インタビュー
経営者が語る人と組織の戦略と持論
株式会社島津製作所 代表取締役社長 上田 輝久氏
- 公開日:2018/02/26
- 更新日:2024/03/27
「科学技術で社会に貢献する」を社是とし、分析、計測、医療、航空など、さまざまな分野の機器を開発、販売する創業142年の島津製作所。老舗を率いるリーダーが今年60歳となった上田輝久氏だ。自身の成長の糧となった仕事経験と、そこから導き出される人事への示唆を語ってもらった。
国際感覚を磨く
見知らぬ海外で、日本語を解しない人たちと一緒に仕事をする。そんな体験が人を成長させる。上田氏の場合もそうだった。1989年から2年間、アメリカ中西部にあるカンザス大学に単身で赴任し、同大学と共同で作った島津カンザスリサーチラボラトリーのマネージャーをつとめた。30代前半のことだ。
同大学で教鞭をとっていた薬学の世界的権威、ヒグチ博士が「全米ナンバーワンのものを作りたい」と島津に持ちかけ、実現したラボだった。赴任する直前、ヒグチ博士は不幸にも亡くなり、後を継いだ同じ日系人のクワナ博士がラボ全体を統括、上田氏が日々のマネジメントを行うという役割分担だった。
上田氏が当時を振り返る。「白人もいれば黒人も各国からの留学生もいました。価値観がまったく違う人たちのベクトルを合わせ、成果を出さなければならない。もちろん英語で、です。例えば失敗をしたときなど、日本人は潔くないと考えて言い訳をしないことが多いのですが、外国人はよく言い訳をします。最初はそれをよく思いませんでした。でもクワナ博士に指摘されて気づいたんですが、それが彼らの文化なんです。お互いに相手の文化や価値観を尊重し、良いところを認め合う。日本文化を知ってもらおうと、時にはメンバーを寿司屋に連れていってご馳走しました。ここでは国際感覚を磨きました」
クレームに真摯に向き合う
上田氏は大学で液体クロマトグラフィー(液体中に含まれる各成分を分離し、含有量や比率を計測する技術)の研究に勤しんだ経歴をもち、その分析装置(液体クロマトグラフ=LC)を製品として扱っているという理由で島津を就職先に選んだ。アメリカ帰国後の1995年から10年間、そのLCの開発を担当する部門の課長、さらにはビジネスユニット(BU)長として働く。
「製品としては完成していましたが、ユーザーの細かいニーズに対応しながら、完成度を上げていく段階にあり、国内外を問わず、大手の製薬メーカー各社からのクレームや要望に辛抱強く向き合いました。こちらの至らぬところは素直に謝り、粘り強く対応していくと逆に信頼されるようになって、思わぬイノベーションにつながることがありました」
例えば1999年から始まったA社との共同開発である。これも最初はクレームから始まった。
A社は新薬開発のために島津のLCを活用していたが、新薬候補の物質が水に混ざりにくいためLC内部の金属表面に貼りついてしまい、成分量や濃度を正しく計算できず誤差が生じていた。「まずはこのサンプルが正しく測れるようにしてほしい、と先方から言われ、それをクリアしたら次はこれで、というように、何度も繰り返しテストを要求されました」
上田氏はBU長の立場にあったが、部下たちは他のプロジェクトに忙殺されているため、こうした仕事は自ら担当した。「盆も正月もなく、ずっと会社に行きデータをとってはなぜこうなるのか、ひたすら考えました。難題の1つが同じサンプルを使っているのに結果が異なることでした。サンプルは小さなガラス瓶に入れるのですが、ある日、ガラス瓶の底と上部で温度が10数度も違うことが分かったんです。原因はこれだと。先方の担当者に話したら、とても驚いていました。こうした細かな改善の繰り返しでした」
お客様が自らPR役に
2年ほど経ったとき、思いがけない話が持ち上がった。A社の担当者から「これをオートサンプラーとして製品化してほしい。他社はこんなに細かなことはやらないから、実現したら必ず御社にとっても重要な商品になる。ぜひ取り組んでもらいたい」と口説かれたのだ。
オートサンプラーはサンプルをLCに自動注入する装置だ。当時、島津のそれはサンプルの注入速度がライバル製品より遅かったので売り上げが伸びず、撤退も検討されていたが、上田氏は引き受けた。
いざ開発プロセスに入ると、不思議なことが起こった。あちこちの会社から「いつ発売されるのか」と問い合わせの電話が入ってくるのだ。外部発表もしていないのになぜと思ったら、A社の担当者が自分からPRしてくれていた。2001年7月、サンプルの注入時間が世界最短のオートサンプラーが完成、発売されヒットする。
「お客様が本当に困っていることに親身に対応して解決すると高い評価をいただける。当社への信頼を深め、自らPR役を買って出ていただける。この2つを学びましたね。難しいことから逃げては駄目なんです」
この後、2004年10月から品質保証部に異動し部長となる。それまではLCだけを見ればよかったが、今度は合計10事業の製品の品質保証を行う部署だ。仕事のスタンスを変えざるを得なかった。
内部のサイロを壊す
よく知っているLCの世界と違い、光やバイオ、排ガス、はたまたX線など、門外漢の分野の機器ばかり。それぞれの事業のリーダー、10人と誼を通じ、彼らをその気にさせなければ仕事にならない。癖の強い人も多く、最初はなかなかこちらの言うことを聞いてくれず、上田氏は悩んだ。どうやって打開したのか。
「彼らの職場に足繁く通いつめ、機会を見て、こちらから話しかけました。品質保証部長は新年会も忘年会も呼ばれないから寂しいなあ、と口を滑らせたら、ちょっと来ませんか、と。出かけていくと、その話が広まって、うちのグループの会にも、うちにも、となり、次第に日程調整が難しいほどになりました」
リーダー自ら内部のサイロを壊してかかったのだ。さらにもう1つの調整にも乗り出す。
そもそも製品の品質を向上させるには、クレームゼロを目指した新製品開発を徹底すると共に、発生した際には迅速に対応できなければならない。上流の開発部門と下流のサービス会社との連携が不可欠なのだ。上田氏はその仕組みづくりに奔走する。「それまでは技術という観点で物を見てきたわけですが、ここに来て事業という視点でも考えられるようになりました」
その後、分析計測事業部長を4年間つとめ、2015年6月、同社では異例の50代の若さで社長に就任する。アメリカのラボで培った国際感覚、顧客の不満を新製品開発につなげたイノベーターとしての力、サイロを壊して事業を最適化させた功績が評価されたのは間違いない。
仕事は丁寧に真心を尽くす
上田氏が考える人材育成の基本は「上司が部下に関心をもつこと」。そのとおりだろうが、もう少し詳しく聞くと、「部下の強みと弱みを整理しておき、その強みの方をいかに伸ばすかをあの手この手で考え実行すべき」という答えが返ってきた。
強みは本人の得意技でもあるから、それを伸ばす仕事を与えられたら、当然、意欲が向上する。成果も出るだろうから、弱みもおのずと克服されていく、という考え方だ。「私の場合はLCに関する技術がまさに強みであり、仕事のコアでした。技術だけではなく、人事なら人事、法務なら法務、それぞれのコアがあるべきです。自分なりの勉強をしっかりやらせた上で、社内外を問わず、人との交流からも学ばせる。これを上司は支援すべきでしょう」
入社間もない20代の頃といまとを比較して、自身、一番変わったことは何か、という質問に上田氏はこう答えた。「1つのことをいろいろな方向から見ることができるようになりました。若いときは自分視点で、好きか嫌いかで物事を見ていましたが、最近は多方面から物事を見られるようになりました。経営というのはまさにそういう性格の仕事だと実感しています」
大切にしている言葉は「寧静致遠」。丁寧に真心を尽くして物事を進めなければ遠大な仕事を達成することはできない。『三国志』で有名な諸葛亮孔明が実子に示した戒めの言葉だ。大学時代に『三国志』を愛読し、彼に憧れていたのだという。
物事を多方面から考え、寧静致遠の精神で仕事を進めていけば、気苦労も絶えない。実際、社長となり夜寝られないことが多かったという。「明日の会議でこれを話そう、あの人にこれを言わなければといろいろなことが気になって2時頃に目覚めてしまっていたんです。そこで枕元にiPadを置き、気になることを全部メモすることにしたら、すっきり眠れるようになりました」
根っからの技術者だろうが、それだけではない。人情にも通じたリーダーである。
【text :荻野進介】
※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.48 連載「Message from TOP 経営者が語る人と組織の戦略と持論」より転載・一部修正したものである。
RMS Messageのバックナンバーはこちら。
PROFILE
上田 輝久(うえだ てるひさ) 氏
株式会社島津製作所 代表取締役社長
1957年山口県生まれ。1982年京都大学大学院工学研究科修士課程修了、島津製作所入社。2000年分析機器事業部LC部長、2001年同LCビジネスユニット統括マネージャー、 2004年分析計測事業部品質保証部長、2007年執行役員分析計測事業部副事業部長、2011年取締役分析計測事業部長を経て、2015年6月から現職。
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