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インタビュー

特別座談会 人事の役割のこれから

科学とハートを結びつける人事でわれわれが世界をリードしよう

  • 公開日:2018/06/18
  • 更新日:2024/03/22
科学とハートを結びつける人事でわれわれが世界をリードしよう

これまでの10年、日本企業の人事課題がどこにあって、それに対してどう取り組んできたのか。これからの10年、その人事課題はどのように移り変わると予想していて、そうした未来にどう対処しようとしているのか。今後、私たちはいったい何を変えるべきで、何を変えずにおくべきなのか。4名の人事プロフェッショナルに集まっていただき、存分に対話していただいた。その一端をここでご紹介する。

座談会登壇者
青野 史寛氏(ソフトバンク株式会社 専務執行役員 兼 CHRO 兼 CCO)
浦野 邦子氏(コマツ 常務執行役員)
八木 洋介氏(株式会社people first 代表取締役/株式会社ICM 取締役)
小嶋 修司氏(株式会社みずほフィナンシャルグループ 執行役常務 人事グループ長)

この10年で変われた会社と そうでない会社が分かれた
グローバル人事制度は どこまでも「決め」の問題
修羅場を経験しても 成長しない人材はたくさんいる
最先端の科学的知見を どう取り入れるかが鍵になる

この10年で変われた会社と そうでない会社が分かれた

――前半は、「過去10年の日本企業の人事はどう変わってきたのか?」をテーマにお話を伺えればと思います。

青野:ソフトバンクの人事にとって、この10年は統合の歴史でした。なかでも、2007年に日本テレコム、ボーダフォン、ソフトバンクBBの通信系3社の人事制度を統合して新しい制度を導入したのが大きな出来事です。そのときの私たちは、3社いずれかの制度に合わせるのが難しい状況でした。日本テレコムは年功序列が根づいており、ボーダフォンは外資系企業で完全職務給を導入していて、ソフトバンクBBは制度が十分に固まっていなかったのです。

そこで私たちは、まったく新しい新人事制度を作ることを決めました。3社の人事メンバーが約3カ月で集中的に議論して制度を作り、2007年4月から一気に導入しました。「心技体」の3つの側面、つまり、体(制度)を整えながら、技(スキル・ナレッジ)や心(ビジョン)も統合を進めてきました。最終的に3社を組織統合したのは3年ほど前ですが、心技体の部分では、こうして2007年から一体化してきたのです。

浦野:コマツの人事が、この10年で力を入れてきたのは、「教育」「ダイバーシティ」「グローバル化」です。教育では、多くの日本企業が同じ課題に直面したと思いますが、団塊の世代から若い世代に経験・ノウハウをトランスファーしなくてはならず、育成強化が欠かせませんでした。また、ダイバーシティについては、企業の社会的責任も踏まえて、女性活躍推進や60歳以上の雇用促進などに取り組んできました。

私たちにとって最も大きな変化だったのが、グローバル化の進展です。コマツは2001年度に創業初の赤字を計上した後、グローバル連結経営に大きく舵を切りました。当時の社員は6割が日本人でしたが、2018年の日本人社員比率は33%、日本市場の売上比率は15%まで下がっています。そうした動きに制度を対応させてきた10年でもありました。

小嶋:みずほフィナンシャルグループの場合、2007年以降の金融危機が契機でした。一時的に欧米の金融機関の力が弱まったこともあり、その後、私たちは一貫して「グローバル展開」を推進しました。並行して、私たちは「総合金融コンサルティンググループ」としての地歩も固めてきました。銀行、証券、信託銀行、アセットマネジメント、リサーチ&コンサルティングを含めた「One Mizuho」へと、ビジネスモデルや組織を転換してきたのです。

人事に関していえば、こうしたビジネスの進化に合わせて、数年前から銀行員中心、日本人中心、男性中心の人事運営の改革を行っています。その成果は着実に上がっています。例えば現在、グループ全体で約8万人の社員がいますが、そのうちの約1万人が外国人社員で、女性管理職比率も相当高まってきました。

八木:私から見ると、10年前は多くの日本企業が同じように苦しんでいました。しかし、この10年で「うまく変われた会社」と「そうでない会社」がはっきり分かれてしまったように思います。この3社はいずれも極めて上手に変わった会社で、問題は変われなかった多くの会社だろうと思います。

具体的にいえば、職能資格制度から職務等級制度、役割等級制度などの実力主義へ移れたかどうか、グローバル化の嵐に対応できたかどうか、技術的・組織的なパラダイムシフトに対応できたかどうか、変化に対応できる自律型リーダーを多く育てられたかどうかが問われているのです。こうした課題に対処できた企業は伸びていますが、そうでない会社は、人口減少時代に入った日本市場で厳しいビジネスを強いられているのが実情でしょう。

グローバル人事制度は どこまでも「決め」の問題

――共通するテーマとして、「制度」「グローバル化」「リーダー育成」がありましたが、それぞれを掘り下げていけたらと思います。まずは「制度」ですが、青野さんは3社の人事制度統合の際、苦労したのでしょうか?

八木:口を挟みますが、青野さんはきっと苦労していないと思います。なぜなら、レガシーがないからです。その方がパラダイムシフトを起こしやすいのです。私もLIXIL時代に5社統合の新人事制度を作りましたが、同様の経験をしました。苦労しているのは、過去の遺産を抱える企業です。

青野:おっしゃるとおりで、こうしたことは時間をかければかけるほど、むしろ大変になります。そこで私たちは、1万5000人規模の組織統合に必要な新人事制度を3カ月で作り、次の1カ月で全員を再格付けし、すぐに移行期間を用意しつつ新たな給与を提示したのです。制度を作ったら、あとは速やかに適用することに集中しました。

――孫さんはどう関わったのですか?

青野:この新人事制度を決めたときは、孫さんには大きなコンセプトと方向性を確認してもらっただけで、詳細の作り込みはすべてこちらで預かりました。そうでなければ、3カ月では絶対に用意できなかったでしょう。

八木:行動経済学のプロスペクト理論は、私たちには何かを失うのを嫌がる「損失回避性」があることを明らかにしました。組織を変えると何かを失う可能性が高いですから、社員は常に変革を嫌がるのです。ですから、変革を起こす際には、社員の言い分を聞くのではなく、リーダーの意向で素早く変革しなければなりません。孫さんや青野さんはそれをよくご存じなのだと思います。

――次に「グローバル化」について。各国に合わせた人事制度を導入する際には苦労があるのではないかと思うのですが、その点はいかがでしょうか?

青野:ソフトバンクグループには、国内通信を担うソフトバンクのほか、海外にもスプリント、アリババ、ブライトスター、WeWorkなど、さまざまな企業があり、グループ内の人事交流を進める際、常に人事制度や給与の問題がつきまといます。この点について、現状は親会社による「管理はしない」という方針をとっています。

浦野:コマツも基本はソフトバンクさんと同じで、人事制度はローカル各社の考えに従う方針をとっています。日本人社員以外は国境をまたいだ異動が多くありませんから、それで十分回っています。ただ、日本人社員はグローバルでの異動が多い上に、最終的に日本に戻ってくる者がほとんどですから、日本本社が面倒を見ています。

一方、価値観については、コマツグループのすべての社員が現場や職場で永続的に継承すべき価値観「コマツウェイ」を定めています。これに共感できない社員は、どれだけ優秀でも結果的に長く在籍することはありません。この点は本社主導で進めています。

八木:グローバル人事制度は、どこまでも「決め」の問題でしょう。ソフトバンクさんとコマツさんはローカルに権限を渡し、自由に制度を作ってもらうやり方ですが、日本本社が細かく管理する方法もあります。どちらが正解というわけではありません。大切なのは、どちらかに決めることです

小嶋:私たちはローカル化を推進する一方で、グローバルベースの全体最適の観点から、グローバルの一定以上のポストは、現地採用社員も含めてすべて東京ヘッドオフィスがコントロールし、各ポストのサクセッションプランも本社が管理することを指向しています。

修羅場を経験しても 成長しない人材はたくさんいる

――3つ目は「リーダー育成」です。次世代リーダー育成は長らく日本企業の最も大きな課題であり続けてきました。どう対応をしているのでしょうか?

小嶋:私たちは、約2年前から「次世代経営リーダー育成プログラム」を導入しています。次長クラス・副部長クラス・部長クラスの3レイヤーで、選抜・研修・コーチング・アサインメントのサイクルを回していくプログラムです。確実に成果が上がっていて、今ではこれなしにリーダー育成は不可能だと感じるほどです。

八木:各世代を同時に育てていくのは大賛成です。その点では、サッカー日本代表が参考になります。彼らが強くなったのは、A代表だけでなくU-17、U-21などの若い世代も一緒に強化してきたからです。みずほさんはそれと同じことをしているのだと思います。

青野:私たちは、「強烈な現場体験」「修羅場体験」を育成のコンセプトにすえています。例えば、後継者発掘・育成を目的とした「ソフトバンクアカデミア」で行っているのは、徹底的にリアルな経営の学びです。受講者は実践的なお題に必死に取り組んでいます。

また、新規事業提案制度「ソフトバンクイノベンチャー」は、ソフトバンクグループの従業員から新規事業のアイデアを募集し、優れたアイデアを事業化する制度です。7年間で約6000件の提案があり、13件を事業化しましたが、この制度では提案者が事業にフルコミットする仕組みになっています。やはり修羅場も含めてさまざまな経験をしてもらうことが重要だと考えているからです。

八木:修羅場体験は確かに人を育てますが、問題は修羅場を経験しても成長しない人材がたくさんいることです。なぜなら、修羅場体験をリフレクションして、再生可能な知恵にしていないからです。修羅場体験とリフレクションはセットで考えなくてはなりません。
ソフトバンクさんはセットにしていると思いますが、修羅場体験をさせているだけの企業も少なくないのです。

もう1つ、最近気になるのは「自分をリードする力」です。日本には、自分が何をしたいのか、何を目指しているのかを十分に意識できていないリーダーが多いように感じます。セルフ・リーダーシップが弱くては、周囲をリードすることは難しいでしょう。

浦野:八木さんのおっしゃることはよく分かります。私はその点では、日本人社員に海外との接点をもたせることが重要だと考えています。海外社員は、常に「あなたは何をしたいのか?」「あなたはなぜこのミーティングにいるのか?」といった質問を投げてきますから、彼らと関わることでセルフ・リーダーシップが鍛えられると思うのです。
ですから、私たちは30代、40代の優秀な日本人社員を海外プロジェクトにどんどん投入しています。

最先端の科学的知見を どう取り入れるかが鍵になる

――「今後10年、自社においてどんなことが人事課題になりそうか?」を伺えたらと思います。

小嶋:2017年11月、私たちは「構造改革」を打ち出しました。現在約8万人の従業員を10年後には6万人体制にスリム化していきます。

これは、単なる人員や店舗の削減ではなく、テクノロジーの劇的な進展といった新しい潮流を先取りしながら、強いビジネスモデルと組織を作る取り組みであり、事業構造のみならず社員のスキル・マインドセットや働き方も含めて変革していくものです。そのためには、採用基準、人材育成、人材ポートフォリオ、そして人事のフレームワークを抜本的に変える必要があると考えています。例えば、役割期待が今後大きく変わる社員の意識改革も大きな課題です。私たち人事が果たすべき仕事は数多くあります。

青野:ソフトバンクグループのメインビジネスは通信事業ですが、このマーケットはすでに飽和しており、大きな伸びは見込めません。ではどうするか。私たちの答えは決まっています。通信事業の人員を減らし、新規事業に移していくのです。通信のプロであり続けたいという人材には、通信事業の生産性を上げ、従来の2人分の仕事をしてもらう一方で、若手にはどんどん新規事業に飛び込んでもらう方針をとっています。

さらに、2017年から50歳以上の社員に限定したジョブポスティング制度を始めました。第1期は、3名のシニア社員を東北に送り込み、東北の復興支援に取り組むとともに、地域密着型でソフトバンクグループのあらゆる商材のハブになってもらいました。地域の自治体や企業などの「Pepperを導入したい」「自動運転のことを知りたい」といった声に対し、自ら学んで期待に応え、必要があれば社内の専門家を引っ張ってくる仕事です。この3名が本当にイキイキと働いているのを見て、私たちは2018年のうちに人員を一気に増やす予定です。これが私たちのシニア活用の目玉施策です。

浦野:コマツでは今、ヘッドクォーターとして世界中のメンバーのエンゲージメントにつながる発信を続けるために、グローバル規模で技術革新や組織変革をリードできる日本人リーダーを数多く育成することが急務です。先ほどもお話ししたとおり、そのためには、日本人社員を積極的に海外プロジェクトに送り込むことが大切だと考えています。

また、人事メンバーはどこかのタイミングで事業系の部署に異動させ、ビジネスの現場を経験してもらう必要があるでしょう。そうした育成の工夫をして、経営層にもっと提案できる人事スペシャリスト集団にならなければ、私たち人事部の存在感は薄くなるばかりではないかと危惧しています。

八木:私が今、最も気になっているのは、脳科学・認知心理学・行動経済学などが急速に発展し、人間心理を科学的に明らかにしていっていることです。今後は、人事がいかにこうした知見を活用できるかがポイントになるだろうと思います。AIやビッグデータ分析に最先端の科学的知見を組み入れて、新たな人事の仕組みを築いていく競争がこれから始まるのです。日本企業の人事の知的レベルは世界的に見て極めて高いのですから、率先して新たな人事の科学に取り組むべきです。

それから、もっと重要なのは「科学とハートを結びつけること」です。人間は感情で動く生き物で、少し気分が変わっただけでイキイキと働くようになったりします。遠い未来は分かりませんが、今はまだAIよりも上司や同僚に「よくやった」と褒められ「おはよう」とあいさつされると元気が出るのが人情でしょう。だからこそ、私たちは脳科学や認知心理学を取り入れる一方で、社員のハートを何より大切にしなければなりません。

その点、日本人の美点は、「思いやり」や「仲良くすること」を大切にしてきたことです。単に売上・利益を高めるのではなく、どうしたらみんなが仲良く幸せになれるか、みんなのハートを良い状態に保てるかを第一に考えながら、全員の活力を高め、それを生産性アップや売上アップにつなげるのが日本らしい人事のあり方だと思うのです。

小嶋:同感です。私たちの部署が最近よく使うキーフレーズは、「社員に寄り添う」です。例えば、今年も4月1日に多くの人事異動を行いましたが、その際には時間をかけて、一人ひとりにこれから期待することを伝えるきめ細やかなコミュニケーションをしています。そのくらい丁寧に、相手に寄り添いながら対応することが大事だと思っています。

八木:小嶋さんたちが実践しているような日本的な人事を世界に広められたら素晴らしいと思います。ぜひ科学とハートを結びつける人事で、われわれが世界をリードしていきましょう。

【text :米川青馬】

※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.50 50号特別企画「個と組織を生かす 人材マネジメントのこれまでとこれから」より抜粋・一部修正したものです。
本特集の関連記事や、RMS Messageのバックナンバーはこちら

※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。

PROFILE
青野 史寛(あおのふみひろ)氏
ソフトバンク株式会社
専務執行役員 兼 CHRO 兼 CCO

1985年慶應義塾大学経済学部卒業後、リクルート入社。2005年ソフトバンクに人事部長として入社。ソフトバンクグループ常務執行役員などを歴任。現在はソフトバンク専務執行役員 兼 CHRO 兼 CCOのほか、孫正義育英財団理事、SBイノベンチャー代表取締役、サイバーユニバーシティ取締役なども務めている。

浦野 邦子(うらの くにこ)氏
コマツ
常務執行役員

1979年小松製作所入社。1999年、生産本部大阪工場管理部業務担当部長に就任。2010年コーポレートコミュニケーション部長を経て、2011年コマツ初の女性執行役員。その後、常務執行役員人事部長を経て2018年から人事・教育、安全・健康管理、広報、CSR 管掌。

小嶋 修司(こじま しゅうじ)氏
株式会社みずほフィナンシャルグループ
執行役常務 人事グループ長

1987年入社。みずほ銀行新宿西口支店長兼新宿西口支店新宿西口第一部長、同リテール法人営業推進部長、みずほフィナンシャルグループ執行役員コンプライアンス統括部長、同常務執行役員内部監査グループ副担当役員などを経て2017年より現職。

八木 洋介(やぎ ようすけ)氏
株式会社people first 代表取締役/
株式会社ICMG 取締役

1980年京都大学経済学部卒業後、日本鋼管に入社。人事などを担当した後、National Steelに出向し、CEOを補佐。
1999年にGE(ゼネラル・エレクトリック)に入社し、人事責任者などを歴任。2012年にLIXILグループ 執行役副社長 兼LIXIL 取締役副社長執行役員に就任し、CHROを務めた後、株式会社people first を設立。著書に『戦略人事のビジョン』(共著、光文社)がある。

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