経営者が語る人と組織の戦略と持論 日本航空株式会社 副会長 大川順子氏

破たんから再生、そして新生日本航空(JAL)誕生へ。激動のなか、女性、しかも客室乗務職出身者として初の客室本部長(執行役員)となった大川順子氏。一般職から管理職、そして役員へと役割が変わることで身につけた「勇気・覚悟・責任」。


初めての接客経験

東京理科大学薬学部で学んだ大川氏が、日本航空(以下、JAL)に入社したのは1977年。理系で四大卒の女性に対する採用募集がまだまだ少ないなか、成田国際空港開港を前に500人の客室乗務員を募集していたJALの求人を見て、「私も挑戦できるかな」と思ったという。

「アルバイトでも接客業は経験したことがなくて、生まれて初めて接客を経験したのがJALの地上研修でした。約4カ月間、当時の千歳空港のカウンターに立ったのですが、これが意外と性に合っていました」

ちょうど季節が冬であったため、大雪で全便欠航することも。

「お客さまに欠航のご案内をしたところ、お困りになったお客さまからお叱りを受けることもありましたが、不思議と接客が嫌だなという気持ちにはなりませんでした。それまでは白衣を着て研究室にこもる学生生活を送っていましたが、意外と接客が好きなんだというのが、自分にとって新しい発見でした」

教官として地上勤務

出産を経て客室乗務員としてのキャリアを積んだ1994年、最初の転機が訪れた。訓練生の教官として地上勤務の辞令が下ったのだ。訓練生はすべて海外基地所属。訓練は座学と実技(飛行機模型のなかで行う訓練のこと)で構成され、座学に関しては、訓練生のいる現地に赴き、現地で教えることになっていた。ロンドンベース、フランクフルトベース、シンガポールベースと3カ国の乗務員の訓練を4年間担当した。

「人に教えるということは自分が学ぶこと。自分が理解していないと言葉では伝えられません。ですから、安全や接客のこと、ワインの銘柄や産地、食事のことなど、本を読んで改めて勉強しました」

座学に合格した訓練生たちは、次に、日本でのサービス訓練を受ける。ここでも、大川氏は日本の文化を海外基地の訓練生に伝えることに苦心した。

「用意していたビーフとチキンのお食事のうち、片方が切れてしまった場合。日本の客室乗務員ならば『申し訳ございませんが、チキンしかございません。お客さまのお口に合いますでしょうか?』とたずねるところを、何も言わずにチキンを出したり、『ビーフはないの?』とたずねられて、フランクに『ノーモア』と答えたりする訓練生もいました。これは文化の違いによるものもあるでしょう。ただし、JALの客室乗務員として働く以上、そういう文化の違いがあるということは理解してもらおうと、教官としてどう伝えるべきか、悩みました」

海外基地の訓練生は疑問にぶつかるたび、「なぜ、そうなのか?」と聞いてきた。「日本人はなぜ、お正月におせちを食べるのか?」「なぜ、初詣や福笑いをするのか?」──。その都度、大川氏は書物にあたるなどして日本文化の起こりを調べ、自分自身も学び直した。

「海外基地の訓練生には、訓練を受けても完全に枠のなかには入らず、個性を出す者も多くいました。それがその人やその国の持ち味であり、良さでもあります。無理に合わせようとすると、良さが失われるかもしれない。それぞれの国にはそれぞれの、日本には日本の良さがあり、お互いをうまく組み合わせることで最高のサービスが生まれるかもしれない。まずはお互いを理解することだと思い、私も彼らと一緒になってお互いがなぜそう行動するのかを勉強し合いました」

教官を経験して良かったことは、「自分自身も知識が深化したこと」と「経験の浅い乗務員たちの機内での不安な気持ちがよく分かるようになったこと」だという。この間、大川氏はチーフクラスに昇格し、責任は一層重くなった。

CRM導入のプロジェクトメンバーに

客室乗務員に戻ってしばらくすると、大川氏は安全のための「CRM(Crew Resource Management=クルー・リソース・マネジメント)」を客室乗務員の訓練にも導入するためのプロジェクトを担当した。集まったのは同じ一般職の客室乗務員4人だ。

「海外エアラインの訓練をリサーチしながら、プログラムを探っていきました。導入するにあたり、先輩や上司を相手に模擬授業をすることになったのですが、それはもう緊張しました。でも、現場では忖度なんてしていたら安全を守れません。相手が誰であれ、言うべきことは勇気をもって言っていこうと考えるようになったのはこの頃です。CRMの根底には、人は誰でもミスを犯すが、チームでミスは防げるという考え方があります。そのためには相手が誰であっても、言うべきことを言える環境をつくらなくてはなりません。この仕事を通じて、リーダーはみなが意見を言いやすい雰囲気を作り、部下を支援し、同時に支援される人間でなくてはならないということを学びました」

その後、大川氏は管理職となり、2006年4月には機内サービス部長に就任する。その直後には、3つあった部署を1つにまとめる大胆な組織改編を提案した。

「当時、サービスに関わる部としては機内サービス部の他、訓練部やCSを担当する部がありました。お客さまの視点からすれば同じ『サービス』に関することなのに情報共有もままならない。横串を通すといっても難しいから、いっそのこと1つにしてしまおう、と思ったのです」

統合してできたのが客室サービス企画部で、大川氏は2007年4月、その部長に就任した。客室乗務員の業務を定量的に評価する基準を作ったのも、この頃だ。

「それまで、サービスは定性で評価できても、定量化は難しいといわれていました。しかし私は、それを『逃げ』だと思いました。そこで、ヒューマン部分とテクニカル部分をそれぞれAからEまで5段階で評価する仕組みを作りました。すると、テクニカルはAでもヒューマンはBというふうに、その人のスキルや能力が数値で把握できるため、全体的な底上げもしやすくなりました」

客室乗務員初の役員へ

直後の2010年、JALは経営破たんする。大幅な役員交代に伴い、大川氏は女性、そして客室乗務職出身者として初の客室本部長(執行役員)に就任した。管財人など再建に関わった社外の人々からは、経営に関する厳しい指摘も相次いだ。大川氏が印象に残っているのは、「どのような客室乗務員を作りたいか」と問われたときのことだという。

「お客さまに愛される客室乗務員を作りたいと答えたら、それは違いますといわれました。お客さまに愛されるよりもまず、お客さまを愛することから始めなさいといわれ、ハッとなりました。これまで行ってきたサービスも、もしかしたら単なる自己満足にすぎなかったかもしれない。破たんは当然のことながらお客さま視点で自社のサービスを見直すきっかけになりました」

例えば顧客から届いたお叱りの手紙に、常識では起こり得ないことが書いてあったとする。それまでは見過ごされていたものも、「もしかすると、何かの間違いやすれ違いで、誤解が生じているのかもしれない」と、それをいったん受容した上で、なぜそのようなお叱りの手紙が届くようになったのか、を深く考えるようになった。

「以前のJALもそうでしたが、日本人はどうしても相手に気を使い、違うと思っても婉曲に表現します。しかし、再建にたずさわった社外の方からは明確に『大川さん、それは違います』と指摘していただいたので、それは非常に厳しくもありがたいことでした」

チーフキャビンアテンダントは会社で言えば社長のようなもの

破たん後は、部門別採算性の導入にも取り組んだ。また、JALフィロソフィも制定されたが、40項目からなるJALフィロソフィには「人間として何が正しいかで判断する」など、ある意味、青臭い言葉が並んでいる。役員会では今、その青臭い議論が真剣に交わされているという。

「少しでもよこしまな考えに聞こえるような発言をする人がいると、誰彼ともなく、それは人として正しいことなのかと指摘する声が上がります。これはかつてのJALにはなかったことであり、私自身も人として何が正しいことなのかを考えながら、勇気をもって役員会では言うべきことを言うようにしています」

大川氏はよくこんなことを思っていたという。

「客室をマネジメントするチーフキャビンアテンダントは会社で言えば社長のようなもの。リーダーには勇気と覚悟、責任が必要だ」。代表取締役になった今、背負う責任と求められる覚悟、勇気は年々、重くなっているのを実感する。

「経営の難度は、今後、ますます上がっていくでしょう。予測不可能なことも増えていく。不測の事態に直面した場合に必要なのは自分で考え、臨機応変に動けることですが、これはフライト中の客室乗務員に求められることと同じです。リーダーは勇気と覚悟、責任を持つべきという考えはずっと変わらず、立場が変わるにつれ、それがじわじわと大きくなり、またそれを実感しています」

【text:曲沼美恵】


※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.49 連載「Message from TOP 経営者が語る人と組織の戦略と持論」より転載・一部修正したものである。
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※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。

PROFILE
大川 順子(おおかわじゅんこ)氏
日本航空株式会社 副会長

1977年、日本航空入社。国際客室乗務部パーサー、客室乗務員訓練部教官などを経て2006年、機内サービス部長就任。2007年に客室サービス企画部長となり、サービスの定量評価を導入。2010年に女性、そして客室乗務職出身者として初の執行役員客室本部長に就任。2013年、取締役専務執行役員客室本部長、2014年、取締役専務執行役員コーポレートブランド推進部担当、2016年、代表取締役 専務執行役員 コミュニケーション本部長、2018年4月から現職。

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