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インタビュー

慶應義塾大学 中室牧子氏

「スマホを見ると学力が下がる」は本当か?

  • 公開日:2017/08/07
  • 更新日:2024/03/22
「スマホを見ると学力が下がる」は本当か?

本連載では2年にわたって、適正な教育施策を検討するにあたり、科学的根拠に基づいた議論をすることの重要性について、さまざまな角度から論じてきた。最終回となる今回は、スマホ使用と学力の関係についての調査結果を題材に、因果関係と相関関係の違いを見極めることについて、改めて考える。

相関関係があることは因果関係があることではない
「反事実」の想起で因果関係かどうか点検

相関関係があることは因果関係があることではない

2月15日の毎日新聞に「スマホ警告ポスター『使うほど学力下がります』日医作製」という記事が掲載された。これは、日本小児科医会と日本医師会が過度のスマートフォンの使用を警告する目的で作成したもので、全国の診療所などに掲出されるという。このポスターの主張の根拠となっているのが、文部科学省が実施している全国学力・学習状況調査のデータを用いた分析で、小中学校とも普段スマホや携帯電話の利用時間が長い生徒ほど平均正答率が低い傾向が見られたというものだ。確かにそういうデータを示されれば、「スマホを使っていると、学力が低くなる」と考えてしまいそうになる。

しかし、この手の議論には注意が必要だ。かつて「シャープペンシルを使うと頭が悪くなる」という話が信じられていたように、新しいテクノロジーが出てくると、必ずそれに対する警戒感から、子どもに良くないという根拠のない通説が現れて固定観念となっていく。もしシャープペンシルを使ったら頭が悪くなるというのだったら、今頃、わが国は大変なことになっているはずだ。新しいテクノロジーによって、自分の子どもの頃とは異なる学校生活を自分の子どもが送ろうとしていたからといって、それが必ずしも子どもにとって有害とは限らない。しかし、どうやら、学校というところは大人のノスタルジーに強烈に支配されている場所のようで、私も時々調査で学校を訪れると、自分の子どもの頃とまったく変わらぬ教室の様子に驚きを隠せないときがある。教室の正面に緑の黒板、黒板に向かって縦に並んだ机と椅子、後方に掃除道具の入った灰色のロッカー。30年前に私が小学生だったときと何も変わらないのだ。

しかし、今回「スマホを使用すると学力が下がる」と言っているのは権威ある医師会で、しかもその医師会が引用しているのは文部科学省が実施している学力テストの結果を用いた分析なのだから、十分信用に値するはずじゃないかと思う方もいるのではないだろうか。ここで私たちが注意しなければならないもう1つのことは、「相関関係」があるということは「因果関係」があることを意味しない、ということだ。

「因果関係」とは「2つの事柄のうち、どちらかが原因でどちらかが結果である」状態のことを指す。つまり、「スマホ」が原因で「学力が低い」という結果がもたらされたのであれば、それはスマホと学力の間に因果関係があるといえる。一方で、「相関関係」というのは、「2つの事柄に何らかの関連性はあるものの、2つの事柄は原因と結果の関係にない」というものだ。もしスマホと学力の関係が相関関係なのだとすると、子どもにスマホの使用をやめさせても、学力は上がらない。つまり、2つの事柄の関係が、「因果関係」なのか「相関関係」なのかを見極めることが重要なのだ。

このような目線で見ると、先に医師会が紹介している文科省実施の学力テストの結果を用いた分析は、あくまでスマホと学力の「相関関係」を示したものにすぎず、この分析をもってスマホと学力の間に「因果関係」があるとは到底いえない。おそらく、スマホを使ったから学力が下がるのではなく、学力が低いような子どもがスマホを使っているのではないかと考えられる。学力が低いような子どもがスマホを使っているのなら、その子どものスマホを取り上げても学力は上がらないことになる。

「反事実」の想起で因果関係かどうか点検

因果関係と相関関係を混同しないために、私は、「反事実」を思い浮かべるトレーニングをすることをお勧めしたい。反事実とは、事実の反対、すなわち「仮に○○をしなかったらどうなっていたか」という、実際には起こらなかった「たら・れば」のシナリオのことだ。フランスの哲学者であるブレーズ・パスカルは「クレオパトラの鼻がもう少し低かったら、世界の歴史は変わっていただろう」と言ったというが、これは「反事実」の考え方だ。

つまり、スマホばかり見ていてまったく勉強しないわが子が、「もしスマホを見ていなかったらどうなっていただろうか」と考える。スマホを見ていなかったら、彼は机に向かって勉強していただろうか。たぶん、そうはならないのではないだろうか。子どもが勉強しないのは、勉強がもとから嫌いだとか、勉強の習慣がないとか、勉強が分からなくて嫌になっているからであって、スマホを取り上げても、結局友達と遊んだり、ゲームをしたりするなどして、勉強以外のことに時間を使うだけだ。スマホは一見、子どもの学力を下げている原因のように見えるが、本当の原因は他にあって、その本当の原因が何かということを明らかにすることなしに、子どもの学力を上げることはできないのだ。

ここで、繰り返し強調しておきたいのは、因果関係を明らかにするためには、「反事実」を適切に想像できることが重要だということだ。因果関係がないのにもかかわらず、因果関係があるかのように勘違いしてしまうことは、たいていの場合、「反事実」をうまく想像できないときに起こる。特に、偉業を達成した人の成功譚には注意が必要だ。

仮に子どもを有名中学に入れたという母親が書いた本に、子どもにスマホを使わせなかったと書いてあると、多くの人がスマホと学力の間に因果関係があると考えてしまう。しかし、反事実(=その子がスマホを使っていたらどうなっていたか)と考えると、子どもの教育のことで本を書いてしまうほど教育熱心な母親のもとで育てられたその子どもは、スマホを使っていたとしてもやはり学力が高かった蓋然性は高い。こう考えると、2つの事柄の関係が相関関係にすぎず、因果関係ではない可能性を指摘できる。子どもの教育に時間やお金を正しく使うためには、「因果関係か、あるいは相関関係にすぎないのか」ということを把握することが極めて重要なのだ。

※本稿は、弊社機関誌RMS Message vol.46連載「<寄稿> 中室牧子の“エビデンスベーストが教育を変える”」より転載・一部修正したものである。
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PROFILE
中室牧子(なかむろまきこ)氏
慶應義塾大学 総合政策学部 准教授 

1998年慶應義塾大学卒業。米ニューヨーク市のコロンビア大学で学ぶ(MPA、Ph.D.)。専門は、経済学の理論や手法を用いて教育を分析する「教育経済学」。日本銀行や世界銀行での実務経験がある。主著に『「学力」の経済学』(ディスカヴァー・トウエンティワン)など。近著に『「原因と結果」の経済学-データから真実を見抜く思考法』(津川友介氏との共著/ダイヤモンド社)。

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