学習院大学 守島 基博氏 戦略人事を志向するならば「人事の専門家」である前に「ビジネスの牽引役」であれ

人事はもっと戦略的であるべきだ、という議論が行われている。しかし、多くの日本企業においては、目の前の仕事は増え、戦略的な人事としての取り組みは、必ずしも順調に進んでいないのが現実ではないか。この壁をどのように超えていけばよいのか。また、そもそも、戦略的な人事とはどうあるべきなのか。戦略的人材マネジメントに詳しい守島 基博氏にお話を伺った。


戦略人事がうまくいかないのはなぜか

ビジネス上の成果を目指して行う人事、それを戦略人事といいます。何を当たり前なことを、とおっしゃるかもしれません。でも、採用して終わり、研修をやってそれで満足、という人事が多くないですか。実行している採用や教育がどんなビジネス上の成果につながっていくのか、もっと効果的なやり方はないか、それを常に考え意識していることが戦略人事のイロハであり、すべてです。

なぜそれがなかなかうまくいかないのでしょうか。人事が相手にする人間や組織というものが複雑で、時には成果が出るまで年単位で時間がかかるので、発揮する価値がビジネス上の成果、ずばりお金にどう結びつくのかが不明確だからです。

これが財務やマーケティングだったら違います。資金を調達する際、その目的がビジネス・リザルツと無関係であることは許されませんし、市場調査を行う目的はお客様のニーズに合致した商品開発が行われ、そのことでお客様が喜び、収益が増さないとダメでしょう。人事と比べると、ビジネス上の成果と施策とのリンクが極めて明確といえます。

さらに、日本の場合、人材調達手段の主流が新卒一括採用であることも戦略人事をやりにくくしています。

「ベストな人材は新卒で入れるしかない」という考え方がデファクトスタンダードになっているので、採用活動が疑問をもたれることなく、年中行事のようになり、「今年100人採った人材が、10年後にこんな成果を出してくれるよう、採用方法はもちろんその後の教育も工夫しよう」という思考になかなかなれないのです。当然、経営環境の変化に応じ、もっと効果的にやらないとならない中途採用も、新卒採用に比較して、単なる欠員補充になっている企業も多いようです。

新卒採用の強化も立派な戦略人事だ

かといって、例えば、新卒採用は戦略人事ではないのでやめてしまえ、というわけではありません。ビジネス環境の変化が極めて緩慢か、もしくは逆にまったく予測不能な形で変わっていく場合、汎用性の高い能力をもった優秀な人材を採用するのが最もリスクが少ない対応策であり、日本の場合、そうした優秀な人材を確保するのには新卒採用が最も良い手段だからです。

分かりやすい事例が富士フイルムです。2000年頃まで、同社の売上の主力を占める事業は写真のフィルムでした。それがこの10数年ほどでほぼゼロに近づき、代わりに化粧品や医薬品といった新規事業の割合が増えています。現在の会長、古森重隆さんの決断、つまり戦略の変更がみごと奏功したわけです。

それがなぜ可能だったのか。同社がトップクラスの大学を卒業した優秀な研究者をきちんと採用し、大切に育ててきたからだと思います。事業ががらりと変わっても、それに対応できるだけの人材を揃えていた。立派な戦略人事といえます。

最近、同社の人事部長がこんな話をしてくれました。フィルム事業が減速し、変革の必要性が高まっていた当時、彼は採用現場の責任者だったのですが、採用を変えないと会社が駄目になってしまうと痛切に思い、それまでのやり方を切り替えて、採用の改革を行ったのです。それが正しかったことは、富士フイルムの現状が何より如実に物語っています。

「失われた20年」は戦略人事不毛の時期

歴史を振り返ると、実は“高度成長期”も企業成長に伴い、環境の変化が激しく、多くの企業が柔軟性の高い人材を確保、育成していました。多くの企業が優秀な人材を新卒で獲得し、愛社精神を植え付け、次々に「使える人材」に育成する方法をとっていました。

その後、安定成長期が到来します。やがてそれはバブル崩壊で終わり、長い低迷期に入ってしまい、安定成長期の常識がまったく通用しなくなったのにもかかわらず、多くの日本企業が人事面でそれまでのやり方をそのまま踏襲しました。しかも、トップも業績維持と経営の立て直しに必死で、新たな戦略を大胆に打ち出すどころではありませんでした。そういう状態だと、戦略人事は萎まざるを得ません。かの「失われた20年」は戦略人事不毛の20年でもあったのです。

ようやくその時期が終わり、現在はイノベーションの促進、経営のグローバル化、M&A、事業変革といった新たな戦略に本腰で取り組む企業が増え、再び戦略人事が活性化してきたともいえます。

今は、どの企業、どの業界にとっても、富士フイルムが経験したような環境の激変が起こり得る時代になりました。そういう意味では、これからの戦略人事で肝要なのは、可能な限り戦略に合わせた優秀で柔軟性のある人材を数多く獲得してしっかり教育し、繋ぎとめておくことなのかもしれません。

経営学には「組織は戦略に従うのか、それとも戦略が組織に従うのか」という古典的命題があります。富士フイルムの場合、優秀な技術者がいたからこそ、トップが戦略を変更できたのは確かでしょう。そういう意味では「戦略は人や組織に従う」といえるかもしれないのですが、どんなに優れた技術者であっても、「これをやってください」という明確な指示が必要です。そしてその指示の根本は戦略から来るわけです。戦略は実行されなければ絵に描いた餅になりますから、組織との整合性を検証するという作業は必須だと思います。そのため、総体的に見ると、「組織は戦略に従う」のであり、それをサポートするのが人事なのです。

人事のスぺシャリストになるな 制度設計は外注してもいい

戦略人事ができるようになるためには、逆説的ですが、人事のスペシャリストにならないことです。「人事の専門家だ」という意識よりも、「ビジネスを牽引するのが人事部門の役目だ」という意識が先立たないといけません。自社のビジネスモデルや競合の状態、1、2年先を見すえた環境変化を大まかに理解しておく必要があります。財務諸表を読み解くスキルもあった方がいい。そういう意味では、人事一筋よりも、ビジネスの現場を一度経験しておいた方が戦略人事に長けた人材が育ちやすいといえます。

また実行している企業は寡聞にして知りませんが、今後、OJTの変革も視野に入れるべきだと思います。日本企業はOJTが大好きですが、現場によっては「見るべき背中」としての先輩の数が激減しています。それならばマニュアルや明確な言葉でしっかり教育した方が、人材が育つ確率が上がる可能性がある。さらに新たな戦略には新たなスキルや能力が必要です。つまり今後、これまでのOJTでは戦略を達成できない可能性が高いのです。そこまで考えて実行するのが戦略人事です。

人事制度の設計もどんどん外注したらどうでしょう。何が目的か、この内容で実現できるか、という点をしっかり押さえておけば、中身は外部コンサルタントにアウトソーシングしてしまえばいい。

制度設計は手間も時間もかかります。それを担当すると取り込まれてしまい、制度づくりのための制度づくりになりがちです。「豊かなビジネス・リザルツの実現」という目的を貫くのなら、あえて外に出し、余った時間はもっと重要な仕事に使ったらどうでしょう。

【text:荻野進介】


※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.49 特集2「「人事が戦略的である」とは何か〜企業の戦略・組織タイプの視点から考える〜」より抜粋・一部修正したものです。
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※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。


PROFILE
守島 基博(もりしまもとひろ)氏
学習院大学 経済学部 教授

1980年慶應義塾大学文学部卒業。1986年米国イリノイ大学産業労使関係研究所博士課程修了。人的資源管理論でPh.D.を取得。1990年慶應義塾大学総合政策学部助教授、1998年同大大学院経営管理研究科助教授・教授を経て、2001年一橋大学大学院商学研究科教授。2017年より現職。主著『人材マネジメント入門』『人材の複雑方程式』(共に日本経済新聞出版社)。

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