慶應義塾大学 八代 充史氏 ジョブローテーションは差別化された人材を育てる上で有用

人事にとって、適材適所は基本中の基本であり、人事異動はそのために必須の手段だ。では、日本企業に特有のジョブローテーションは適材適所にどのように役立ってきたのだろうか。現代日本企業の人的資源管理に詳しい八代充史氏に、ジョブローテーションの意義や効用、未来について伺った。


幹部候補の育成や従業員の意欲を維持する効用もある

ジョブローテーションは、一見、適材適所と矛盾しているように見えます。なぜなら、1つの仕事を続けていれば得られるはずの従業員の専門性を放棄するからです。実際、ジョブローテーションに従業員側のインセンティブは少なく、従業員は専門性を磨いた方が得をするケースが多いはずです。それでもなお、日本企業がジョブローテーションを続けるのはなぜでしょうか。

私は、ジョブローテーションには、日本企業が続けるだけの効用があると考えています。

第1の効用は、「幹部候補の育成」です。ゆくゆくは経営層にと考えている優秀な人材を、はじめはあえて現場に送り込み、基本業務に就いてもらう企業は今も多いはずです。日本企業には、幹部候補にこうして現場を知らしめたり、適性を確認したりするプロセスが必要だという考え方が根強くあります。

第2の効用は、「変化への適応」です。技術進化や景気変動などの影響で、ビジネスは必ず変化します。技術・スキルの陳腐化を見越して異なる職種に挑戦させ、また景気悪化に備えてコストセンターからプロフィットセンターへ異動させるという対応は、ある程度必要でしょう。その面でもジョブローテーションは役立ちます。これは適材適所の一環でもあります。

第3の効用は、従業員の「モチベーション維持」です。欧米などの企業が、「2:6:2」のうち、最も能力の高い「2」を重視するのに対し、日本企業は「6」を重視する傾向があります。「6」の従業員に、できるだけ長く意欲を高く維持してもらいたいのです。そのため、日本企業の多くが、長ければ40代半ばまで、同一年次で昇進・昇格で決定的な差をつけない代わりに、これはと思う従業員には重要な職務を経験させます。それで「あなたは幹部候補だ」と暗に伝え、従業員の意欲を高めようとしているのです。ただし、当該従業員が幹部候補かどうかは本人には伝えません。

そして、第4の効用は「差別化された人材の育成」です。もちろん、ビジネスには多くの専門家が必要で、専門家の育成は欠かせません。しかし、専門家は社外にも多く存在しており、中途採用やアウトソーシングが可能です。他方、特定企業にカスタマイズされた「キャリアの幅広さをもった人材」、差別化の源泉となる人材は、社外に都合よく存在するものではありません。育成の優先順位が高いのは、専門家よりもこうした「差別化された人材」です。その育成には、いくつかの重要ポジションを経験してもらう必要があります。その意味で、ジョブローテーションは有用なのです。

根本的な原因は日本の労働市場の流動性が低いことにある

このように、ジョブローテーションにはいくつかの効用がありますが、異動後は短期的に生産性が下がるため、企業にとっては一種の投資です。それでも日本企業が多くの従業員に長期間ジョブローテーションを行う要因は、日本の労働市場の流動性が低いことにあると考えています。

先ほども触れましたが、欧米などの企業では最も能力の高い「2」の従業員を重視します。すると、それ以下の「8」の従業員の多くは、早晩会社を離れます。労働市場の人材の流動性が高く、新たな仕事が見つかる可能性が高いからです。それなら、自分を認めてくれる企業、自分が望むポジションを探すのが普通でしょう。

一方、戦後以降の日本の労働市場は、解雇規制が強く、従業員もなかなか辞めないため、企業は中間層の「6」のモチベーションを重視せざるを得ませんでした。彼らがやる気を失ったまま組織に残ったら、周囲に悪影響を及ぼすからです。多くの従業員に長期間のジョブローテーションを行うのは、そこに大きな理由があります。単に幹部候補生を育てるだけなら、優秀な「2」の従業員に資源を集中すればよい。しかし、それでは「6」の従業員のモチベーションは維持できない。したがって、昇進・昇格の道が閉ざされた従業員にはジョブローテーションを行い、目先を変える。そうすることで、従業員のモチベーションの維持と適材適所を何とか両立させてきたのです。

新卒採用が続く限りジョブローテーションも残るのでは

では、今後も日本企業はジョブローテーションを重視するのでしょうか。私は、その鍵を握る1つの要素は、「新卒採用」だと考えています。

新卒採用もまた日本の労働市場に特徴的な仕組みですが、ジョブローテーションとの相性は抜群です。なぜなら、何色にも染め上げられる「白い布」である新卒従業員の価値は高く、特にジョブローテーションを通して、幹部候補や差別化された人材を育てやすいからです。当然、再チャレンジ促進や社内公募制など、新卒採用の欠点を補完する制度とセットで考えた方がよいですが、一定のメリットがあります。新卒採用が続く限り、多くの新人を育成し、彼らのモチベーションを維持する仕組みとして、ジョブローテーションも残るのではないでしょうか。

しかし、新卒採用者数を減らしたり、取りやめたりする企業が増え、労働市場の流動性が増して中途採用が盛んになれば、ジョブローテーションは限定的になる可能性が高いでしょう。もはや「6」を重視する必要がなくなるからです。

【text :米川青馬】

※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.49 特集1「適材適所 偶発をデザインする」より抜粋・一部修正したものです。
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※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。

PROFILE
八代 充史(やしろあつし)氏
慶応義塾大学 商学部 教授

1982年慶應義塾大学経済学部卒業。1987年慶應義塾大学大学院商学研究科博士課程単位取得退学。日本労働研究機構を経て、1996年慶應義塾大学商学部助教授、2003年より現職。『日本的雇用制度はどこへ向かうのか』『人的資源管理論〈第2版〉』(共に中央経済社)など著書・共著書多数。

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