慶應義塾大学 高山 緑氏 私たちは100歳になっても周りに貢献したい生き物

「中高年以降、私たちはいったいどのように成長・発達し得るのか」「高齢者はどのような環境のもとにいると幸せに生きられるのか」
超高齢社会を迎えている私たちにとって、どちらの問題も決して他人事ではないはずだ。生涯発達心理学と高齢者のウェルビーイングを研究する高山緑氏に詳しく伺った。


私たちは中年期以降も「知恵」を豊かにし続けることができる

─ 高山先生の研究について教えてください。

私の研究テーマは大きく分けて2つあります。1つは心理的側面から見た「生涯発達プロセス」、もう1つは「高齢者のウェルビーイング」です。分かりやすく言うと、私たちが人生の最期までどのように心理的に成長・発達し得るか、そして最期まで「ウェルビーイング(身体的・精神的・社会的に良好で幸福な状態)」を保って、自分らしく生きるにはどのような環境が必要なのかを調べています。

─ まずは生涯発達心理学の研究内容を教えてください。

例えば、「知恵(wisdom)」の研究があります。私が高齢者の研究に関わり始めたのは20年ほど前ですが、ちょうど「生涯発達心理学」という学問が始まった頃でした。脳や身体の機能は中年期以降、衰えていきますが、その一方で、私たちには最期まで発達し続ける部分があると考えるのが生涯発達理論です。そこで、中高年期から豊かになっていくものの1つとして注目したのが「知恵」でした。

私たちには、未知の事柄を学んだり、新たな環境に慣れたり、さまざまな問題を解決したりする「流動性知能」が備わっていますが、60代以降に低下していきます。その衰えを補償するのが、これまでの学びや経験から得た知識である「結晶性知能」です。私たちは結晶性知能を上手に使うことで、老年期にも知的パフォーマンスを維持できるのです。しかし、結晶性知能だけで知恵を語ることはできません。

知恵は、多面的かつ多様で、個人差の大きいものですが、私は大きく見て「内省力」「感情的な豊かさ」「知的能力」の3要素がバランスよく備わっていることが大切だと感じています。というのは、私たちは単に知的能力が高いだけの人を、知恵のある人とは言わないと思うのです。知的能力に加え、自分の性格や限界をよく理解したり、自分を成長・変化させていくにはどうしたらよいかを判断したりする内省力や、周囲との良好な人間関係を築くのに必要な感情的な豊かさがあって、初めて知恵のある人だといわれるのです。

もちろん、高齢者の全員が優れた知恵を備えているわけではありません。過去の経験や知識をベースに老年期に知恵が豊かになっていく方もいれば、頑固になってしまい知恵が十分に働かないケースもあります。

十分な知恵を身に付けられるかどうかの分かれ道はおそらくいくつもありますが、分かってきていることもあります。例えば、自分とは異なる価値観を受け入れる懐の深さがある方や、何ごとにも強い好奇心をもっている方は、知恵が充実していく傾向があります。また、若い世代と積極的に交流している高齢者や、対話やメディアなどでどんどん情報を収集している高齢者も、知恵を蓄積している可能性が高いでしょう。

自分は地域の一員だと感じる高齢者はウェルビーイングが高い

─ もう1つの「高齢者のウェルビーイング」についても詳しく伺えたらと思います。

高齢者のウェルビーイングについては、私は今、川崎市の皆さんの協力を得て、「慶應―川崎エイジング・スタディ」というコホート調査(ある集団を一定期間追跡して、対象の変化を比較する観察的研究)を行っています。2016年度に2回目の大規模なインタビュー調査を実施したばかりで、縦断的なデータ分析はまだこれからですが、横断的なデータ分析ではすでに興味深い発見がありました。

その発見とは、これまで健康や経済状態が良いとウェルビーイングが高まることは分かっていましたが、地域環境やコミュニティ感覚(地域への愛着や、地域の一員であるという意識)も高齢者のウェルビーイングに影響を与えること、そしてそのメカニズムが見えてきたのです。まず、「物理的環境」が整っている(地域内の施設が使いやすかったり、地域で買い物しやすかったりする)と、地域への愛着が高まり、地域の一員であるという意識が高まることが分かってきました。また、「社会的環境」が整っている(地域に仲の良い方がいたり、地域のイベントやコミュニティに参加していたり、自分が地域に何か貢献できていたりする)場合、地域の一員である意識を高め、その意識がさらに地域への愛着を高めます。そして、このようなコミュニティ感覚が高い高齢者はウェルビーイングが高いのです。高齢者のウェルビーイングを高めるには、地域の物理的環境と社会的環境の両方が重要だということが明らかになりつつあります。高齢者は自然と生活範囲が狭まりますから、地域内の環境から影響を受けやすいのです。

なかでも物理的環境は自治体や地域が介入しやすいことですから、高齢者に優しいまちづくりを物理的環境から始めるという考え方があってよいだろうと思います。世界保健機関(WHO)が「エイジ・フレンドリー・シティ」という概念を打ち出してグローバル・ネットワークを立ち上げていますが、日本のエイジ・フレンドリー・シティを後押しするようなエビデンスをもっと出していけたらと思っています。

─ この研究で特に気になっていることは何でしょうか。

特に面白いと思うことの1つは、自分が地域に何か貢献できていることが、その方のウェルビーイングを高めるということです。私たちは、いくら年をとっても、周囲からサポートしてもらうだけでは満足できないのです。研究のなかで、私は60代から100歳まで、本当にさまざまな高齢者の方とお会いしますが、皆さんと話していると、 90歳になっても100歳になっても、自分の存在が家族の励みになっていたり、自分が何かしら周囲に良い影響を与えていると感じられたりすることが大事なのだと感じます。それが生きる意味や自尊心につながるからです。私たちは、いつまでも周りに貢献したい生き物なのです。

─ 今後はどのような研究を行っていく予定ですか。

これからは、上で紹介した「生涯発達プロセス」と共に、ウェルビーイングをもたらす人と環境の相互作用にもっと注目したいと思っています。高齢者の皆さんのウェルビーイングには、知恵やパーソナリティといった個人の能力・特性も、個人を取り巻く物理的・社会的環境も大きく影響しているからです。これからの超高齢社会において、一人ひとりがその人らしく最期までウェルビーイングをもって、自尊心を感じて生活するために、両者の相互作用のエビデンスをしっかりと出して、自治体や地域に働きかけることで、よりよい地域コミュニティの構築に役立てたらと考えています。

【text:米川青馬】


※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.47 展望「超高齢社会の生涯発達とウェルビーイングをもたらす環境」より転載・一部修正したものである。
RMS Messageのバックナンバーはこちら

※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。

PROFILE
高山 緑(たかやまみどり)氏
慶應義塾大学 理工学部 外国語・総合教育教室 教授

1998年東京大学大学院教育学研究科博士課程修了。武蔵工業大学環境情報学部助教授、慶應義塾大学理工学部准教授などを経て、現職。専門分野は生涯発達心理学、ジェロントロジー。著書に『老いのこころー加齢と成熟の発達心理学』(有斐閣)、『高齢者心理学』(朝倉書店)などがある。博士(教育学)、臨床心理士。

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