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インタビュー

経営者が語る人と組織の戦略と持論

ミニット・アジア・パシフィック株式会社 代表取締役社長 CEO 迫 俊亮氏

  • 公開日:2019/02/08
  • 更新日:2024/03/22
ミニット・アジア・パシフィック株式会社 代表取締役社長 CEO 迫 俊亮氏

百貨店などにテナントとして入り、靴の修理や合鍵の作製を行うミスターミニット。店舗数は世界に約600、そのうち日本に約300ある。なかでも、日本に拠点を持ち、アジア事業を統括するミニット・アジア・パシフィックは数年前まで業績低迷に苦しんでいた。本社と現場の間に溝があり、成功した新サービスは40年間ゼロ。不振を食い止め、成長軌道に乗せた立役者が代表取締役社長CEO 迫俊亮氏だ。どんな“魔法”を使ったのだろうか。

社会問題の解決への志
現場のやる気を引き出す
第一声は「うざいね」
現場からスター社員を作る

社会問題の解決への志

もともと社会学者になりたかった。「貧困や差別といった問題を、個人に働きかけるのではなく、仕組みを作って解決したいと思い、それができるのが社会学者だと思っていました」(迫氏、以下同)

その夢を叶えるべく、渡米して学ぶが、ある日、ふと気づいた。社会学者で世の中を大きく変えた人っているんだっけ?

答えはノーだった。いや、スティーブ・ジョブズしかり、松下幸之助しかり、経営者の方がよほど大きなインパクトを社会に与えているじゃないか。

志望を転換し、友人たちと起業の真似ごとをしてみるが、うまくいかなかった。自分に足りないのは実行力だ。その基礎を一から学ぶつもりで三菱商事の門を叩き、内定を獲得する。大学卒業から入社までには8カ月の猶予があった。「人が足りないから働かないか」という友人の誘いに乗って、インターンシップを経験することにした。バングラデシュで採れるジュートという植物を使ったバッグを日本で販売するマザーハウスという企業だ。

「発展途上国から世界に通用するブランドを作ろう、というのがミッションで、心の底から共感できました。肉体労働から頭脳労働まで、1日20時間、ほぼ休みなしで働く状態が半年続きました」

そこでの高揚感に比べたら、入社後の三菱商事での仕事は味気ないものに感じた。入社半年で辞め、マザーハウスに舞い戻った。

再び、高揚感に包まれる日々。経理や財務、営業、出店交渉と、一通りの仕事を経験して自信をつけ、台湾進出の責任者となった。紆余曲折があったものの、2年間で4店舗を展開させるところまで漕ぎつけた。達成感はもちろんあったが、一方で強烈な焦りも抱えていた。このペースで行ったら、自分たちのビジョンはいつ叶えられるか分からない。結局、自分には経営者としての力が圧倒的に足りないのではないかと。

友人に悩みを打ち明けると、「投資ファンドで働けばいい。投資先で経営者をやれば、経営が実地で学べる」と言って、実際のファンド、ユニゾン・キャピタルも紹介してくれた。

最終面接での「経営がやりたい」という迫氏の言葉に、担当者がこう言った。「昨年、買収したミスターミニットの海外事業の立て直しをやらないか。成果を出したら、経営者の道が開けるかもしれない」

現場のやる気を引き出す

渡りに船と、2013年4月に入社する。うまくいっていない海外とは東南アジアのことだった。10年連続で業績が下がり、現地の責任者が行方不明という状態。すぐ現地に飛んで拠点を回った。「店舗の社員が営業時間中なのに食事をとり、おしゃべりしている。モチベーションが最低だったのです。どんな仕組みになったらやる気が出るのか、各店舗に赴き、徹底的に聞き込みをしました」

分かったのは、人事評価など、日本発の仕組みが複雑すぎて現地の実状に合っていないということだった。「聞き込みの結果、皆が売りやすいと思っている靴用の防水スプレーがありました。利益率も高かったので、会社としても売上増はありがたい。そこで、1個売れるたび、一定の金額が彼らの取り分になる制度を導入すると、やる気がぐっと上向きました。在庫管理も徹底させ、業績は半年で一気に改善しました」

2013年10月、日本に帰国すると、経営企画部長となる。本丸である日本の立て直しを任されたのだ。こちらも10年連続で業績が低下していた。その理由を経営陣に尋ねると、こんな答えが返ってきた。「僕らはきちんとした計画を作っているんだけど、現場がなかなかやらないんだよ。その間をつなぐマネジャーにも反対勢力が多くてね」

逆に現場やマネジャーに理由を聞くと、「経営陣は何も分かっていない。変な計画を押し付けるのは勘弁してほしい」と、互いが互いを非難し合う。「信じられない状態でした。マザーハウスでは役職関係なく、会社を良くするためにはどうしたらいいかを真剣に議論し、そのための方策を試し、駄目なら別のやり方を考え、時には本社の人間が現場に何度も話を聞きに行っていた。でもここでは、現場に行くときも命令を伝えに行くだけでした」

店舗に足繁く通い、小は店のクーラーの故障から、大はサービス開発の滞りまで、あらゆる課題を拾い上げていくうち、迫氏はあることに気づいた。会社のなかの課題が解決されないような組織構造や風土が一番の問題ではないかと。

迫氏はファンドと交渉し、社長にしてくれるよう頼み込む。本気で改革を進めるなら、最高権力を使うしかないからだ。ファンドも了承してくれ、2014年4月に社長に就任した。

第一声は「うざいね」

当時29歳。一方、社員の平均年齢は40代半ばだった。ファンドは経験不足を心配し、メンターをつけてくれた。商社出身の敏腕経営者だ。迫氏はそのメンターに向かって、自社の現状と問題点、打ち手を立て板に水の如く、説明した。それに対する反応は思いもかけないものだった。

「う~ん、うざいね」。その後にこう続いた。「君が言ったことは9割くらい正しいはずだ。でもいくら正しくても受け入れられるかどうかは別問題だよ。40代の社員が20代の若造に正論を吐かれて、言うことを聞くと思う?」

「聞きませんね」

「そうだろう。新米リーダーである君がやるべきことは、やりたいことを押し付けるのではない。皆がこうなったらいいと思っていることを一個一個叶えてあげることじゃないか」

その言葉は腹に落ちた。迫氏は再び店舗を回った。鞄のなかに靴修理の部材を大量に入れて。「経費節減のため、粗悪な部材しか用意されておらず、職人気質の従業員の間で不満が溜まっていたのです。『新しい部材を持ってきたので使ってみてください』ともちかける。すると、格段に会話が弾みました。そうやって現場に入り込み、棚が小さい、ユニフォームがダサいといった不満を把握し、一つひとつ潰していきました」

迫氏はある社員に目を留めた。私物の靴クリームを店に持ち込み、修理した靴を磨き上げている。聞けば、お客様が喜ぶので、無料サービスとしてやっているのだという。迫氏はこれこそ新しいサービスになり得ると判断し、本社に帰って経営会議にかけた。ところが「過去に3回やって失敗している。靴磨きなんて現場はやりたくないし、お客様も求めていない」と、にべもない。

しかし、迫氏は諦めなかった。まずはその社員がいる店舗だけでスタートさせると、売上がすぐに立った。適用店舗を広げると、売上がまた拡大する。「うちでも導入したい」と他の店舗も言い出し、とうとう全店共通サービスになった。

現場からスター社員を作る

成功の秘訣は、その社員にサービスを広げるためのリーダーをやってもらったことだった。以前はその役割を外部の専門家に委ねていた。結果、修理と磨きをどう両立させるか、靴磨きに興味がない人をどう前向きにさせるか、という自社目線での指導が欠如していたのである。

「戦略の話で3Cという言葉がよく使われます。Company(自社)、Competitor(競合)、Customer(顧客)ですね。それまでのうちの会社は競合と顧客に対する調査は大量に行っていました。唯一なかったのが自社に対する調査でした。会議でも自社の議論がまったくなかった。それこそが、課題がまったく解決せず、誰かがいいことを発案しても、実行が伴わなかった根本原因だったのです」

迫氏は後にその社員をマネジャーに昇格させている。「現場からスター社員を作っていくことも、会社を変える良い機会になりました」

こうした現場重視の施策が功を奏し、社長就任3年後に業績はみごとV字回復を遂げた。

迫氏はまだ30代前半であり、今後は2つの要素をもった経営者を目指すという。「1つは駄目な組織を良い組織にする経営者です。駄目な組織はそれに関わる人全員を不幸にします。それを良い組織にするのはとてもやりがいのある仕事です。もう1つは会社の課題を解決するだけでなく、会社のあり方を変えてしまう経営者です」

前者はこれまでの自分自身であり、後者は今まさに試行錯誤している。「靴や合鍵といった定番メニューにない難題を持ち込まれ、解決したとき、お客様は本当に喜びます。そこが私たちの原点です。だとすると、今後われわれが目指すべきは、ジャンルにとらわれず、身近な困りごとを解決してくれる街の便利スポット、つまりサービスのコンビニエンスストアになることではないかと気づき、そのための施策を着々と進めています」

取材の最後、社会学者になりたかったという昔の夢について聞いてみたら、こんな答えが返ってきた。「どんな問題にぶつかっても、個人ではなく集団の問題として捉えよ、それが社会学だ、と教わりました。これは会社経営にも通じる考え方だと思います。社会学は僕のなかで今でも生きています」

【text :荻野進介】

※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.52 連載「Message from TOP 経営者が語る人と組織の戦略と持論」より転載・一部修正したものである。
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PROFILE
迫 俊亮(さこ しゅんすけ)氏
ミニット・アジア・パシフィック株式会社代表取締役社長 CEO

1985年生まれ。UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)社会学部を卒業後、三菱商事に入り、マザーハウスに転じる。2013年4月、ミニット・アジア・パシフィックに入社し現在に至る。著書『リーダーの現場力』(ディスカヴァ―・トゥエンティワン)。

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