慶應義塾大学 山本 勲氏 日本の正規社員の平均労働時間は30年減っていない

1970〜1980年代には「日本人は働きすぎだ」といわれたが、現在の日本人はどうなのか。また、労働時間の上限規制など、労働時間を抑制する取り組みが進んでいるが、企業はどう対応したらよいのか。『労働時間の経済分析』(黒田祥子氏との共著)で注目されている山本勲氏に、日本の労働時間について話を伺った。


平均労働時間が減っているのはパートタイム雇用者が増えたから

日本人の平均労働時間は、1980年頃は年2100時間ほどでしたが、1980年代末から大幅に減り、2012年には1745時間となりました。その間、日本では週休2日制が一般的となり、法定労働時間が週48時間から40時間へと段階的に引き下げられました。

こう説明すると、日本人の労働時間は着実に減っていると感じるでしょう。しかし実は、壮年(20〜49歳)の男性正規社員の平均労働時間は、過去30年間、ほぼ減っていません。1986年も2011年も、彼らの平均労働時間は週50時間程度でした。日本の正規社員は、30年前と同様によく働いているのです。

では、なぜ日本人の平均労働時間は減ったのでしょうか。その理由は簡単で、契約社員・派遣社員・アルバイトなどを中心にパートタイムで働く人が増えたからです。短く働く人が増えた分、全体の労働時間が減ったのです。実際、1986年のパートタイム雇用者比率は約15%でしたが、2011年には25%を超えています。この30年で、フルタイムとパートタイムの「両極化」が進んだ、というのが実態なのです。

また、先に触れたように、この間、週休2日制が普及して、正規社員も多くは土曜が休みになりました。それでなぜ労働時間が減らないかというと、平日の残業が増えたからです。1986年と2011年を比べると、平日の平均労働時間は1日0.4時間ほど増えています。なお、ほぼ同じ分だけ、平日の睡眠時間が減ったことも分かっています。1986年から2011年で、平日の平均睡眠時間は1日0.37時間減少しています。

そうすると疑問なのは、なぜ今になって、「長時間労働の是正」の声が高まっているかということです。私の推測では、おそらく景気が良くなっているといわれるなかでも、なかなか処遇が良くならないからでしょう。そのために過剰な長時間労働の意識が高まっている、というのが真相だと思います。

日本は他国と比較して長時間労働者がダントツに多い

ところで、日本が他国と比較して特殊なのは、長時間労働者の数がダントツに多いことです。アメリカにもヨーロッパにもハードワーカーはいるのですが、割合が少ないためにあまり問題になっていません。ところが、日本にはハードワーカーが多いのです。正規社員の長時間労働が減らない原因の1つといえるでしょう。

理由はいくつか考えられます。1つ目に、そもそも日本には働くのが好きな人が多いことです。われわれの調査では、イギリスやドイツと比べて、日本人労働者の希望労働時間は長いという結果が出ています。長く働きたい人が多い国なのです。ただし一方では、希望労働時間を超えて働く人の割合も抜群に高く、好きで残業していない人が多いこともまた確かです。

2つ目に、マネジャーがハードワーカーの場合、マネジャーの存在が部下に影響を与えている可能性があります。彼らが部下に「長く働くのが当然だ」という態度で接すれば、労働時間は長くなるのが自然でしょう。

3つ目に、取引先やユーザーの要望が高いために長時間労働が普通になっている面が少なからずあります。特に大きな問題は、日本では垂直の取引構造が多く、下請けの中堅・中小企業が大企業の要望を断るのが難しい点です。

週 2〜3 時間のダラダラ勤務は削減できるのでは

では、どうすれば正規社員の長時間労働を改善できるのでしょうか。

第一に、HRMで変えられる部分があります。実際、上司と部下の関係が良好な職場では、希望労働時間と共に実労働時間も短い傾向があります。長く働くのが当たり前でない職場にすれば、メンバーの意識は変わるのです。しかし、現状は労働時間短縮に腹落ちしていないマネジャーが多いと聞きます。日本企業の課題ではないでしょうか。

第二に、もし本気で長時間労働を減らしたいなら、日本企業が一斉に変わる必要があるでしょう。取引先や企業に高い成果・サービスを求める文化を改めない限り、抜本的な是正は難しいからです。このままだと、大企業が労働時間を短縮しても、下請け企業にしわ寄せがいくだけという事態になりかねません。ビジネスの均衡状態そのものを改善する必要があります。

第三に、労働時間と評価を切り離すことができれば、労働時間が短くなる可能性があります。私はその意味で、労働時間の上限規制やホワイトカラー・エグゼンプションには良い効果があるのではないかと思っています。

ただ、ここでよく考えなくてはならないのは、長時間労働がすべて悪いのかということです。私は、決してそうではないと思います。そもそも労働時間の短縮は結果でしかなく、最も大切なのは生産性の向上です。労働時間は、生産性を起点にして考えなくてはなりません。

例えば、高い成果を上げ、良い給与と満足感を得るために、ある程度の残業が必要となることはあるでしょう。こうした生産性の高い「良い長時間労働」を行う雇用者が多いことは、日本企業の昔からの強みです。また、特に若い頃には、ある程度の長時間労働をしてスキルを高め、生産性を上げる必要もあるでしょう。

問題があるのは、付加価値につながらない労働です。われわれの研究によると、多くの場合、長時間労働のなかにはダラダラと働く生産性の低い時間があります。その時間を減らすことはできるはずです。そのためには、いったん実験的に組織やチームの労働時間を短くしてみることをお勧めします。そうすれば、きっとダラダラ勤務やムダな仕事が見えてくるはず。それを削減すれば、平均で週2〜3時間は正規社員の労働時間を減らせると私たちは予測しています。

もう1つの問題は「健康」です。労働には中毒性があり、気づいたら病気になっているケースがよくあるのです。健康を害することは本人だけでなく、医療費や家族・周囲への影響も大きく、できるだけ防ぐ必要があります。この問題には、勤務終了時から翌日の始業時までに一定時間のインターバルを保障する「勤務間インターバル制度」の導入が有効でしょう。日々の睡眠・休息時間を確保できれば、健康面の問題はかなり改善される可能性が高いからです。

【text :米川青馬】

※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.46 特集1「長時間労働」より抜粋・一部修正したものです。
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※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。

PROFILE
山本 勲(やまもといさむ)氏
慶應義塾大学 商学部 教授

1995年慶應義塾大学大学院修士課程修了。同年日本銀行に就職し、経済分析などに従事。2003年ブラウン大学経済学部大学院博士課程修了・博士号取得。2007年慶應義塾大学准教授を経て現職。著書に『労働時間の経済分析』(日本経済新聞出版社・共著)など。

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