東京大学大学院 近藤尚己氏 地域のつながりづくりが健康格差を解消する

最近、「健康格差」という言葉が注目されつつある。例えば、所得によって、死亡率やうつにかかる割合などが大きく異なることが分かってきたのだ。
そこで、『健康格差対策の進め方』(医学書院)の著書がある近藤尚己氏に健康格差問題とはどういうもので、どう解消すればよいのかを伺った。


健康格差ができるだけ少ない「健康なまちづくり」を進めたい

―― 近藤先生の研究の専門領域を教えてください。

専門は「社会疫学」です。社会疫学は、統計学を使って病因を探り、まちづくりや社会づくりに生かしていくことを目指しています。特に私が力を入れているのが、「健康格差対策」です。世界には、国・地域・人種・民族・国籍・所得・資産・教育歴・職業・職位といった違いによって、健康格差があることが分かっています。日本にも、学歴・世帯所得・職業などによる健康格差がありますし、都道府県によっても健康寿命が違います。

健康格差は時代によっても変化していて、例えば、私が関わった研究では、1995年あたりまでは、日本の30〜59歳男性のなかで、死亡率・自殺率が一番高いのは肉体労働者を含むその他職種で、2番目が専門職、3番目が管理職でしたが、バブル崩壊後に管理職の死亡率・自殺率が上昇し、2005年以降は、管理職が最も高くなったことが明らかになっています。管理職の割合が減って、マネジメントの難易度や責任範囲が拡大し、管理職のストレスが大きくなったことが、その主な原因と推察しています。

このように社会疫学では、生活や社会の変化が健康に及ぼす影響についてデータを用いた検証を行います。

健康に無関心でも健康づくりができるヘルスプロモーションが必要だ

── 最近はどういった研究を行っているのでしょうか?

健康格差ができるだけ少ない「健康なまちづくり」のための研究を進めています。

いくつかの研究をご紹介すると、1つ目に、「健康無関心層」ともいえる方々に振り向いてもらう方法を考えています。健康づくりの対策で一般的に行われているのが健康に関する「知識の普及啓発」ですが、これには健康格差を広げてしまうリスクがあります。なぜなら、知識を得てより健康になるのは、もともと健康に興味があって、すでに健康な方々であることが多いからです。健康格差を減らすには、知識を広めるだけでなく、健康に気を使うゆとりがない方々にも効果のある施策が必要です。

例えば、私たちは東京都足立区と協力して、足立区の「ベジタベライフ」活動(野菜摂取量の増加と野菜から食べ始める行動の普及を目指す活動)の一環として、地域の協賛飲食店の野菜増しメニューを50円引きするというキャンペーンを展開しました。そうしたところ、普段は野菜増しメニューを頼まないであろう、昼食に最もお金を使わない層が、キャンペーン中は他の層と同じくらい、野菜増しメニューを頼むようになったのです。

こうした施策で重要なのは、理性でなく、感性に訴えることです。例えば、「ついやってしまう」といった私たち人間のクセをうまく活用して、望ましい行動をそっと後押しすることです。最近注目されている、行動経済学研究でノーベル経済学賞を受賞したリチャード・セイラー氏などはこれを「ナッジ」と呼んでいますね。選択の自由を保証しながらも、より良い選択ができるように緩やかに誘導する「リバタリアン・パターナリズム」を提唱しています。この考えは健康格差対策にも応用できると思います。

孤独・孤立を解消することが地域住民の健康寿命を延ばす

── 他にはどのような研究がありますか?

2つ目に、「ソーシャル・キャピタル」を豊かにすることで健康格差を減らせるかどうか、という研究も行っています。ソーシャル・キャピタル(社会関係資本)とは、簡単にいえば、地域内の個人や組織のつながりのこと。実は、地域内のつながりを増やすことで、地域の皆さんの健康に良い影響がある可能性があります。

その背景にあるのは、「孤独・孤立」の問題です。最近の研究では、孤独が私たちの肉体的、精神的健康を損なうことが分かってきています。例えば日本でも、定年退職後の男性が「うつ」になるケースが問題視されていますが、主な理由は地域での孤立と見られます。地域内のつながりを増やし、住民の孤独・孤立を解消することは、健康寿命を延ばす上で大きな効果があると考えています。

ソーシャル・キャピタルづくりの代表例が、今全国に広まりつつある、いきいきサロン・ふれあいサロンなどの「サロン事業」です。私たちの研究では、高齢者がサロンに継続的に参加すると、数年間で要介護になるリスクがほぼ半減するという推計値が得られました。実はサロンも「思わず健康になる」ような仕掛けといえます。というのは、高齢者の方々がサロンに参加する最大の理由は、「楽しいから」「友達と会えるから」で、「健康になれるから」という理由を挙げる人はそれほど多くはないのです。友達と楽しめる場を作り、交流してもらうことが、健康寿命を延ばすのに役立つ可能性があるのです。

データ活用やノウハウの標準化にも力を入れている

── 健康格差解消に向けた効果が期待できそうです。他に気をつけるべきこと、進めていることはありますか?

健康格差対策で気をつけるべきなのは、データの「見える化」です。見える化を進めることで、新たなことが分かってくるケースがあるからです。

例えば、私が共に研究している熊本県御船町では、以前から住民主体のサロン活動などに力を入れてきましたが、それでも要介護認定者割合が近年上昇に転じ、担当者の皆さんは危機感を覚えていました。そこで私たちとの連携のもとデータの「見える化」を進めた結果、中山間地に「閉じこもり」が多いことが判明したのです。元気なお年寄りはサロンで賑やかにしていたのですが、その輪に入れない方々が閉じこもりになっているのではないか、と考えられました。このことを行政職員が住民たちと共有して相談したところ、住民が主体となって「ほたるの学校」という新しい会食つきのサロンができました。何年も地域の集まりに出ていなかった閉じこもりがちな方の参加もあったということです。

さらにもう1つ、こうしたノウハウの標準化にも力を入れています。なぜなら、研究者が伴走できる地域には限りがあるからです。健康格差解消の取り組みを広めるには、ノウハウを標準化し、マニュアルやガイドブックにまとめ、制度化して普及を図るといった必要があります。これまでの知見や経験を生かして誰もが元気でいられるまちづくりの活動を全国に広めたいと考えています。

【text:米川青馬】


※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.52 展望「地域のつながりづくりが健康格差を解消する」より転載・一部修正したものである。
RMS Messageのバックナンバーはこちら


PROFILE
近藤 尚己(こんどう なおき)氏
東京大学大学院 医学系研究科 准教授

2005年山梨医科大学大学院医学系研究科博士課程(医学)修了。ハーバード大学公衆衛生大学院研究フェローなどを経て、2012年に東京大学大学院医学系研究科准教授に就任。著書に『健康格差対策の進め方』(医学書院)、共著に『社会と健康』(東京大学出版会)などがある。

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