神戸大学大学院 平野 光俊氏 人事部の豊かな人事情報が適材適所をもたらす

日本企業に特徴的な適材適所とは何か。それは当然、会社の制度や文化と密接な関係があるはずだ。そこで、イオンで人事部長などを務めた後、経営学者に転身した経歴をもち、日本企業の制度や文化に詳しい人的資源管理の専門家、平野光俊氏に詳しく伺った。


ポストと人材をあえてずらすのが日本企業独自の適材適所

1970年代から、多くの日本企業が「職能資格制度」を採用しました。その制度の生みの親・楠田丘氏は、『賃金とは何か』(中央経済社)で、職能資格制度を導入したダイエーの中内功氏が、はじめにこう語ったと述べています。「職務給は嫌です。なぜなら我が社はこれから発展していくんだから職務概念を作ることはできません。何でもやってもらいたいんです」

つまり、経理・総務などの職務で契約するのではなく、ダイエーという会社と契約してもらい、会社が大きくなってポストが次々に増えるなかで、状況に合わせてどんな仕事もしてもらわないと困るというわけです。柔軟な配置転換が可能な職能資格制度は、そうした成長期の日本企業に都合が良かったため、一気に普及したのです。

職能資格制度を採用した日本企業では、適材適所のあり方も欧米とは異なります。欧米型の職務給制度ではジョブとスキルをマッチングさせるのですが、職能資格制度の場合は、人材のポテンシャルに注目して、ジョブに対してややスキルが不足している人材をあえて配置し、能力をストレッチするのです。ポストと人材をずらすことで人材育成を行うのが、日本企業独自の適材適所なのです。

そして、そのずらし方は、小池和男氏が提唱した「知的熟練論」が本質を突いています。「知的熟練」とは、例えば工場の工員たちが、自分の主業務の前工程・後工程も一度経験することで、主業務の業務知識や分析力を高めることを指します。工員たちは前後工程を知ることで、生産ラインで生じる問題処理能力を手に入れるのです。アメリカでは、生産ラインで問題が起きたら、オペレーションに関わらないトラブルシューターが解決しますが、日本は前後工程を知る工員が、自らその場で変化や異常に対応し、問題を解決できるのです。これが、日本の生産現場の「めざましい効率性」につながっていると小池氏は言います(『仕事の経済学』東洋経済新報社)。

知的熟練論は、ホワイトカラーにもあてはまります。例えば、予算管理をする従業員は、予算と実績の乖離が起きている製造・販売などの現場を経験することで、実績とのズレが少ない予算を編成できるようになります。これが、本社スタッフが現場を知る効用です。そのため、日本では、本社と現場間の異動が目立つのです。

知的熟練論に基づけば、「主職能+主職能に関連する1〜2つの副職能」をもつ人材を増やすのが合理的です。もちろん、諸々の理由から非連続的な異動をする従業員も見られますが、日本企業には「主職能+副職能」人材が多く、それがビジネス上の強みとなってきたのです。

職務給に職能資格制度を取り入れる「ハイブリッド型」が現在の主流

ご存じのとおり、現在の日本は職務給制度への移行が進んでいます。潮目が変わったのは、山一證券などが破綻した1997年です。これ以降日本は平成雇用不況期に入ります。先に職能資格制度は成長期に都合が良いと述べましたが、逆に低成長期には向きません。人件費を抑制できないからです。そこで職務給の導入が始まったのです。

しかし、日本企業は急速に変わったわけではありません。私の知る限り、現在の日本は、職務給をベースに職能資格制度の要素を取り入れる「ハイブリッド型」が主流です。なぜなら、完全な職務給にすると、知能熟練型の人材育成ができなくなるからです。日本企業は、知的熟練の強みを捨てたくないのです。そのため、職務給への移行は緩やかですし、おそらく今後もそうでしょう。

ただし、知的熟練型の人材育成システムには欠点もあります。それは、欧米のように経営人材候補を早期に選び出し、育成できないことです。そこで今、多くの日本企業が、知的熟練の強みを維持したまま、別のキャリアトラックで経営人材の早期育成を試みています。

人への関心を失わないことが日本の人事部にとって最も大切では

一方、個人の側から見ると、1990年代までの日本は組織主導のキャリア開発が主でしたが、平成雇用不況期に入ると、一転してキャリアの主体性が問われるようになりました。現在は転職市場が拡大し、人材の流動性も高まりましたし、集団管理でない人事管理の個別配慮「I-deals」も広まりつつあります。

しかし、だからといって、日本の労働者全体のキャリア意識が高まったわけではなく、キャリア開発を企業に依存する従業員がまだ多いのが実態です。そこで問題となるのが、人事部の縮小です。かつての人事部は多くの部員を抱え、職場の人事情報を大量に集めていました。人事部がラインマネジャーと同じように従業員を知っていたからこそ、強い人事権を発動し、従業員の異動やキャリア開発ができたのです。ところが、平成雇用不況期に入り、多くの企業が人事部をリストラしたため、情報の収集が質量ともに限られるようになりました。これらを踏まえると、これからの人事部は、HR Techなども上手に活用しながら、社員個別の人事情報の収集力と分析力を取り戻す必要があるでしょう。知的熟練を重視する限り、組織主導のキャリア開発は重要ですし、I-dealsにも詳しい人事情報が欠かせないからです。

人を出発点に、その能力を評価する職能資格制度を採ってきた日本企業の人事部の強みは、人事情報の豊かさにあります。それを支えるのは、人(社員)への関心です。人への関心を失わず、人事情報の収集・分析に注力し続けることが、日本の人事部にとって最も大切ではないかと思います。

【text :米川青馬】

※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.49 特集1「適材適所 偶発をデザインする」より抜粋・一部修正したものである。
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※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。

PROFILE
平野 光俊(ひらのみつとし)氏
神戸大学大学院 経営学研究科 教授

1980年早稲田大学商学部卒業後、ジャスコ(現イオン)入社。近畿四国事業本部人事部長、本社グループ戦略室次長などを歴任後、神戸大学大学院経営学研究科助教授を経て、2006年より現職。専門は経営組織・人的資源管理。『日本型人事管理』(中央経済社)など著書・共著書多数。

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