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インタビュー

東京大学大学院 松島公望氏

無宗教を自認する日本人には実は豊かな「宗教性」がある

  • 公開日:2017/06/05
  • 更新日:2024/03/22
無宗教を自認する日本人には実は豊かな「宗教性」がある

心理学のなかには、宗教心理学という学問領域がある。
「信仰心(宗教性)」「メンタルケア」「カルト問題」など、宗教や宗教的なものが人々の心理に及ぼす影響を研究する学問だが、日本ではまだあまり進んでいない。そこで、数少ない日本の宗教心理学者・松島公望氏に、その魅力や成果などを伺った。

新年を迎えたら社寺に初詣に行くことも宗教性の表れである
大いなる存在を感じることで 経営者は決断する強さを得ることがある
調査データに基づいて 科学的・実証的に「日本人の宗教性」を明らかにしていく

新年を迎えたら社寺に初詣に行くことも宗教性の表れである

― 宗教心理学とはどのような学問ですか?

宗教にまつわる事柄を調査データに基づいて科学的・実証的に論じていく学問で、日本ではまだあまり知られていません。その大きな理由の1つは、宗教心理学の成果のほとんどが「ユダヤ-キリスト教文脈」から語られているからだと思います。私は今、その文脈を脱して、日本的、アジア的文脈から見た宗教心理学を進めようとしています。

一例を挙げると、よく「日本人は無宗教だ」と言いますが、果たして本当でしょうか。私は、これはユダヤ教やキリスト教を前提にした見方だと捉えています。確かに、多くの日本人はクリスチャンのように継続的な信仰をもっていませんし、1つの神をずっと信じ続けることはありません。しかし私には、日本人は宗教にまつわる事柄に対して“行う、振る舞う”といった「宗教行動」や“感じ、体験する”といった「宗教感情」が非常に豊かであるように見えるのです。日本人には日本人なりの宗教的営みがあると思うのです。

例えば、日本人の大勢が、新年を迎えたら社寺に初詣に行きます。受験生ならば、神社で合格を祈願することもあるでしょう。縁結びなどで神社仏閣を巡る方も少なくありません。日々、神棚や仏壇を拝んだり、お天道様に感謝したりする方も多いですし、山に登って朝日を見たとき、何となく神や大いなる存在を感じた経験をした方もよく見られます。

そうした観点から見れば、日本には実に多彩な宗教行動や宗教感情があり、日本人には豊かな宗教性が備わっていると思うのです。ただ、そのあり方が、一神教のキリスト教やユダヤ教とは違うだけです。私は、出雲大社教(神道)、曹洞宗(仏教)、カトリック・プロテスタント(キリスト教)、立正佼成会(新宗教)の宗教指導者・信者の皆さん、それからいわゆる宗教をもたない方々など、およそ7000人の日本人を調査するなかで、そうした日本的な宗教性について研究を進めてきました。

一方で、私は今、広島大学の杉村和美先生と共同で「宗教性とアイデンティティの関係性」について研究しています。そこで分かりつつあるのは、例えばキリスト教徒と仏教徒ではアイデンティティのあり方が違うということです。キリスト教徒にとって宗教(信仰)はアイデンティティを統合させるものではありますが、仏教徒にとってはアイデンティティが混乱することも決してマイナスではなく、自己への気づきと自己形成への出発点となります。同じ日本人であっても宗教の違いによってアイデンティティのあり方も変わってくるのです。

それから、宗教と言えば、破壊的カルトがよく注目を集めています。私は、宗教教団と破壊的カルトは連続性があるものだと見ています。特に「絶対」を語る宗教教団はどうしても排他的になりがちで、それが行きすぎると、それらの宗教教団はカルト化してしまうこともあるのです。

だからこそ、宗教を研究する上では、いきなり宗教の極端な形である破壊的カルトに目を向けるのではなく、まずは日常的な宗教感情・宗教行動・信仰(宗教性)をしっかりと見つめることが大事だと考えています。宗教(教団)の「日常」を見ない限り、「異常」を深く知ることはできないからです。

大いなる存在を感じることで 経営者は決断する強さを得ることがある

― 企業と宗教にはどのような関係がありますか?

日本に限った話ではないかもしれませんが、企業のトップが占いや手相などのスピリチュアルなものを頼りにしているという噂を耳にすることがあると思います。これは、経営者の皆さんが何かを決断するとき、自分1人では決められず、自分自身を超えた存在に従いたいという思いがあるからでしょう。

宗教を考えるとき、私はこの「大いなる存在」「超越者」の概念も重要だと考えています。大いなる存在を感じると、私たちは謙虚になります。自分はちっぽけな存在で、ヒトは生きとし生けるものの頂点ではないと痛感するのです。別に経営者の方々だけではありません。誰しも、大きな決断を迫られたり、危機が訪れたりしたときには、自分1人だけでは心もとなくなるものです。そうしたときに、私たちは心のよりどころを求めて宗教行動や宗教感情を起こし、自分の弱さや小ささを見つめ直すことで、謙虚な思いになり、そこから決断する強さを得るのではないでしょうか。

調査データに基づいて 科学的・実証的に「日本人の宗教性」を明らかにしていく

― 今後はどのような研究を考えているのですか?

最初にお話ししたとおり、「日本人の宗教性」を調査データに基づいて科学的・実証的に追求していきたいとの思いがあります。これまでもユダヤ-キリスト教文脈とは異なる「日本人の宗教性」について論じられてきましたが、調査データに基づいて科学的・実証的に論じられることはほとんどありませんでした。そして、これからの「日本人の宗教性」に関する研究で求められているのは、このような観点からの研究ではないかと考えています。また、こうした観点から研究を展開していくことにより、ユダヤ-キリスト教文脈を基にした実証的宗教心理学の脱構築にもつながっていき、これまでとは異なる研究成果が創出されていくように思われるのです。

さらにその先を見通すと、もっと広い意味で「信じる心(宗教性)」についての研究も深めていけたらとも思っています。宗教や信じる心を知ることは、人間性や社会を理解することにもつながると考えているからです。そこから「今を生きる人々の信仰のあり方(宗教性)とはどのようなものであるのか」について探っていきたいです。

【text:米川青馬】

※本稿は、弊社機関誌 RMS Message vol.46 展望「日本的文脈から見た実証的宗教心理学 無宗教を自認する日本人には実は豊かな「宗教性」がある」より転載・一部修正したものです。
RMS Messageのバックナンバーはこちら
※記事の内容および所属等は取材時点のものとなります。

PROFILE
松島公望(まつしまこうぼう)氏
東京大学大学院 総合文化研究科 助教 博士(教育学)

1972年東京都生まれ。2007年東京学芸大学大学院連合学校教育学研究科博士課程修了。その後現職。専攻は宗教心理学、発達心理学、教育心理学。著書に『宗教性の発達心理学』(ナカニシヤ出版)、『宗教を心理学する』(共編著・誠信書房)、『宗教心理学概論』(共編著・ナカニシヤ出版)、『ようこそ!青年心理学』(共編著・ナカニシヤ出版)などがある。

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