同志社大学大学院 藤本 哲史氏 長期視点からのワークとライフのバランスの確保を

ワーク・ライフ・バランスの研究はアメリカで始まり、当初はワーク・ファミリー・バランスという言葉が使われていたことはあまり知られていない。留学したアメリカでいち早くそのテーマに着目し、帰国後も積極的な研究を続けている同志社大学大学院総合政策科学研究科教授の藤本哲史氏に、同分野の最近の研究動向を伺った。


ワーク・ファミリー・バランスという言葉

私がアメリカの大学院に入ったのが1988年で、当時、ワーク・ライフ・バランスという言葉はなく、仕事と私生活の両立に関する問題はワーク・ファミリー・バランスという言葉で指摘されていました。

私が師事したのは家族社会学の研究者でした。その影響でこの問題に興味をもち、女性が家庭をもちながら働き続けるにはどうすればよいかが私の研究テーマとなりました。帰国後、初めて書いた本の章のタイトルには「女性就労支援制度」とあり、いま振り返ると隔世の感があります。

そのすぐ後に、厚生省(当時)が「ファミリーフレンドリー企業」という言葉を使い始め、それから数年後に、「ワーク・ライフ・バランス」という言葉が行政用語になりました。

個人的には、ワーク・ライフ・バランスよりワーク・ファミリー・バランスという言葉の方が好きです。「ライフ」という言葉の意味が非常に曖昧だからです。ファミリーの代わりに、チャイルドケアやエルダーケアを入れた方が、問題がより具体化されてよいかもしれません。

ワークとライフの葛藤と充実を研究する

それはともかく、2000年くらいまでは、ワークとライフのコンフリクト(葛藤)に関する心理学の研究がアメリカでも主流でした。抑うつもそうですが、心理学は人間のネガティブな感情に焦点を当ててきた学問だからです。

ところが最近ではエンリッチメント(充実)に関する研究が増えてきています。ワークとライフは人の時間とエネルギーを奪い合うゼロサム関係にあると考えられていたのですが、両者は必ずしも対立するだけではない。むしろ、相乗効果を生み出しながら、生活全体の質を高める働きをもつのではないか、という考え方が背後にあります。その場合のライフには、家族、趣味、学習など、さまざまなものが含まれます。

注意すべきは、人はコンフリクトとエンリッチメントの両方を経験する、ということです。つまり、コンフリクトとエンリッチメントは“A or B”のような対概念ではありません。

例えば、子どものことで何か心配なことがあると、そのことが頭から離れず、仕事に悪影響を及ぼしがちです。ワーク・ファミリー・コンフリクトの典型です。一方、地域活動に勤しみ、仲間から信頼されるようになると、自信が生まれ、仕事にも積極的に取り組むことができます。こちらは、ワーク・ライフ・エンリッチメントの例です。ポイントは、日々の生活のなかでこれら2つが同時に起こり得るということです。

生活から仕事および仕事から生活に影響するコンフリクトが低く、生活から仕事および仕事から生活に影響するエンリッチメントが高い状態を作ることができれば、まさに理想的なワーク・ライフ・バランスが実現します。

このように、ワーク・ライフ・バランスがとれているかどうかは、コンフリクトとエンリッチメントのそれぞれを、仕事から生活へ、生活から仕事へ、という2つの観点から、つまり合計4つの観点から見ないと正確には把握できないのです。

研究によれば、生活が仕事の質を高めるエンリッチメントの方が、その逆よりも発生頻度が高いことが分かっています。これは、生活のなかで得た経験が仕事を豊かにしてくれる傾向が強いことを意味します。

短時間勤務者のカバー役にしかるべき評価と処遇を

ワーク・ライフ・エンリッチメントの鍵となる概念が「役割」です。1つの役割領域での経験が、もう一方の役割領域の質を高めてくれることを意味します。

例えば、ある役割領域で身につけた知識や能力、スキルがもう一方の役割領域にももち込まれ活用されるとします。これを「道具的エンリッチメント」といいます。育児の経験を通じて高めたストレス耐性が仕事にもち込まれ、仕事でも我慢強くなったというケースも、これに含まれるでしょう。

あるいは、ある役割領域で味わった喜びや自信、達成感が別の役割領域に伝達され、そこでの生活の質を高めるケースもあります。これを「情緒的エンリッチメント」といいます。

ポジティブ感情がそのままポジティブ感情として他の生活場面に移転するということですが、時にはポジティブ感情がネガティブ感情を抑えるバッファー的な機能を果たすこともあります。例えば、育児や家事で奔走するストレスフルな生活を送っていたとしても、仕事で成功した日はそのストレスが相殺されるといった場合です。

ワークとライフの関係を壊すのは、長時間労働であることは容易に想像できるでしょう。ただ、短時間勤務にすれば問題は解決するか、といえば、そんなに単純な話でもないのです。

育児のために仕事量を減らしてほしいと申し出たところ、時間だけではなく、仕事の質まで下げられて憤慨している女性社員が少なくありません。

なぜそうなってしまうのかといえば、時短勤務に入る女性をサポートする社員が不足しているからではないでしょうか。短縮した勤務時間内で、すべてを1人でこなさなければならないとなると、上司も難度の高い仕事を任せづらくなるかもしれません。

そこで重要になるのが、短時間勤務者の仕事のカバーをしてくれる人の評価です。いまは多くの企業でそのカバー役を務めることが「やり損」になってしまっている気がします。自分から「カバー役をやらせてください」と挙手するような社員が現れるくらいの高い評価と処遇を与えるべきだと思います。

仕事に対する裁量を獲得し自己を外に開くこと

ワーク・ライフ・エンリッチメントを促進するにはどうしたらいいのでしょうか。

1つは個々人が仕事に対する十分な裁量を備えることです。自律的に仕事を進めるなかで、ライフの領域で獲得したスキルや知識をワークに取り込み活用することができるようになります。そのためには、内にこもらず、自分を外に開き、何でも経験してやろうというオープンマインドやルーチン・バスティングの姿勢をもつことも重要になります。

もちろん、職場も大きな鍵を握ります。理由を問わずに取得できる長期休暇や短時間勤務制度も重要です。自分がライフを大切にすると、職場に迷惑がかかるのではないか、という後ろめたさを感じる度合いを低下させていく必要があるからです。しかも、制度を整えるだけでは不十分で、先ほど述べた、サポート社員への評価を厚くするといったような、制度を利用しない人たちへの配慮も大切です。

私たちがワーク・ライフ・バランスという場合、天秤の片方の皿にワーク、もう片方にライフを置くといったように、ある一時点でのバランスを維持することを考えがちです。それはもちろん大切なことですが、もう1つ、長期的な時間軸に沿ったバランスということも考えるべきだと思います。

あるときは寝食忘れて働くけれども、その後は海外に留学して勉強し、めどがついたら帰国してまた別の職場で働く。もしくは、ある時期は育児に専念するけれど、次のライフステージでは自分の力やネットワークを生かして新たな仕事の可能性に挑戦する。人生100年時代といわれるなか、こういった長い時間のスパンのなかで、ワークとライフの組み合わせやバランスを考えることが、われわれの人生をより豊かにするのではないでしょうか。

【text :荻野進介】


※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.51 特集1「ミドルマネジャーのワーク・ライフ・エンリッチメント」より抜粋・一部修正したものです。
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※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。

PROFILE
藤本 哲史(ふじもとてつし)氏
同志社大学大学院 総合政策科学研究科 教授

1987年南山大学外国語学部卒業。企業勤務を経て渡米し、1994年ノートルダム大学大学院社会学研究科博士課程修了、博士(社会学)取得。南山大学外国語学部教授を経て現職。専門は労働社会学、社会心理学。論文《 2015 Emerald Outstanding Author Contribution Award Paper 》 Tetsushi Fujimoto, Sayaka K. Shinohara, & Tsuyoshi Oohira(2014). "Work-Family Conflict and Depression for Employed Husbands and Wives in Japan: Moderating Roles of Self and Spousal Role Involvement." Contemporary Perspectives in Family Research, Volume 8A, pp.135 -162.

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