神戸大学大学院 大内伸哉氏 過度の顧客重視が長時間労働の根本的な原因だ

労働時間の問題を考えるとき、労働時間規制をはじめとする「労働法」の議論は外せない。そこで、『労働時間制度改革』(中央経済社)、『AI時代の働き方と法』(弘文堂)など多数の著書があり、労働法の観点から現代日本の働き方を鋭く見つめている大内伸哉氏に、労働時間制度について広範囲に話を伺った。


長時間労働を防ぐには労働時間の絶対的上限が必要だ

労働時間規制は労働法における古典的分野です。現在の労働基準法の前身で、1911年に制定された「工場法」には、すでに女性や年少者の労働時間規制が盛り込まれていました。この規制には、もちろん労働者保護という人道的な趣旨もありますが、労働者が健康で働き続けられるようにすることに経営上の大きなメリットがあったこともポイントです。つまり、労働時間規制は労使双方の利益につながるものであり、本来、労使で合意しやすい領域なのです。

ではなぜ今、労働時間規制が問題になっているのでしょうか。

現在、労働基準法は、労働時間の上限を原則として1日8時間、1週40時間とした上で、企業が労働者代表の同意を得て「三六協定」を締結して労基署に届け出をしたことを条件に、時間外労働を認めています。問題は、この三六協定が長時間労働のチェック手段として十分に機能していないことにあります。労働者の代表は三六協定の締結を拒否してこなかったからです。

三六協定の定める時間外労働には1カ月で45時間、1年で360時間などの上限が定められていますが、上限違反に対する制裁は弱く、さらに特別の事情がある場合にはこの上限を超えることができるなどの抜け穴もありました。

一方、時間外労働に対しては、企業は2割5分以上の「割増賃金」を払わなければならないというルールもあります。これも本来は長時間労働の抑制をねらったものでした。しかし実際には、より多くの収入を得ようとして、進んで残業する労働者を増やす結果を招きました。

以上のような状況を変えるためには、三六協定や割増賃金を中心とした規制に代えて、これ以上働かせてはならないという上限(絶対的上限)を明確に定める規制が必要です。例えばEUでは、労働時間の絶対的上限を週48時間と定めています。こうした制度を導入しない限り、長時間労働の問題はなかなか解決されないでしょう。

知的創造的な労働者だけは労働時間を自由にするべきだ

ただし、考えなくてはならないのは、長時間労働には良いものと悪いものがあるということです。基本的に長時間労働は良くありませんが、知的創造的な価値を発揮したい労働者たちは別で、彼ら・彼女らには長時間労働が必要なこともあります。彼ら・彼女らに高い成果を出してもらうには、自己責任のもとで時間を気にせずに自由に働いてもらうのがベストです。そのために検討すべきなのが、労働時間規制の適用除外制度である「ホワイトカラー・エグゼンプション」です。現在の法律でも、専門的な業務に従事する人や企画業務に従事する人を対象に、実労働時間の規制はしないという裁量労働制があります。しかし規制が厳格なこともあり、それほど普及していません。日本をクリエイティブな国にしたいのなら、利用しやすい適用除外制度の導入が不可欠でしょう。

ただ、こうした知的創造的な働き方をする人は、企業に雇われるのではなく、自営的な働き方を選ぶかもしれません。そうなるとホワイトカラー・エグゼンプションなどは必要なくなります。労働法がそもそも適用されないからです。

私が、自営業者が増えると考える理由は、テクノロジーの発展です。技術的には、オフィスの外や自宅で働く「テレワーク」はすでに十分可能で、これを導入している企業も次々と現れています。テレワークが広まれば、企業から離れて働く労働者が増えるのは自然な流れです。さらに、産業のデジタル化が進み、ICT(情報通信技術)の発達でビジネスへの参入障壁が低くなれば、自営的就労はもっと広まるでしょう。何しろ、誰にも従わなくてよく、時間の使い方を自分で決められるというのは、まさに理想的な働き方だからです。もちろん、スキルの低い者にとってはリスキーな働き方でもあります。したがって、政府は、雇用労働者と比べて格差のある社会保険制度の見直しなど、セーフティネットの整備に早急に取り組むべきでしょう。

自ら学びチャレンジする人材を育てる教育に変えなくては

これからは、AI(人工知能)が既存の仕事をどんどん奪っていきます。介護などのヒューマンタッチの仕事は大丈夫でしょうが、事務系職種の多くはなくなる可能性が十分にあります。知的な仕事だからといって安心はできません。例えば弁護士の仕事でも、過去の判例に照らした法的判断をするといった程度のことであれば、AIが十分こなすことができるのです。

こうした大変化の時代に頼りになるのは、変化に合わせて自ら考え、学び、チャレンジしていく能力です。私は、今後の日本社会に必要なのは、こうした能力を身につけられるような教育改革を進めることだと考えています。

最後に労働時間の話に戻すと、長時間労働を防ぐには労働時間の絶対的上限の導入と共に、もう1つ必要なことがあります。それは、日本企業の多くに見られる過度に顧客偏重の姿勢を改めることです。

現在の日本では、企業の論理、消費者の論理が強すぎる一方で、労働者の論理が軽視されています。「お客様のために」ばかりで、「労働者のために」が少なすぎるのです。そのことが、私たちの生活を便利にする一方で、過酷な長時間労働の根本的な原因となっています。

この状況を是正するには、労働者の論理を復権しなくてはなりません。そのためには、労働組合ももっと声を上げる必要があるでしょう。私たちは、消費者やクライアントのために頑張りすぎるのではなく、もう少し自分たちのために休みをとり、プライベートを大切にした方がよいのです。それで生活が多少不便になってもよいではありませんか。そもそもこれまでが便利すぎたのですから。

こうした問題は法律とは関係ないと思われるかもしれませんが、そうではありません。結局、法律に魂を込めるのは人間です。意識変革は、法律にとっても重要な観点なのです。

【text :米川青馬】

※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.46 特集1「長時間労働」より抜粋・一部修正したものです。
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※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。


PROFILE
大内伸哉(おおうちしんや)氏
神戸大学大学院 法学研究科 教授

1995年東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了(法学博士)。神戸大学法学部助教授を経て2001年より現職。『AI時代の働き方と法』(弘文堂)、『労働時間制度改革』(中央経済社)、『君の働き方に未来はあるか? 』『勤勉は美徳か? 』(共に光文社)など著書多数。

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