総合研究大学院大学 大槻 久氏 ヒトは太古の昔から「評判」を大事にしてきた

進化生物学や数理生物学は、「生物としてのヒト」の特徴を見出そうとしている。
『協力と罰の生物学』(岩波書店)の著書があり、数理生物学の立場からさまざまな生物の協力などを研究する大槻久氏に「ヒトの協力」には生物学的にどのような特徴があるのかを伺った。


この世界ではさまざまな生物が協力しながら生きている

―― まず「数理生物学」について伺えればと思います。

私が専門とする数理生物学は、数式やコンピュータシミュレーションを通してさまざまな生命現象を解明する学問です。例えば、伝染病がある集団に入ったとき、すぐに収束するか流行するかは、たった3本の数式で予測が可能です。また、桜は、2月1日からの平均気温の合計が400度を超えると開花する「400度の法則」と最高気温の合計が600度を超えると開花する「600度の法則」がありますが、いずれにしても一定のルールのもとで咲くことが分かっています。生物界はカオスのようでいて、実はこうした法則があちこちに隠されているのです。それらを数式にして生命現象を調べるのが数理生物学で、生物に関することなら何でも扱います。

なかでも、私が長年研究してきたのが「協力」です。意外かもしれませんが、この世界ではさまざまな生物が協力しています。例えば、バクテリアはくっついてバイオフィルムを作りますし、粘菌のキイロタマホコリカビは飢餓状態になると社会を作って集団で行動します。また、働きアリは子どもを産まずに、女王アリとその子どもたちのために献身的にエサを運びます。ダーウィンは、この働きアリの存在に悩みました。自分が唱えた「自然淘汰説(子を残すことのできる性質が広まっていく法則)」に真っ向から矛盾するからです。このパラドックスを解いたのが、ハミルトンの「血縁淘汰理論」です。働きアリはすべて女王アリが産むメスで、同じく女王アリから産まれる新女王アリやオスアリの親戚ですから、新女王やオスには働きアリの遺伝子が入っている可能性があります。そう考えれば、働きアリが女王にエサを運ぶのは、やはり遺伝子を残そうとする行為なのです。血縁淘汰理論はアリの協力の謎を見事に解きました。

ヒトは「間接互恵性」を駆使して社会や集団を形成している

―― 「ヒトの協力」は研究されているのでしょうか?

血縁淘汰理論の後、「ヒトがなぜ協力するのか?」という問題に進化の理論で迫る研究が出てきました。その研究のなかで、ヒト特有の協力のメカニズムがあることが分かってきました。それが「間接互恵性」です。

間接互恵性とは、「評判=第三者の体験」を通じて協力するメカニズムのことです。「あの人は周囲を助ける良い人だから協力しよう」と、第三者の体験を利用して第三者に協力したり、手助けしたりする行動は、ヒト以外の生物にはほとんど見られないのです。現代の私たちは、この間接互恵性をあらゆるところで使っています。例えば、クレジットカードの信用情報、商品や企業のブランド、ネットオークションなどは完全に間接互恵性で成り立っていますし、そもそも貨幣が、評判によって価値が変動する間接互恵性の賜物です。私たちは、間接互恵性なくしては生活できないほど、評判を社会インフラとして駆使しているのです。特にネットオークションは、出品者の評価情報に基づいた間接互恵性が機能するかどうかがビジネスとしての成功を左右するといわれています。

間接互恵性がなぜヒト特有かといえば、私たちだけが抽象思考をするからです。間接互恵性に欠かせないのは、誰彼の評判をやり取りする「うわさ話」です。うわさ話をするには、目の前の物事を即物的に話すだけでなく、過去を思い出したり、未来を想像したり、遠くで起こっているかもしれない出来事を思い浮かべたりして、現在以外のことを話し合う必要があります。「昨日のAさんは親切だった」「いまAさんは困っているだろう」「これからAさんは大変になるかもしれない」といった会話を交わせないと、間接互恵性は成り立たないのです。それができるのが、ホモ・サピエンスだけなのです。

協力する生物は「フリーライダー」に罰を与えて排除する

── 間接互恵性の特徴を詳しく教えてください。

間接互恵性の怖いところは、一度落としてしまった評判を取り戻すのが大変だということです。例えば、粗悪な製品を出してしまえば、その会社や商品のブランドに傷がついて、再び信頼を得るまでには長い時間がかかるでしょう。借金を返せずに信用情報がブラックリストに載ってしまったときにも、その信頼を回復するには借金を返済した後に一定の期間が必要です。

なぜ評判と信頼がなかなか回復しないかといえば、それは私たちが「フリーライダー」を増加させないような仕組みを進化させてきたからです。フリーライダーとは、他人に協力しない個体のことです。集団の利益にただ乗りするフリーライダーが増えたら、協力関係が壊れ、集団がうまくいかなくなってしまいます。実は、協力する生物の多くはフリーライダーを検知し、罰を与えるメカニズムをもっています。例えば、キイロタマホコリカビにはフリーライダーを村八分にする仕組みがあります。私たちヒトも一緒で、フリーライダーや裏切り者を敏感に察知して罰を与え、排除するのです。信頼を失うことは、フリーライダーかもしれないとみなされたということで、だからこそ信頼は簡単には戻らないのです。

私は、集団がどういった評価システムをもっていると間接互恵性が成り立つかを調べてきました。その研究で1つ重要なのは、「悪い人(フリーライダー)に協力しない人は、良い人とみなさなくてはならない」ことです。なぜなら、それは「正当な非協力」だからです。彼・彼女はフリーライダーに罰を与えているわけで、その罰を良しとしなければ、フリーライダーの繁栄につながってしまうかもしれないのです。逆にいえば、正当な非協力を認める集団はフリーライダーを排除できるのです。

世の中の多くの集団や社会は、こうした優れた評価システムによって、フリーライダー=非協力者を排除する仕組みを作って、間接互恵性を成り立たせています。その結果、ヒトは一般的には、協力する者は協力する者同士で集まり、協力しない者同士は協力しない者同士で集まる傾向があることが分かっています。

いまも私たちが評判や信頼を大事にするのは、私たちが直感的に間接互恵性を大切にしているからです。ヒトの心は、「協力的な相手を信頼しなさい」「信頼を失った相手ともう一度信頼を築くときには十分な時間をかけなさい」というルールを生得的に備えているといってもいいかもしれません。言い換えると、協力や評判はれっきとした生命現象であり、生物学の研究対象なのです。

【text:米川青馬】

※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.51 展望「ヒトは太古の昔から「評判」を大事にしてきた」より転載・一部修正したものである。
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PROFILE
大槻 久氏(おおつき ひさし)氏
総合研究大学院大学 先導科学研究科生命共生体進化学専攻 講師

2006年九州大学大学院理学府生物科学専攻修了(理学博士)。ハーバード大学Program for Evolutionary Dynamicsポストドクトラルフェロー、科学技術振興機構さきがけ「生命現象の革新モデルと展開」専任研究者などを経て現職。専門は数理生物学。

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