東京大学 武田晴人氏 日本人は勤勉だ 日本人は怠惰だ どちらが本当か

政府の働き方改革が佳境を迎え、先進国のなかでも際立つ日本人の長時間労働が改めて問題になっている。かつて「日本人は勤勉だから長時間労働になる」という説がまことしやかに語られた。それは真実なのだろうか。『仕事と日本人』(ちくま新書)の著者、武田晴人氏に尋ねると、意外な答えが返ってきた。


労働観の歴史的変容

日本人は勤勉だ、とよくいわれます。その勤勉さは江戸時代に培われ、明治以降の近代化を支えたと。

でもこれは勝手な思い込みにすぎません。幕末に来日したヨーロッパ人が「こんなに怠け者が多い国はない」と書き残したくらいですから。

しかも、怠惰は日本に特有のことではありません。ヨーロッパ人は近代化を成し遂げた立場から、日本人を評したわけで、時代が下り、1960年代から70年代に東南アジアに出て行った日本企業の経営者が、「アジア人には怠け者が多い」と嘆いていました。

ただ、江戸時代と今とでは働くことの意味が違いました。

まず言葉の面からいうと、「働」という字自体、明治時代に日本で作られた新しい漢字です。平仮名の「はたらく」という言葉はそれまでもありましたが、戦国時代における「いくさばたらき」という用例が象徴するように、個人が務めを成し遂げるというより、組織や仲間のために貢献する、という意味でした。特に江戸時代、「はたらき者」とは「村のなかで役立つ人」を指した言葉だったのです。

決定的なのは、「労働の主人」は誰か、という点です。江戸時代は、農民にしても職人にしても、一日単位、週単位、月単位と、やるべきことを自分で決め、それをやり遂げることが仕事をすることでした。自己決定権は自分たちにあり、労働の主人は彼ら自身だったのです。

その結果、長時間働く日もあれば、まったく働かない日もあるという、メリハリの利いた働き方をしていました。

生産性向上の報酬をお金で受け取った日本人

そこに明治維新が起こり、日本も近代化の道を歩み始めます。

働くことは奴隷のやることで、市民がやるべきことではない、というギリシャ的価値観に発する欧米の考え方が入ってきました。そうして「働」の字が作られ、「働き者=やるべき仕事を、さぼらず、きちんと成し遂げる人」というように、意味が変質したのです。

農民や職人が工場で働くようになり、「労働の主人」の立場を追われ、上が決めたやるべきことを時間内にどうこなすかが求められるようになりました。

「労働の主人」となった企業側は、工場の機械を長時間、稼働させた方が儲かりますから、労働時間をどんどん長くしていきます。これは世界共通の現象であり、農業社会から工業社会への移行に伴い、どの国でも年間労働時間は2〜3倍に増えています。

同時に労働生産性も著しく向上します。大恐慌が発生した1930年代以降についてみると、生産性上昇の“報酬”を、労働者は(働かない)余暇時間の増大、もしくは(余った時間を労働に回すことによる)賃金の上昇という2つで受け取ることになります。

日本の労働者は、特に北欧諸国と比べると、余暇の増大よりも賃金の上昇という形で多くの報酬を受け取りました。日本がより貧しかったからでしょう。これが日本人の労働時間が長くなったきっかけになったともいえます。

さらにその傾向を強めたのが戦後の高度成長期でした。

当時、企業の生産現場をいくつか回り、現場の労働者が「私」ではなく「わが社」を主語にして、とうとうと語ることにびっくりしました。現場の労働者でも出世できる道を開いたり、小集団活動を活発化させたりすることで、仕事と会社に対する誇りを植えつけることに成功したのです。誇りがあれば、労働は苦ではありません。これが長時間労働の傾向を助長しました。

もっとも、これは主に男性正社員の話です。当時の女性社員や非正規社員は「わが社」などという言葉は使いませんでしたし、働く時間も期間も長くありませんでした。

「労働の主人」を目指しながら「時間の主人」でもあれ

昨今、日本人の長時間労働が改めて問題になっています。大手運送会社が、荷物の増大に体制が追いついていないことを認めたように、原因の多くは、社員がのろまで仕事のやり方が非効率というより、与えられた仕事が過大で、時間内にこなし切れないからでしょう。仕事配分や要員計画が適切に行われていないという点で、経営者の能力不足です。「うちの会社の社員は残業もいとわず、真面目でよく働きますよ」という経営者がいたら、それこそ自分の無能さを公言しているようなものです。

一方、長時間労働がはびこってしまうのは、消費者兼労働者である、われわれにも責任の一端があることも忘れてはなりません。同じ通販サイトでも、送料無料があったら誰でもそちらを選んでしまう。実質的な値引きを求めているわけです。そんな行動は、回りまわって誰かの過重労働を引き起こしてしまいます。

この豊かな社会は分業と協業によって成り立っており、「人から言われたことをする」労働は、個人差はあれ、誰もが甘受しなければならないことです。完全な「労働の主人」にはなれないのです。

でも、そうやって与えられた仕事にも必ず面白さや意義があります。それを理解できれば、仕事は面白くなり、能力やスキルもアップします。そうなると、仕事の裁量性が高くなるので、「労働の主人」に一歩近づくことになります。また、そういう人材が多い組織ほど活力に満ち、業績も上がるものです。

そうはいっても、「人から言われた仕事は面白くないよ」という人もいるでしょう。その場合はまず「時間の主人」を目指しましょう。稼ぐために面白くない仕事をやる時間と、面白いけれど稼げない仕事をやる時間を分ける。休息や趣味の時間、家族との団欒時間も設定し、それらがとれないほど、過大な仕事を命じられたら、「できません」と言える力をもつ。

その上で、稼げてなおかつ面白い仕事を生み出し、増やしていく。時間の主人から労働の主人への道はつながっているのです。


【text :荻野進介】


※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.46 特集1「長時間労働」より抜粋・一部修正したものです。
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※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。


PROFILE
武田晴人(たけだはるひと)氏
東京大学 名誉教授

1949年生まれ。東京大学大学院経済学研究科博士課程修了、博士学位取得。長く東京大学経済学部教授を務め、 2015年、定年により退職。近世から現代までの経済現象を多角的に研究する。主著『日本産銅業史』(東京大学出版会)、『日本人の経済観念』(岩波書店)。

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