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インタビュー

東京大学 秋山 弘子氏

長寿社会はイノベーションの宝庫である

  • 公開日:2018/08/06
  • 更新日:2024/03/27
長寿社会はイノベーションの宝庫である

もはや誰もがご存じのとおり、日本は長寿社会に突入している。そのなかで、企業は、行政は、大学はいったい何ができ、何をすべきなのか。
2006年にいち早く「ジェロントロジー(高齢社会総合研究)」を始めた東京大学高齢社会総合研究機構の秋山弘子氏に、長寿社会の課題解決について伺った。

多様な専門の院生たちが協力しながら 長寿社会の課題を解決しようとしている
「鎌倉リビング・ラボ」で住民・行政・企業の課題を同時解決する
全体構想を行うコーディネーターとして 大学は社会課題解決に必須の存在
主要な社会課題はすでに明白なのだから 大学は課題解決にもっと貢献すべきだ
「アクションリサーチ」を実践する 研究者を増やしていく必要がある
オープンイノベーション型の エコシステムで協働することが重要だ

多様な専門の院生たちが協力しながら 長寿社会の課題を解決しようとしている

── 東京大学高齢社会総合研究機構とは、どのような組織なのでしょうか。

東京大学高齢社会総合研究機構(IOG)は、2006年4月に総長室総括プロジェクト機構の活動の1つとして始まり、2009年からは恒常組織として、総長室総括委員会の下に設置された組織です。

私たちが研究しているのは、一言でいえば「ジェロントロジー」です。ジェロントロジーとは、AGING(加齢・高齢化)に伴う心身の変化を研究し、長寿社会に起こる個人と社会のさまざまな課題を解決することを目的とした学問で、「高齢社会総合研究」と訳すのが最も適切でしょう。医学、看護学、理学、工学、法学、経済学、社会学、心理学、倫理学、教育学などを包括する総合的学問体系で、IOGにも多種多様な分野の先生方が参加しています。学際的なチームを組んで、いくつものプロジェクトを動かしています。

例えば、千葉県柏市と福井県福井市・坂井市で、私たちは「長寿社会のまちづくり」研究を進めてきました。今、日本は「人生100年時代」を迎えようとしていますが、日本の都市は依然として長寿社会に対応した仕組みになっていません。長寿社会に適したまちにするためには、住宅や公共交通機関を見直したり、リタイアした方々が地域で活躍できる場を新たに作ったりする必要があるのです。もちろん、これは大学だけで実現できることではありません。地域行政や企業、住民のみなさんと協働体制を作りながら、実践的な研究を進めています。

そして、2013年度からは、博士課程教育リーディングプログラムの1つとして、「活力ある超高齢社会を共創するグローバル・リーダー養成プログラム」をスタートしました。これは修士・博士課程の大学院生が、各自の専門研究を行いながら、並行して私たちと共に長寿社会の課題解決にも取り組むプログラムで、医学、看護学、工学などの多様な分野から、毎年30名程度の院生が集まってきます。長寿社会といっても、医学・看護学から見るのと工学や経済学から見るのでは、見え方がずいぶん違います。だからこそ、さまざまな先生方や学生たちが力を合わせて同じ課題に取り組むことが大切ですし、そうした実践の場での知恵の出し合いから学生たちが学ぶことが極めて多いのです。

「鎌倉リビング・ラボ」で住民・行政・企業の課題を同時解決する

── IOGの最近の取り組みについて教えてください。

1つ挙げるとしたら、2017年1月から始めた「鎌倉リビング・ラボ」があります。リビング・ラボとは、実際に住民が生活するまちのなかで、住民と企業、自治体、大学などが一緒になって社会実験を重ねる「共創の場」「オープンイノベーションの場」です。主役はあくまでも住民のみなさんで、彼らが主体となって、暮らしを豊かにするためのサービスやモノを生み出したり、より良いものにしていったりするのが特徴です。世界にはすでに400ものリビング・ラボがあるといわれており、最近は日本にも増えてきました。例えば、横浜市と東急電鉄がたまプラーザに「ワイズリビングラボ」を開きましたし、長野県松本市は2014年から「松本ヘルス・ラボ」を行っています。2017年には、経済産業省も川崎・鶴岡・所沢・狭山でリビング・ラボを始めています。

鎌倉リビング・ラボは、鎌倉市の今泉台町内会のみなさんと、鎌倉市、私たち、そして三井住友フィナンシャルグループをはじめとするさまざまな企業が一緒になって進めています。

今泉台は、鎌倉市の東北部にある自然豊かで閑静な住宅街で、まちの高齢化率が約45%という長寿社会の先頭を行くコミュニティです。その住民のみなさんの一番の願いは、「若い人たちが暮らしたくなるまちにしたい」ということでした。最寄り駅からバスで20分とアクセスがあまり良くないため、共働きの若い家族が住む場所としてはどうしても選ばれにくいのです。ただ一方で、最近は働き方改革が進み、「テレワーク」が一般的になりつつあります。そこで今泉台のみなさんは、オフィス家具を手がけるイトーキさんや地域行政、私たちと共に「理想的なテレワーク・コミュニティを作る」取り組みを始めました。具体的には、住宅の空き部屋を使ったホームオフィスや、託児所・コミュニティカフェが付いた住民用サテライトオフィスを作ろうとしています。その過程で、他の企業も積極的に巻き込んでいっています。

また、今泉台は丘の上にあることもあって、特に高齢者が外出・移動しにくいのが悩みの種となっています。そこで、ある企業が開発中の三輪モビリティのテストを始めました。すでに何十名もの住民がそのモビリティを試し、詳しい感想を述べ、アドバイスしています。加えて、東京大学からは高齢社会におけるモビリティを専門とする鎌田実先生が参加しており、その他にも車両やヒューマンセンタードデザインの専門家などが参加して、このモビリティを多面的に評価しています。

その他にも、あるメーカーが住民のみなさんとゼロから商品開発を始めたり、ある金融機関が「なぜ高齢者がもっている金融資産は動かないのか?」をみなさんと一緒に根本から見つめ直したりといった試みもしています。

欧米のリビング・ラボは、一般的に行政課題の解決に重心を置いているのですが、鎌倉リビング・ラボの場合は企業の関心が高く、住民課題・企業課題・行政課題を同時並行で解決しようとしているのが特徴です。なお、鎌倉リビング・ラボは国際提携もしており、この4月初めにはスウェーデンのリビング・ラボの方々に今泉台に来ていただき、共に「孤独」をテーマにしてワークショップを開催しました。4月末にはスウェーデン国王・王妃と高円宮妃が鎌倉リビング・ラボにご来訪くださいました。

全体構想を行うコーディネーターとして 大学は社会課題解決に必須の存在

── リビング・ラボはとても面白く、現代的な取り組みだと思うのですが、そこに大学が参加する意義・意味はどこにあるのでしょうか?

その理由は大きく2つあると思います。1つは、長寿社会の全体構想をするのは大学が適任だということです。

長寿社会を迎える上で、今、私たちの前には「個人の課題」「社会の課題」「産業界の課題」の3つが山積みになっています。現代の私たちは、一人ひとりが自ら人生を設計し、舵取りをしながら生きていく「人生100年時代」を迎えたわけで、これは私の祖父母の時代には到底考えられなかったような長寿社会の特典です。しかし問題は、私たちがまだ、どうやって100年の人生を設計すればよいか、どう舵取りしたらよいかがよく分かっていないことです。私たちは、せっかくの特典を十分に生かしきれていないのです。これが個人の課題です。

社会の課題の多くは、人口構成がピラミッド型から逆ピラミッド型に変わってきたことで起きています。人口構成の変化に合わせて、住宅、公共交通機関、働き方、教育制度、雇用制度、社会保障制度、医療・介護に関する制度など、ハード面でもソフト面でも変えていかなくてはならないことが数えきれないほどあります。産業界の課題は、企業で働くみなさんなら言わずもがなだと思いますが、多くの企業がまだ長寿社会に適した商品・サービスを開発しきれていないのが現状です。

この3種類の課題をすべて解決するには、産官学民の協働が欠かせません。いずれも、企業だけ、行政だけ、住民だけ、大学だけで解決できることではないのです。そのなかで、私たち大学が特に得意とすることの1つが「全体構想」です。さまざまなデータを見ながら、理論付けを行い、まち全体、社会全体、国全体の将来構想を練るのは、大学の役目だろうと思います。

もう1つは、大学は「コーディネーター」として優れているということです。例えば、地方自治体が一企業を選ぶのは非常に難しい部分があります。その点、大学がイニシアティブをとって公平性を高めると、さまざまな物事を進めやすくなることが多い。大学には、産官民をつなぐという重要な役割があるのです。

全体構想を担うコーディネーターとして、大学はこれからさまざまな社会課題の解決に欠かせない存在になっていくはずです。

主要な社会課題はすでに明白なのだから 大学は課題解決にもっと貢献すべきだ

── とはいえ、大学が社会課題解決に乗り出すのは新しい動きだと思いますが、その点はどうお考えですか?

そのとおりです。このIOGは2006年に、当時の大学総長・小宮山宏先生が、東京大学がこれまで社会課題の解決にあまり積極的に取り組んでこなかったという反省に基づいて、総長室直轄で作られた組織です。小宮山先生は、21世紀の人類的課題といわれる「高齢化問題」と「環境問題」を選び、高齢社会総合研究機構とサステイナビリティ学連携研究機構の2つを作って、そこに全学の知を結集しようとしたのです。言い換えれば、東京大学でも社会課題の解決に本気で取り組み始めたのは、12年ほど前からなのです。その意味で、新しい動きであることは間違いありません。

ただ、私は以前から、大学はアクションとソリューションに力を入れるべきだと考えてきました。なぜなら、主要な社会課題はすでに明白で、その課題解決に対して大学が貢献できる余地がたくさんあるからです。もちろん、大学にとってノーベル賞を受賞するような最先端の研究を推進することは極めて重要ですが、その一方で、大学は社会課題の解決にもこれまで以上に貢献すべきだと思います。私たちIOGは、今その先鞭をつけている最中なのです。

「アクションリサーチ」を実践する 研究者を増やしていく必要がある

── 大学が社会課題解決に関わる上で課題になっていることはあるのですか?

私たちは、研究を進める上で「アクションリサーチ」という手法をとっています。アクションリサーチとは、実際に人々が生活するコミュニティで課題を洗い出し、解決策を考案して、それを試行する手法です。先述した千葉県柏市と福井県福井市・坂井市の「長寿社会のまちづくり」などは、その典型例です。

問題は、このアクションリサーチが萌芽期にあり、まだ科学的に十分洗練されていないことです。例えば、博士課程教育リーディングプログラムの学生の多くは、柏市でアクションリサーチを行っていますが、その成果を論文にまとめる段階で、教授たちから「サイエンスではない」と言われる懸念があります。まちや住民などを厳密にコントロールして、ある変数だけを比較する伝統的な研究手法は人が生活する現場では困難であるからです。この課題を乗り越える手法の1つとして、私たちは今データサイエンティストと協力して、新たな分析ツールの開発を進めています。

こうした課題をクリアして、いかにアクションリサーチの科学的信頼性を高めていくか、そしていかにアクションリサーチを実践する研究者と論文を増やしていくかが、私たちの大きな課題の1つです。

オープンイノベーション型の エコシステムで協働することが重要だ

── 今後はどのような活動に力を入れていこうと考えているのですか?

基本的には、これまでどおりに長寿社会に向けた課題解決を多角的に進めていきますが、その上で、アクションリサーチの信頼性向上と学生の教育に特に力を入れていきたいと考えています。

これまでの大学教育では、課題設定を行う学問と課題解決を行う学問が分かれている傾向にありました。例えば、工学部にはテクノロジーとソリューションにはめっぽう強いけれど、課題設定はよく分からないという学生が多いのです。その一方で、看護学の学生たちは看護・介護現場の知識が豊富で、高齢者が抱える課題を深く細かく知っているのですが、その解決方法は限定的です。もちろんそうした専門家も必要なのですが、これからは自ら課題を設定し、その課題を解決していける人材を数多く育てなくてはならないと思います。IOGは、長寿社会の課題解決を通して、そうした人材を何人も輩出していく機関でありたいと思っています。

── 確かにそうした人材であれば、企業でも官公庁でも大学でも、どういった仕事に就いても活躍できそうです。長寿社会の課題解決は、人材育成にも役立つことがよく分かりました。最後に、読者へ向けてメッセージをいただけたらと思います。

長寿社会は、間違いなくイノベーションの宝庫です。高齢者が多数になる社会を迎えるにあたって、私たちの社会には変えなくてはならないシステム・商品・サービスなどが山のようにあります。例えば、80歳でも安心安全に働けるオフィスを作ったり、80歳でも気軽に運転できる乗り物を作ったりする必要があります。つまり、長寿社会に向けた課題解決には、大きなビジネスチャンスがあるのです。

ただ、そのチャンスは、決して1社だけではつかめません。自社完結型のビジネスは限界に来ています。オープンイノベーション型のエコシステムに入って、そのなかで他の企業や地方自治体、大学や住民の方々と協働しない限り、新たなイノベーションを生み出すのが難しい時代になったのです。鎌倉リビング・ラボは、まさにそうしたエコシステムの一例です。企業のみなさんには、ぜひ何らかのエコシステムに参画し、画期的なイノベーションを次々に起こしていただけたらと思っています。

【text:米川青馬】

※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.50 展望「ジェロントロジーの最前線」より転載・一部修正したものである。
RMS Messageのバックナンバーはこちら

※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。

PROFILE
秋山 弘子(あきやま ひろこ)氏
東京大学 高齢社会総合研究機構 特任教授

1978年イリノイ大学Ph.D取得後、米国国立老化研究機構フェロー、ミシガン大学社会科学総合研究所研究教授、東京大学大学院人文社会系研究科教授などを経て、2006年東京大学総長室総括プロジェクト機構ジェロントロジー寄付研究部門教授。2009年より現職。『高齢社会のアクションリサーチ』(共編著、東京大学出版会)など著書多数。

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