関西学院大学 松本 雄一氏 実践共同体はメンバーに心理的安全性をもたらす

「実践共同体」。耳慣れない言葉かもしれないが、組織内での個人の熟達や心理的安全を考える上では欠かせないキーワードの1つだ。そこで、経営組織における技能形成を研究し、実践共同体に詳しい松本雄一氏に、実践共同体とはどういうものか、どうすればうまくいき、どういった効用があるのかを伺った。


「学びのコミュニティ」である実践共同体

ごく簡単に定義すると、「実践共同体」とは、企業などの組織の内外に作る「学びのコミュニティ」のことです。仕事の場でも研修の場でもない、「学習の第三の場」といってもよいでしょう。最も分かりやすい例は、企業のなかで特定の技術や知識を必要とするメンバーが部門横断的に集まる非公式の「勉強会」や「研究会」です。

私は、この実践共同体が、組織のメンバーに心理的安全をもたらし、他にもさまざまなプラスの影響を組織に及ぼし得ると考えています。その理由について、これから詳しくお話しします。

失敗や無知を許容する組織文化を作るのは難しい

なぜ実践共同体がメンバーに心理的安全をもたらすのか。結論からいえば、最大の要因は、実践共同体が失敗や無知を許容できるからです。

自主的な勉強会・研究会のなかで失敗しても、組織のビジネスには損害を与えませんし、そのミスが誰かに迷惑をかけることもありません。学びの場ですから、失敗や間違いがあれば、誰かがその原因を指摘してくれ、その場で正しいスキルや知識を学ぶことができます。つまり、実践共同体では、安心して失敗できるのです。むしろ、皆の学びになる分、誰かが多少間違った方がよいかもしれません。もちろん、その場ではどんな質問をしても大丈夫ですし、変に空気を読んだり、気を遣ったりする必要もありません。実践共同体には、こうした特徴があります。

もちろん、公式の組織そのものを、失敗や無知を許容する文化にすることもできます。しかし、それは実際にはかなり難しいことでしょう。ヒエラルキーと評価があり、成果を求められる以上、従業員の心から「失敗して責任を問われたらどうしよう」「こんなことを言ったら頭が悪いと思われる」といった恐れをなくすのは、至難の業だと思われます。それなら、仕事の場とは別に、実践共同体を立ち上げた方が簡単で早いと思うのです。

また、「学習する組織」を実現できれば、組織内で学び、成長できるのだから、実践共同体は不必要ではないかというご意見をいただくことがありますが、私はそうは考えません。なぜなら、学習する組織のメンバーであっても、主業務に直結しない新たなスキル・知識を学びたい、主業務とは関係のない組織内ネットワークを構築したい、主業務とは関係のない誰かに相談に乗ってほしいといったニーズはあるはずで、実践共同体はそうしたニーズによく応えられるからです。学習する組織と実践共同体は併存できるのですから、実践共同体をなくす必要はないと思うのです。

熟達したメンバーが偉い実践共同体は成功する

もちろん、実践共同体にも善し悪しがあり、すぐに動かなくなる実践共同体もあります。そのなかで、うまくいっている実践共同体には、1つの大きな特徴があります。

それは、実践共同体のなかで、組織の序列とは別に「学習対象のスキルや経験値に即した序列」ができていることです。例えば、英語を学ぶ実践共同体なら、英語が上手な社員が一番上で、英語ができなければ部長だろうと社長だろうと序列は下になる。こうした仕組みがある実践共同体はうまくいきます。熟達したメンバーが、そうでないメンバーの良いところや成長した部分を指摘しながら、参加者全員で成長していこうという空気を醸成できるからです。

そうした実践共同体を作るには、まずさまざまな部門や階層からメンバーを集めた方がよいでしょう。普段から近しいメンバーだけで実践共同体を作ると、どうしてもいつものヒエラルキーに収まってしまいます。新たな序列には、メンバーの多様性が必要なのです。

また、新人社員・若手社員が発言しやすい工夫をすると、さらにうまくいきやすくなります。例えば、新人や若手にミッションを与え、それを参加者の前で報告してもらうのです。当然、それは新人・若手育成にも効果があるはずです。

実践共同体は回り回って組織やビジネスを変革する

ちなみに、私は、いまお話ししたような実践共同体の特徴を、公文教育研究会学習療法センターが展開する「学習療法」の実践共同体を研究するなかで発見しました。

学習療法とは、認知症の維持・改善・予防に効果がある非薬物療法で、現在、学習療法センターが全国の介護施設などに広めています。この学習療法の導入にあたって、多くの介護施設が実践共同体を設けているのです。そのなかでうまくいっている実践共同体には、メンバーの多様性、新人社員・若手社員が発言しやすい工夫、そして組織本体とはまったく別の序列がありました。

この研究からは、実践共同体が公式の組織にもさまざまな良い影響を与えているということが分かってきました。

第一に、実践共同体には、互いに助け合う文化を醸成する効果があります。実践共同体では、どうやったら上手になれるか、どうすればもっと上手に学べるかを、皆で力を合わせて考えますが、その過程を経ることで、組織全体に、普段の仕事でも協力し合おうという雰囲気、助け合いの精神が生まれていたのです。

第二に、さまざまな部門・階層からメンバーが集うことで、新たな人的ネットワーク、新たなつながりがいくつもできるという効果があります。実践共同体に参加した従業員は、部署や職場の境界を越えやすくなり、互いに相談しやすくなるのです。この「越境」のメカニズムが、組織をさらに改善していく可能性が十分にあります。

第三に、実践共同体には、往々にして「二次的意義」が生まれます。例えば、学習療法を学ぶうちに、他の技術や知識も学ぼう、あるいはいま介護の現場で起きている問題を一緒に解決しようというふうに、新たな目的がよくできるのです。私は、こうした二次的意義が起こった方がよいと考えています。自発的に考え、自律的に学んでいけるのが、実践共同体の大きな長所だからです。最初に設定した学びのトピックは、最初に集まるきっかけで全然かまわないのです。この二次的意義が、メンバーの学びをさらに深め、組織に還元されます。

第四に、実践共同体は、「組織が望ましいと考えるのとは異なる見方・やり方・考え方」を提供する可能性があります。学びを深めるなかで、「組織はこうしなさいと言うが、本当はこのやり方の方がいいのでは?」という発見が生まれることがよくあるのです。これが、イノベーションや業務効率化、組織の問題解決などにつながるケースが実に多い。つまり、実践共同体は、回り回って組織やビジネスに変革を起こす可能性が高いのです。

実は、学習療法を広めている公文教育研究会は、実践共同体を公文のシステム全体にも上手に組み込んでいます。知識共有・知識創造を行う地域の少人数グループの実践共同体と、ネットワークを広げて越境を促進する都道府県レベル・全国レベルの実践共同体を上手にリンクさせ、公文の先生方の成長を促すと共に、公文そのものの成長にもつなげています。実践共同体が組織やビジネスを改善する力を大いに秘めていることを、実証している例といえます。

【text :米川青馬】


※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.48 特集1「組織の成果や学びにつながる心理的安全性のあり方」より抜粋・一部修正したものです。
本特集の関連記事や、RMS Messageのバックナンバーはこちら

※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。



PROFILE
松本 雄一(まつもと ゆういち)氏
関西学院大学 商学部 教授

神戸大学大学院経営学研究科修了。北九州市立大学経済学部経営情報学科助教授、関西学院大学商学部准教授を経て現職。専門は経営組織論・人的資源管理論。著書に『組織と技能』(白桃書房)、共著に『入門組織行動論(第2版)』(中央経済社)などがある。

お問い合わせはこちらから
WEBからのお問い合わせ
資料請求・お問い合わせ
[報道関係・マスコミの皆様へ]
取材・お問い合わせ
電話でのお問い合わせ
0120-878-300

受付時間
/ 8:30~18:00 月~金(祝祭日除く)

※フリーダイヤルをご利用できない場合は
03-6331-6000へおかけください。

記事のキーワード検索
Page Top