経営者が語る人と組織の戦略と持論 ヤマハ株式会社 代表執行役社長 中田卓也氏

今年、創業130年を迎えた世界最大の総合楽器メーカー、ヤマハ。 2013年から同社を率いるのが生え抜きの中田卓也氏だ。
対話を始めると、「ネアカで前向きなリーダー」という印象を受けた。自分自身を大きく成長させた具体的な仕事経験と、そうした経験から引き出される人材育成方針について語ってもらった。


場所によって物事の見え方が違う

冒頭、「これまでのキャリアを振り返って、自身が成長したと実感する経験を教えてほしい」という問いに、中田氏が思案顔になる。「困ったな。どんな経験でもすべて役立つと思っているから。強いて挙げれば、まずこれかな」

2010年のことだ。本社のある浜松を離れ、初の転勤命令が下った。場所は何とアメリカ、役職は現地法人の社長である。「物事というのは場所によってこうも見え方が違うのかと痛感しました。為替の問題です。当時は円高で、アメリカではうちの製品をなぜあんなに安売りするのか、と思っていたら、向こうにいくと、1ドルは1ドル、何も変わりはないと。物事というのはこっちから見るのと反対から見るのとではまったく違うなと。これはもう本当に身をもって腹に落ちたんです。自分がマイノリティであることも初めて意識しました。人それぞれに正義があるし、価値観が違って、それぞれが正しい。身をもって実感しました」

組織にはライフサイクルがある

次に挙げた成長経験はPA・DMI事業部で副事業部長を務めていたときのことだ。PAは業務用音響機器、DMIは電子楽器を意味する。別々の部署だった両事業部が2000年に合併し、電子楽器事業部にいた中田氏が組織の統合に向け尽力した。

合併のねらいは黒字のDMI事業で稼いだ利益で、赤字続きのPA事業を立て直すというもの。「お互いがリスペクトし合う関係をどう築き、組織を融和させるか。それが私の仕事でした」

赤字のPAを先頭にした事業部名にまずそれが表れている。さらに、製品ごとに設定されていた課を全廃し、機械設計、電気設計といった機能別に再編した。「組織にはライフサイクルがあり、時間が経つと制度疲労を必ず起こします。それを変えるのが組織変更です。逆にいえば組織変更には必ず目的があるべきで、目的を達成した組織は弊害を生みますから、即刻、解体すべきです」

後に社長になった中田氏はそれまでの事業部制を廃止した。社員が事業部という狭い枠で物事を考えがちなことに危機感を覚えたからだという。この決断には以前の経験が役立っている。

融和のためにはお互いの長所を伸ばす工夫もした。DMIは開発スキル、PAは開発プロセスの管理手法が優れており、それぞれのノウハウや考え方を共有させた。こうした努力が実り、PA事業の黒字化を3年で達成できた。

時代をさらにさかのぼる。1990年発売のシーケンサー「QY10」の開発に企画担当として関わったことが3番目の成長経験だ。データを入力するだけで作曲や演奏が楽しめる機械で、ライバルメーカーに押され、ヤマハのシェアは落ちる一方だった。起死回生の製品を、と上から言われ、中田氏がメンバーと共に考えたのが、当時のスキーブームを反映し、スキーバスのなかでも使えるほどコンパクトなものだった。他社製品はずっと大きく、持ち運びは難しかった。

どんな仕事も楽しくできる

VHSのビデオテープとまったく同じ大きさを実現しようとした。機構設計からは無理だと泣きつかれたが、中田氏は納得しなかった。プラスチックの厚みを社内規定より薄くさせた。電池の収納も工夫し、斜めに差し込むようにしたら薄さを稼げた。できない理由をすべて潰した。「この仕事から、コンセプトは徹底的に貫くべき、ということを学びました。必要な機能だけ残し、それ以外は徹底的に排除する。仕事はすべて同じでしょう。何をやり、何をやらないか、という取捨選択が肝心です」

そうして開発されたQY10は、他社製品の半額以下の値段で発売され爆発的ヒットとなった。

このように、仕事の取捨選択はするが、仕事のえり好みはしない。こんなこともあった。 

入社2年目、中田氏はクレジットカード事業を担当する。といっても上司の課長と2人きりだ。ヤマハはユニオンクレジット(現ユーシーカード)と組み、ヤマハUCカードを発行していた。支店や工場をくまなく回り、カードの説明と会員募集の“営業”を行った。それが終わると申込用紙が本社に送られてきた。ヤマハ音楽教室に子供を通わせている親のものもあり、その数、1日1000通にもなったが、これらすべてをコピーして控えをとらなければいけなかった。 

「コピー機は2台しかなく、私が占拠すると他の人に怒られます。人が来たらすぐに撤収できるようにしながら、どうやったらより早く、より正確にコピーがとれるか。時計とにらめっこしながら、頭を使って必死でやり抜きました。そうすると、最初はつまらないと思っていたコピーが楽しくなってきた。どんな仕事にも楽しみを見つけられるし、工夫のしがいがある。今も社員によく言うんです。『トイレ掃除をやれと言われたら、私はやるよ、人より断然きれいにするよ』と。自分と競争するのが好きなんですね。いついかなるときでも最善を尽くす。私の信条です」

最初にやれば第一人者になれる

子供の頃は玩具や機械をいじるのが大好きで、親が買ってくれた玩具も1時間と経たず、中身を分解してしまった。好奇心が強く、どうやって動いているか、仕組みが知りたかったのだ。4歳の頃、ヤマハ音楽教室に通う。長じてギターに興味をもち、友人とロックバンドも組んだ。模型づくりや工作も大好きで、大学は理系を考えたが、将来に色々な選択肢をもてそうだ、という理由であえて文系の学部を選んだ。第一志望の就職先として、ヤマハ(当時の社名は日本楽器製造)を選んだのはごく自然の流れだった。

1981年に入社し、研修が終わったら仰天した。新卒同期2人と共に配属されたのが、YIS(ワイズ)プロジェクト、できたばかりのコンピュータ事業だった。後にパソコンの共通規格となった、マイクロソフトらによるMSXが提唱されたのが1983年。その前にヤマハは、価格は約100万円と高額ながら、すでに家庭用のパソコンを開発していたのだ(発売は1982年)。「配属された日、明日から東京に行ってもらうから、と言われました。まずはパソコン教室に通いながら、売る方法を考えてもらうと。そんな仕事を新入社員にやらせた恐ろしい会社です」

ブラックボックスが嫌いだから、必死でパソコンについて勉強した。「そのとき、痛感しました。どんな分野も最初にやれば第一人者になれると。おかげで、社内では、長い間、コンピュータの専門家で通っていました」

最初のアメリカでの体験から始まり、ここまでキャリアをさかのぼってみると、「どんな経験でもすべて役立つ」という冒頭の言葉がすとんと腹に落ちる。

経験と共に増してきた許容力

そんな中田氏は人材育成についてどう考えているのだろうか。「多様な経験を積ませることが重要です。うちの事業の8割は海外ですから、担当レベルでどんどん派遣し、グローバルで通用する素養を身に付けてもらっています。まったく違う仕事を経験してもらうことも大切です。スタッフ部門の人材を現業部門に、逆もまたやります。特にスタッフが現業に行くと、現場からいかに嫌われているかが分かり、いい経験になりますよ」

いずれも人事異動が必須だが、心がけているのは「できる人にやらせない」。「子会社の社長のポストが空くと、『彼ならできる』という横異動の提案が多い。そうではなく、できるか分からないけれど、将来が有望な、できそうな人をあてるべき。私がトップになってから、周囲が驚く人事が結構あります」

見てきたように、中田氏こそが多様な経験を積んできた張本人だ。その経験は何に役立ったのだろうか。「20代の頃と比べ、段違いに増したのが許容力です。若い頃は許せなかったことが許せますし、若い頃は理解しようと思わなかったことも理解しようと。人の話もよく聞くようになりました。聞いた上でコテンパンにすることもありますが(笑)」

これまで、いろいろな本に影響を受けてきたという。例えば、山岡壮八による大部の歴史小説『徳川家康』だ。「したたかな狸オヤジ」という従来の家康のイメージを覆し、戦(いくさ)のない平和な世を作ろうと努力する新鮮なそれを広めた同作は、まさにリーダーの許容力の大切さを描いているのである。カード事業で全国を飛び回っていた入社間もない時期、出張先で時間が余ると読み耽った。

ああやはり、中田氏の場合、すべての経験に無駄はないのだ。ただ、幸いそうなっているのは、置かれた場面で常に「最善を尽く」してきたからに違いない。

【text :荻野進介】

※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.47 連載「Message from TOP 経営者が語る人と組織の戦略と持論」より転載・一部修正したものである。
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PROFILE
中田 卓也(なかた たくや)氏
ヤマハ株式会社 代表執行役社長

1958年岐阜県生まれ。1981年、慶應義塾大学法学部卒業後、日本楽器製造(現ヤマハ)入社。以後、一貫して電子機器や電子楽器の商品企画や開発に携わる。PA・DMI事業部長、取締役執行役員、アメリカ現地法人社長などを経て、2013年6月代表取締役社長就任、2017年6月から現職。

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