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インタビュー

特別座談会 イノベーションを促進する人材マネジメント

経営は長期志向でビジョンを描き 人事は挑戦を促し失敗を許容せよ

  • 公開日:2018/07/02
  • 更新日:2024/03/27
経営は長期志向でビジョンを描き 人事は挑戦を促し失敗を許容せよ

経済の成熟化、人口の減少にともない、国内で売上を伸ばすための手段としてイノベーションがますます重要になる。そのために企業は何をすればいいのか。ボストン コンサルティング グループ日本代表の杉田浩章氏、早稲田大学ビジネススクール准教授の入山章栄氏、リクルートマネジメントソリューションズで企業のイノベーション促進を担当する井上功の3名が議論を繰り広げた。

座談会登壇者
入山 章栄氏(早稲田大学 ビジネススクール 准教授)
杉田 浩章氏(ボストン コンサルティング グループ 日本代表)
井上 功(リクルートマネジメントソリューションズ HR企画統括部 リサーチ&デザイン部 エグゼクティブプランナー)

何がイノベーションか目線合わせが重要
行動を変えたいのなら人事評価を変えよ
同族経営の方が 業績が良くなる理由
思わず挑戦したくなる新たな環境を用意する

何がイノベーションか目線合わせが重要

――本日のお題であるイノベーションの定義から入りたいと思います。入山さん、いかがでしょうか。

入山:経営学でいえば、イノベーションには明確な定義はありません。イノベーションを研究対象にする場合は国や企業のパテント(特許)に焦点を当てる場合が多い。でも、そういう意味では日本はパテント大国ではあっても、イノベーション大国かといえばそうではないでしょう。パテントはもちろん、新製品から新規事業、技術革新、業務改善まで、イノベーションの中身は何でもありだと私は思っています。分かりやすくいえば価値変革ですね。

杉田:「うちの会社はイノベーションが不得手だ」「もっとイノベーションを起こせる会社に生まれ変わらなければ」という声を経営者からよく聞きます。しかしそのレベルでとどまっている企業には、イノベーションは起こせません。入山さんのおっしゃるとおり、イノベーションは定義が曖昧なので、そうした言葉は「これからはデジタルが重要だ」ということと同じくらい無意味だからです。

私も入山さんの価値変革という言い換えには賛成です。イノベーションの鍵は、その価値変革を実現できる組織能力にある。画期的な新製品が1つ生まれても、未来永劫、売れ続けるわけではありません。ライバル企業がさらにその上を行く製品を出してくるでしょう。それに先んじて次の変革を起こせる企業をイノベーティブだと言いたいですね。

井上:世界的に有名な経営学者、ゲイリー・ハメルが著書『経営の未来』で、経営管理そのものにもイノベーションが必要だと書いていました。杉田さんの今のお話に近いと思います。

入山:それは経営学でいうダイナミック・ケイパビリティ論そのものです。

経営資源を再構成し、持続的な競争優位を作り上げる変化対応能力のことをダイナミック・ケイパビリティといいます。その変化を主導するのは経営者か、それとも現場か、という2つの考え方があるんです。

杉田:ネスレ日本の社長、高岡浩三さんなら、間違いなく前者だとおっしゃるでしょう。イノベーションは経営者が起こすと。リクルートは逆かもしれませんね。ミドル以下が主体になる。

高岡さんは、いろいろなところでお話しされているように、社内でイノベーションアワードというコンテストを始め、このコンテストを通じて、イノベーションに対する経営層の目線合わせをされています。

工場の若手が出した応募ネタに、夏場は溶けやすく売上が落ちるキットカットをトースターで2分間焼くというアイデアがありました。多くの役員はこれがなぜイノベーションなのかと否定的でしたが、高岡さんはこれこそイノベーションだと譲らず、最優秀賞を与えました。「焼きキットカット」というこの新しい楽しみ方を広告で消費者に訴えたところ、夏場の売上が2割も伸びたそうです。

井上:その目線合わせは大切ですね。私は1社あたり8名から10名を対象にしたイノベーション研修を行っています。世の中の困りごとをもとに新規事業のプランを作ってもらうのです。最初に、企業トップや事業責任者に、どの辺りの事業をねらうのか、すり合わせを行います。新市場開拓か、新製品開発か、顧客も提供価値も変える飛び地のイノベーションをねらうか、といったように。それをもとに「トップはこう言っています。これ以外は駄目ですよ」と受講生に話します。

一度、経営者の意向とまるで違うネタしか上がってこないことがあって、冷や汗ものでした。

入山:2人とも異口同音に、イノベーションの目線合わせが非常に重要だとおっしゃっているわけですね。

杉田:そのとおりです。次に重要になるのが、イノベーションの阻害要因を認識することです。それをしないと、まぐれ当たりはあるかもしれませんが、ヒットが続きません。

入山:でも、まぐれ当たりが多い会社もありますよ。

杉田:そういう会社には、本業から離れた、自由度の高い事業領域があるケースが多いです。逆に、経営陣があらゆる事業に大きな関心を寄せ、「こう考えたらどうだ」「こんなこともやったらどうだ」と、親切心からいろいろな指示が飛び交う企業からはイノベーションはなかなか生まれません。非本業発のイノベーションの例としては、サントリーにおける健康食品事業、ソニーにおけるゲーム機事業などが挙げられます。

――そうした事業の場合、経営者や事業部長があえて聖域化し、自由度を担保していることも多いですね。

入山:アメリカにUSAトゥデイという新聞社があります。デジタル化にいち早く取り組み、成功したのですが、そのやり方がまさにそうで、デジタル部門を完全に別法人化し、オフィスも本社と離れた場所に置き、トップもITに強い人材を他から連れてきたんです。

杉田:新規事業を立ち上げる場合にはそのやり方がいいと思います。ただ、既存の技術や提供価値を生かしながらイノベーションを起こすのであれば、やり方を変えるべきでしょう。

例えば、今の事業に代わり、10年後に屋台骨になる事業をどう作るか。その場合、変えなくてはいけない仕組みやシステムはないか、逆に守らなければならないものは何かを経営者がしっかり考えなければなりません。

入山:面白い着眼ですね。まとめると、イノベーションの起こし方には2つのタイプがあると。1つは出島を設けた上で、新規事業なり新製品なりを生み出させるタイプ、もう1つは、世の中の潮流を考慮しながら、投資を重ね、時には他社を買収しながら、事業のポートフォリオを少しずつ変えていくタイプです。イノベーションを強化するといった場合、どちらのタイプを目指すのかをはっきりさせなければならないというわけですね。

杉田:両方を目指すこともあるでしょう。

行動を変えたいのなら人事評価を変えよ

井上:杉田さんのいう「変えるべきもの」としては人事評価があります。私が身をもって体験したことなのですが、1998年、リクルート(当時)が人事評価に、NVC(New Value Creation)という項目を入れたんです。新しい価値の創造を行った人を評価するというわけです。それ以前は営業の場合、売上の多寡が絶対的な評価基準でした。

入山:バックオフィス系も同じですか。

井上:もちろん、全職種が対象です。以来、20年経った今でもその項目は生きています。それが入った以降に入社した社員は問題ありませんが、私を含めた古株も、3、4年したら、リクルートという会社はイノベーションを起こさないと評価しないことに気づき、行動が変わっていきました。

入山:イノベーションとは知と知の新しい組み合わせを実現することですから、どこかのプロセスで必ず失敗が起きます。その失敗を前向きに評価すればイノベーションが成功する確率が高まりますが、後ろ向きに評価すると、社員が萎縮し、いいところまで行っても頓挫してしまう。そのくらい評価というのは大切です。

失敗を許容する企業といえば、サイバーエージェントです。人材育成の哲学は「社員をいかに安心させながら、失敗させるか」なんです。これがあるから、あの会社はいろいろなことにチャレンジできている。

――IT系ベンチャーは巨額の投資を必要としないので失敗に寛容ですが、そうではない業界ではチャレンジが難しい気がします。いかがでしょうか。

杉田:そうかもしれません。ただ、クラウドやAIなど、世の中にはすでに便利でローコストな技術がたくさんあるので、それらをうまく使えば費用は抑えられます。プロトタイプとなるエンジンやプロダクトを手作業で作ってもいい。今、システム開発の分野では最初に大きな設計図を描いて部門受け渡し型の分業制で進めていく「ウォーター・フォール」型の開発から、試行錯誤を重ねながら、臨機応変に設計図を変え、それを協業型で進めていく「アジャイル・スクラム型」への移行が加速しています。システム開発に限らずサービスや事業開発、コーポレートの仕事も同じだと思います。

入山:小さく始めて大きくするのがポイントですね。事業ポートフォリオをうまく調整している欧米のイノベーティブな企業も、小さな企業の買収を繰り返すことでそれを実現させています。多くは失敗するけれど、そのなかから化けるものが出てくる。

例えばドイツ企業のシーメンスは20年ほど前という早い時期からIoTに取り組んできました。当初は小さな組織でスタートしたのですが、成功と失敗を繰り返しながら、経営陣がこれは行けると判断して大規模な投資を行った結果、今や政府も巻き込みながら、生産工程の自動化という分野で世界の総本山になっています。

杉田:経営者がそうした判断を下せるかどうかですね。大きな失敗は禁物ですが、失敗は成功の母というのは真実で、小さな失敗を積み重ねないと、大きな成功は望めません

入山:イノベーションとは未来を作ることなので、30年先、50年先を想像し、そのときに何が必要になるかを予測して、今から準備しておくことが必須になります。ソフトバンクの孫(正義)さんとか、日本電産の永守(重信)さんとか、稀代のイノベーターといわれている人は現にそれをやっています。永守さんはお会いすると30年先の話しかしませんし、孫さんに至っては300年先を見据えていますからね。

しかも欧米の企業は同じことを組織として実行しています。デュポンには100年委員会、シーメンスにはメガトレンド、ネスレにはニューリアリティと呼ばれる、50年から100年スパンでこれからの世界情勢を話し合う仕組みがあります。

同族経営の方が 業績が良くなる理由

井上:日本企業でもトヨタには同じような組織があるようですね。

入山:そのトヨタがまさにそうですが、同族経営の会社は長期ビジョンをもちやすいという利点があるんです。

杉田:先日、ある外資系企業の経営者とお話ししていたら、「日本企業のトップと話をしても、任期中の2、3年先のことまでしか考えていないので目線が合わない」とこぼされていました。「そういうトップがいる会社は不幸で、最短でも10年の時間軸で物事を考えられる、1つ下の世代が中心にならないと」という言葉も印象的でした。同族経営ですと、こうはなりません。

入山:日本の上場企業の過去40年ほどのデータを解析した研究があるんです。それによると、利益率と成長率のどちらも高い企業統治のパターンは同族経営なんですよ。なかでも最も優れた数字が出たのは婿養子がトップになった場合です。

井上:面白い。

入山:同族企業のトップの場合、後継者は愛する息子や娘ですから、時間をかけ、会社を最高の状態にしてバトンタッチしたいわけです。そうなると、考えることすべてが20年、30年といった長期的視点となり、イノベーションの種も必死で探すわけです。

もう1つ、CEOの任期に関する示唆的な研究もあります。アメリカ企業のGEは120年の歴史をもち、その間、CEOはたった10名しかいません。アメリカの経営学者が、トップの在籍期間がどのくらいの場合に、その後の業績が最も良くなっているかを調べたところ、答えは14年でした。120を10で割ると12年ですから、GEは効果的なトップ交代を繰り返しているといえます。日本だと長くても5、6年で変わってしまう。果たしていいことなのでしょうか。

杉田:今のお話は因果の関係が逆かもしれませんね。業績がいいから、任期が伸びている可能性がある。

入山:確かにそうかもしれません。経営者の任期の短さと共に、私が問題だと思っているのが日本企業の中期経営計画(中計)です。まさに2、3年単位なんです。しかも、作っただけでその気になり、見直しもせずに3年間放っておかれる場合も結構あるという。

杉田:最近、われわれがよくお手伝いするのが2030年に向けた自社のありようを考えるといったプロジェクトです。それを明らかにした上で、中計や毎年のアクション、タスクレベルに落とし込んでいきます。

入山:それはいいことですね。正しい答えが皆目分からない状況で、物事を意味付けし、周囲を納得させて行動することをセンスメイキングといいます。これがないとイノベーションも起こせないわけですが、その力が日本企業の経営陣に圧倒的に足りません。

「30、40年先の世界はこうなっており、うちの会社はこういうリソースをもっているから、こういう方向感でバリューを出していこう」。こうした言葉をごく自然に発せられなければ世界で伍して戦えません。ところで井上さん、イノベーション研修ではこうした未来の話を組み込んでいるのですか。

思わず挑戦したくなる新たな環境を用意する

井上:IoTやAIといった技術の話が多いですが、未来の話ができる人をゲストスピーカーに呼ぶことはあります。そんな話を受講生にぶつけて頭を覚醒させ、各自に「不」の探索に向かってもらいます。不とは人々が不便、不満、不安に感じることを指します。社会課題がそこに隠れているわけで、そこを起点に新規事業を考えてもらうのです。

でも最近、悩ましいことがあるんです。不の探索には、フィールドワークが必須になるんですが、働き方改革の影響からか、「最大20時間まで」などと言われることがあるんです。

杉田:それは本末転倒ですね。もう、「不の探索」なんてやりようがないですね。

井上:今、議論されている働き方改革は労働時間をいかに短くするかという休み方改革にすぎません。価値をいかに増やすか、というまさにイノベーションの話が抜け落ちています。

入山:最近、講演でもよく話すのですが、そもそも日本企業の人事の仕組みがイノベーションを阻害する要因になっているのではないかと思っています。新卒一括採用で年功序列、ダイバーシティは進んでおらず、育成の仕方も人材の市場価値を上げるためではなく、企業特殊能力の伸長に主眼を置いています。他の国の企業がやっていることとまるで逆です。

イノベーションには多様な人材、多様な知が必要であり、その点で日本企業には及第点はつけられません。

――人事には耳の痛い話ですが、イノベーションを促進するために、人事は何をすればよいのでしょうか。

杉田:これはよく聞く話ですが、人事評価が抜群で、社内でエースと目されている社員がイノベーションをリードすることはまずないと。先ほどリクルートの話が出ましたが、人事評価のポイントを変えないと、今の仕組みをうまく回す人が結局は評価されるところから抜け出せない。

もう1つ、人事部がイノベーターに対する共通理解をもたなければなりません。「この人のこんな行動が世の中の主流になるかもしれない」とか、「コンビニでこんなものが売られたら世の中がもっと便利になる」といった頭の働かせ方をする人がいます。自ら体感したことをビジネスのヒントにすることができる人です。こういう人に行動力とリスクを厭わない度胸が備わったら、優れたイノベーターになれる可能性があります。逆に、物事を概念的に考えるだけの人はまったく向きません。

井上:面白い。一方で、そういう話になると、イノベーターの定義にこだわり、コンピテンシーを探索しようという話になったりする。それよりも、やらせてみる方が大切だと思います。

杉田:おっしゃるとおりです。まずはやらせてみて成果を評価する。できると分かったら、大きなことにチャレンジさせればいいし、失敗して一度担当から外したとしても、「面白い感覚をもっているな」と思ったらまた任せればいい。まさに小さな失敗を許容することですね。

――10人のやらせる人を100人から選びたいというのが人事の本音です。

杉田:手を挙げさせたらどうでしょう。事業資金の一部を負担させるのもいい。イノベーションを促進させるには、本人を評価し動機づけるだけではなく、挑戦したくなる新たな環境もセットで用意することが必要です。

【text :荻野進介】

※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.50 50号特別企画「個と組織を生かす 人材マネジメントのこれまでとこれから」より抜粋・一部修正したものです。
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※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。

PROFILE
入山 章栄(いりやま あきえ)氏
早稲田大学 ビジネススクール
准教授

慶應義塾大学経済学部卒業。同大学大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所でコンサルティング業務に従事した後、米ピッツバーグ大学経営大学院博士課程に進学。2008年に同大学院より博士号を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールのアシスタント・プロフェッサー(助教授)に就任。2013年から現職。専門は経営戦略論および国際経営論。著書『世界の経営学者はいま何を考えているのか』(英治出版)、『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』(日経BP社)。

杉田 浩章(すぎた ひろあき)氏
ボストン コンサルティング グループ
日本代表

東京工業大学工学部卒業。慶應義塾大学経営学修士(MBA)。日本交通公社(JTB)を経て1994年、BCGに入社。消費財・消費者向けサービス、自動車、メディア、ハイテク、産業財などの業界を中心にトランスフォーメーション、グローバル化戦略、営業改革、マーケティング戦略、組織・人事改革、グループマネジメントなどさまざまな支援を行う。BCGクライアントチーム アジア・パシフィック地区チェア。著書に『リクルートのすごい構“創”力』(日本経済新聞出版社)、『BCG流 戦略営業』(日経ビジネス人文庫)など。

井上 功(いのうえ こう)
リクルートマネジメントソリューションズ
HR企画統括部 リサーチ&デザイン部
エグゼクティブプランナー

早稲田大学文学部卒業。1986年リクルート入社。採用支援、組織活性化業務に従事。2002年よりHCソリューショングループで人と組織に関する経営課題の解決に携わる。2012年より現職。近年のテーマはイノベーション創出。著書に『次世代リーダーを育て、新規事業を生み出す〈リクルート流〉イノベーション研修全技法』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『なぜ「エリート社員」がリーダーになると、イノベーションは失敗するのか』(ダイヤモンド社)など。

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