルシオといった製品ごとに、そのすべてに責任をもつ主査がいます。人事的な等級は部長クラスですが、製品に関しては社長と同等の権限をもち、必要とあればトップにも会いに行く。トヨタといえば、多くの人は「トヨタ生産方式」を思い浮かべますが、じつは、AppleやGoogleなど欧米のスタートアップ企業が参考にしたのは主査制度の方でした。

「設計情報の質」に関して主査はすべての責任を負い、それだけの権限も与えられています。最終的に出来上がるものがモノでもソフトウエアでも、多種多様なアイディアを統合する段階では個々のアイディアを理解し、場合によっては強権発動もできるほど強力なパワーをもったリーダーが必要なのです。

オープンかクローズドかはタイミングも重要

クリエイティブな人材はある意味、自分勝手で独善的な側面もあるなど、扱いにくいことも多いものです。したがって、クリエイティブな人ばかりを集めた組織が機能するとは限りません。複数のアイディアを統合していく過程では、ファシリテーションやまとめ役となる人も必要です。

近年、オープンイノベーションを試みる企業も多いですが、これに関しては、いつ、誰が、どのタイミングで集まるのか、という点が肝心です。共有すべきものが何もないまま、ただ多様な参加者が集まって「議論しましょう」と言っても、何も生まれてはこないでしょう。核となるアイディアや技術をもつ者同士がつながって初めて、オープンに議論をする意味が出てきます。

オープンかクローズドかというのは、フェーズに応じて使い分けるべきものでもあります。じつは、この考え方をオフィスの空間づくりに応用したのが「アクティビティ・ベース・オフィス」。1人でこもって仕事をしたり、チームメンバーと「ワイガヤ」しながら会議ができたり、リビングのようにくつろげる場所を作ったりと多様な空間が設けられ、アクティビティに応じて、個人が自由に移動しながら仕事ができる環境が整っているほど、創造性を発揮しやすくなります。クリエイティブな組織づくりには、このような空間も含めた職場環境・風土との関係性を見ながら進めていく必要があるでしょう。


【text:曲沼美恵】

※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.53 特集1「オープン・イノベーションを成功させる組織のあり方」より抜粋・一部修正したものです。
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※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。

PROFILE
稲水 伸行(いなみず のぶゆき)氏
東京大学 大学院経済学研究科 准教授

東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。経済学博士。東京大学ものづくり経営研究センター特任研究員、筑波大学ビジネスサイエンス系准教授を経て、2016年より現職。著書に『流動化する組織の意思決定』(東京大学出版会)など。

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